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【乙女(おとめ)】の巻】 その(30)
「辰巳は、殿のおはすべき町なり。南の東は山高く、春の花の木、数をつくして植ゑ、池のさま面白くすぐれて、御前近き前栽、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などやうの、春のもてあそびをわざとは植ゑて、秋の前栽をば、むらむら仄かにまぜたり。」
――東南は、源氏が常にいらっしゃる一廓で、南東に山を高く築いて春の花の木を数ある限り植えて、池の様子はことに趣深くすぐれていて、縁先の前栽にも、五葉の松、紅梅、桜、藤、山吹、岩つつじのような、春の好みの草木を植えて、秋の草花をところどころにかすかに植えております。――
「丑寅は、東の院に住み給ふ対の御方、戌亥の町は、明石の御方と思し掟てさせ給へり。」
――東北の一廓は、今、東院に御住みの花散里、西北の一廓は明石の御方とお定めになっておられます。――
「北の東は、涼しげなる泉ありて、夏の陰によれり。前近き前栽、呉竹、下風涼しかるべく、木高き森のやうなる木ども木深く面白く、山里めきて、卯の花の垣根ことさらにしわたして、昔覚ゆる花橘、なでしこ、薔薇、木丹など様の、花のくさぐさを植ゑて、春秋の木草、その中にうちまぜたり。(……)」
――花散里の一廓には、涼しげな泉があって、夏の木陰を主として造りです。お部屋に近いところの植え込みは呉竹で、その下吹く風は涼しそうですし、高く聳える木々も森のように木深くなって山里めいた趣があり、卯の花の垣根をわざわざめぐらして、昔を偲ぶよすごとなる、花橘、なでしこ、薔薇、りんどうなどのような、さまざまの花を植え、春秋の木や草をその中に混ぜています。(そして、東側には、一部を割き馬場殿を造り垣を設け、五月の競馬(くらべうま)の折りの遊び場所として、池のほとりには菖蒲を茂らせ、向い側には御厩(みまや)を造って、世にまたとない名馬を何頭も飼わせておいでになります。)――
「西の町は、北面築き分けて、御蔵町なり。隔ての垣に松の木繁く、雪をもてあそばむ便りによせたり。冬のはじめ、朝霜むすぶべき菊の蘺、われは顔なる柞原、をさをさ名も知らぬ深山木どもの、木深きなどを移し植ゑたり。」
――明石の御方の御住いは、北側を築地で隔ててお蔵が建て連ねてあります。それを隔てる垣根として、松の木が茂っていて、雪の日を楽しむように造られております。冬のはじめに朝霜が置くようにと、菊の蘺(まがき)が結われており、得意顔に紅葉している柞(ははそ)の林、その上、大方は名も知らぬ奥山の木々の深く茂ったのをそのまま、移し植えられております。――
◆写真:六条院・春の御殿
東の対の広廂(ひがしのたいのひろびさし)
春の御殿の一部で、南廂の外側の広廂。ここは吹き放しの空間で、一般の来客の寝殿への通路となるが、さまざまな饗宴の座や、詩歌管弦の観覧席として使われた。
参考と写真:風俗博物館
【乙女(おとめ)】の巻】 その(30)
「辰巳は、殿のおはすべき町なり。南の東は山高く、春の花の木、数をつくして植ゑ、池のさま面白くすぐれて、御前近き前栽、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などやうの、春のもてあそびをわざとは植ゑて、秋の前栽をば、むらむら仄かにまぜたり。」
――東南は、源氏が常にいらっしゃる一廓で、南東に山を高く築いて春の花の木を数ある限り植えて、池の様子はことに趣深くすぐれていて、縁先の前栽にも、五葉の松、紅梅、桜、藤、山吹、岩つつじのような、春の好みの草木を植えて、秋の草花をところどころにかすかに植えております。――
「丑寅は、東の院に住み給ふ対の御方、戌亥の町は、明石の御方と思し掟てさせ給へり。」
――東北の一廓は、今、東院に御住みの花散里、西北の一廓は明石の御方とお定めになっておられます。――
「北の東は、涼しげなる泉ありて、夏の陰によれり。前近き前栽、呉竹、下風涼しかるべく、木高き森のやうなる木ども木深く面白く、山里めきて、卯の花の垣根ことさらにしわたして、昔覚ゆる花橘、なでしこ、薔薇、木丹など様の、花のくさぐさを植ゑて、春秋の木草、その中にうちまぜたり。(……)」
――花散里の一廓には、涼しげな泉があって、夏の木陰を主として造りです。お部屋に近いところの植え込みは呉竹で、その下吹く風は涼しそうですし、高く聳える木々も森のように木深くなって山里めいた趣があり、卯の花の垣根をわざわざめぐらして、昔を偲ぶよすごとなる、花橘、なでしこ、薔薇、りんどうなどのような、さまざまの花を植え、春秋の木や草をその中に混ぜています。(そして、東側には、一部を割き馬場殿を造り垣を設け、五月の競馬(くらべうま)の折りの遊び場所として、池のほとりには菖蒲を茂らせ、向い側には御厩(みまや)を造って、世にまたとない名馬を何頭も飼わせておいでになります。)――
「西の町は、北面築き分けて、御蔵町なり。隔ての垣に松の木繁く、雪をもてあそばむ便りによせたり。冬のはじめ、朝霜むすぶべき菊の蘺、われは顔なる柞原、をさをさ名も知らぬ深山木どもの、木深きなどを移し植ゑたり。」
――明石の御方の御住いは、北側を築地で隔ててお蔵が建て連ねてあります。それを隔てる垣根として、松の木が茂っていて、雪の日を楽しむように造られております。冬のはじめに朝霜が置くようにと、菊の蘺(まがき)が結われており、得意顔に紅葉している柞(ははそ)の林、その上、大方は名も知らぬ奥山の木々の深く茂ったのをそのまま、移し植えられております。――
◆写真:六条院・春の御殿
東の対の広廂(ひがしのたいのひろびさし)
春の御殿の一部で、南廂の外側の広廂。ここは吹き放しの空間で、一般の来客の寝殿への通路となるが、さまざまな饗宴の座や、詩歌管弦の観覧席として使われた。
参考と写真:風俗博物館