09.2/21 305回
【行幸(みゆき)の巻】 その(3)
なおも、玉鬘は行列をご覧になって、
「兵部卿宮もおはす。右大将の、さばかり重りかによしめくも、今日の装い、いとなまめきて、胡籙など負いて、仕うまつり給へり。色黒く髭がちに見えて、いと心づきなし。いかでかは女の繕ひたてたる顔の色あひには似たらむ。いと理なきことを、若き御心地には見貶し給うてけり」
――蛍兵部卿の宮もいらっしゃいます。髭黒の大将のあれ程重々しく由緒ありげな人も、今日はひどくあでやかに、胡籙(やなぐい)などを背にしてお供しておられます。御顔の色が黒く、髭がちに見えてまことに気に入らない風情です。男がどうして女の化粧した顔に似るわけがあるでしょうか。まったく無理なことですが、お若い玉鬘のお心では、右大将を爪弾きなさってしまうのでした――
玉鬘は、かねてから源氏が宮中への宮仕えのことをお勧めになることに、思いめぐらしておいでになります。思いもよらぬ恥ずかしい目に遭うのではないかと、躊躇しておりましたが、
「馴れなれしき筋などをばもて離れて、大方に付うまつり御覧ぜられむは、をかしうもありなむかし、とぞ思ひ寄り給うける」
――帝のご寵愛を受けるなどという筋は別として、ただ普通にお仕えして、時折、帝にお目通りできれば、それはそれでとても結構なことであろうと、今日、帝を拝したために、そんな気持ちにもおなりになるのでした。――
行幸の翌日、源氏は西の対の玉鬘の所へお文をお使わしになります。
「きのう、上は見奉らせ給ひてきや。かのことは思し靡きむらむや」
――昨日は、上様をお拝みになりましたか。以前わたしがお勧めした宮仕えのことは、お気が向きましたか――
と、白い紙に、いつもの色めいた風ではなく、ごく真面目に書かれております。玉鬘は「何をおっしゃるやら」とお笑いになりますものの、よくもまあ、人の心の奥をお見通しになるものと、お思いになります。ご返事には、
「『うちきらし朝ぐもりせしみゆきにはさやかに空の光やは見し』きのうは、おぼつかなき御事どもになむ」
――(歌)「ぼおっと朝曇りした雪の日では、はっきりとお姿は拝せませんでした。」何事も(帝の御顔も、宮仕えのことも)はっきりいたしませんで――
このお返事を、紫の上も一緒にご覧になりました。
◆胡籙(やなぐい)=矢を入れて背に負う武具。
◆写真:武官 風俗博物館
ではまた。
【行幸(みゆき)の巻】 その(3)
なおも、玉鬘は行列をご覧になって、
「兵部卿宮もおはす。右大将の、さばかり重りかによしめくも、今日の装い、いとなまめきて、胡籙など負いて、仕うまつり給へり。色黒く髭がちに見えて、いと心づきなし。いかでかは女の繕ひたてたる顔の色あひには似たらむ。いと理なきことを、若き御心地には見貶し給うてけり」
――蛍兵部卿の宮もいらっしゃいます。髭黒の大将のあれ程重々しく由緒ありげな人も、今日はひどくあでやかに、胡籙(やなぐい)などを背にしてお供しておられます。御顔の色が黒く、髭がちに見えてまことに気に入らない風情です。男がどうして女の化粧した顔に似るわけがあるでしょうか。まったく無理なことですが、お若い玉鬘のお心では、右大将を爪弾きなさってしまうのでした――
玉鬘は、かねてから源氏が宮中への宮仕えのことをお勧めになることに、思いめぐらしておいでになります。思いもよらぬ恥ずかしい目に遭うのではないかと、躊躇しておりましたが、
「馴れなれしき筋などをばもて離れて、大方に付うまつり御覧ぜられむは、をかしうもありなむかし、とぞ思ひ寄り給うける」
――帝のご寵愛を受けるなどという筋は別として、ただ普通にお仕えして、時折、帝にお目通りできれば、それはそれでとても結構なことであろうと、今日、帝を拝したために、そんな気持ちにもおなりになるのでした。――
行幸の翌日、源氏は西の対の玉鬘の所へお文をお使わしになります。
「きのう、上は見奉らせ給ひてきや。かのことは思し靡きむらむや」
――昨日は、上様をお拝みになりましたか。以前わたしがお勧めした宮仕えのことは、お気が向きましたか――
と、白い紙に、いつもの色めいた風ではなく、ごく真面目に書かれております。玉鬘は「何をおっしゃるやら」とお笑いになりますものの、よくもまあ、人の心の奥をお見通しになるものと、お思いになります。ご返事には、
「『うちきらし朝ぐもりせしみゆきにはさやかに空の光やは見し』きのうは、おぼつかなき御事どもになむ」
――(歌)「ぼおっと朝曇りした雪の日では、はっきりとお姿は拝せませんでした。」何事も(帝の御顔も、宮仕えのことも)はっきりいたしませんで――
このお返事を、紫の上も一緒にご覧になりました。
◆胡籙(やなぐい)=矢を入れて背に負う武具。
◆写真:武官 風俗博物館
ではまた。