09.2/5 289回
【篝火(かがりび)の巻】 その(3)
夕霧がいつものとおり始終一緒の友達と音楽をしているのでした。源氏は、
「頭の中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」
――あれは、内大臣家の頭の中将(柏木)にちがいない。あの音色は格別だから――
と、又立ち止まって、ご伝言にして「涼しい篝火に引きとめられて、こちらにいますから、いらっしゃい」と仰いますと、三人がお出でになりました。源氏が、
「風の音秋になりにけりと聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」
――風に乗って「秋風楽」の音が聞えましたので、行き過ぎ難くてお呼びしたのです――
と、おっしゃって、お琴を取り出し、お弾きになります。
源の中将(夕霧)は盤渉調(ばんしきちょう)に趣き深く笛を吹かれ、
頭の中将(柏木)は、玉鬘に心惹かれているので、ちょっと躊躇され、
弁の少将(柏木の弟)は、拍子を打って忍びやかにお謡いになります。
源氏はお琴を柏木にお譲りになって、お弾かせになりますと、世に聞こえた名手の御父内大臣の爪音に少しも劣らず、はなやかに面白く掻き鳴らされます。
御簾の中の玉鬘は、柏木と弁の少将とも、血のつながる方々ですので、しんみりとお聴きになっておられます。柏木は、
「かけて然だに思ひよらず」
――(愛する方が、姉君とは)そんなこととは思いもよらず――
忍びきれない思いを胸に、取り乱さないように、控え目になさっていらっしゃるせいか、思う存分にはお弾きになれません。
◆盤渉調(ばんしきちょう)=雅楽の六調子の一つ。十二律(雅楽の音階)の盤渉(十二律の第十音)を主音とする調子。
【篝火(かがりび)の巻】おわり
ではまた。
【篝火(かがりび)の巻】 その(3)
夕霧がいつものとおり始終一緒の友達と音楽をしているのでした。源氏は、
「頭の中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」
――あれは、内大臣家の頭の中将(柏木)にちがいない。あの音色は格別だから――
と、又立ち止まって、ご伝言にして「涼しい篝火に引きとめられて、こちらにいますから、いらっしゃい」と仰いますと、三人がお出でになりました。源氏が、
「風の音秋になりにけりと聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」
――風に乗って「秋風楽」の音が聞えましたので、行き過ぎ難くてお呼びしたのです――
と、おっしゃって、お琴を取り出し、お弾きになります。
源の中将(夕霧)は盤渉調(ばんしきちょう)に趣き深く笛を吹かれ、
頭の中将(柏木)は、玉鬘に心惹かれているので、ちょっと躊躇され、
弁の少将(柏木の弟)は、拍子を打って忍びやかにお謡いになります。
源氏はお琴を柏木にお譲りになって、お弾かせになりますと、世に聞こえた名手の御父内大臣の爪音に少しも劣らず、はなやかに面白く掻き鳴らされます。
御簾の中の玉鬘は、柏木と弁の少将とも、血のつながる方々ですので、しんみりとお聴きになっておられます。柏木は、
「かけて然だに思ひよらず」
――(愛する方が、姉君とは)そんなこととは思いもよらず――
忍びきれない思いを胸に、取り乱さないように、控え目になさっていらっしゃるせいか、思う存分にはお弾きになれません。
◆盤渉調(ばんしきちょう)=雅楽の六調子の一つ。十二律(雅楽の音階)の盤渉(十二律の第十音)を主音とする調子。
【篝火(かがりび)の巻】おわり
ではまた。