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【蓬生(よもぎう)】の巻 その(7)
北の方は、なおも使用人としての魂胆のことは隠して、太宰へお連れしようと、巧みに言い続けます。
末摘花は、
「いとうれしきことなれど、世に似ぬさまにて、何かは。かうながらこそ、朽ちも失せめとなむ思ひ侍る」
――ほんとうに嬉しいお心入れでございますが、人並みでない私がどうして人中に出られましょう。このままで朽ち果ててしまう方が良いとさえ思っております――
北の方は、
まあ、その様にお思いなのですか。こんな気味の悪い住居で朽ち果てるなどとは、そんな例はございませんよ。源氏の大将殿が、このお屋敷をお手入れしてくだされば、玉の台(たまのうてな)とも成り代わりましょうが。大将殿は、兵部卿宮の御娘(紫の上)お一人の他にはお心をお分けになる方もないとのことです。昔から浮気なお心で、かりそめのお通いどころは、今ではみな縁が切れてしまったようですよ。ましてこのような薮原に暮らしている方で、身を清く保っていられたからといって、お尋ねになることは恐らくありますまい。
などと、教え込んでおります。
末摘花も、そう言われてみれば、なるほどその通りだと思い合わされて、いっそう悲しくて、しくしくお泣きになるのでした。
ただ決心は変わらず、この叔母はほとほと困り果てて、それならば、侍従だけでもと、せき立てます。
侍従は、泣く泣く「今日はとにかくお見送りだけに参りましょう。叔母様が申されるのももっともです。また姫君様がお迷いになるのももっともと思いますにつけ、中に立って拝見しております私も辛うございます」とそっと言います。
末摘花は、侍従までが自分を見捨てて行こうとするのを、恨めしくも悲しくも思いますが、引き留める術とてなく、いっそう声を上げて泣くだけが精一杯なのでございました。
ではまた。
【蓬生(よもぎう)】の巻 その(7)
北の方は、なおも使用人としての魂胆のことは隠して、太宰へお連れしようと、巧みに言い続けます。
末摘花は、
「いとうれしきことなれど、世に似ぬさまにて、何かは。かうながらこそ、朽ちも失せめとなむ思ひ侍る」
――ほんとうに嬉しいお心入れでございますが、人並みでない私がどうして人中に出られましょう。このままで朽ち果ててしまう方が良いとさえ思っております――
北の方は、
まあ、その様にお思いなのですか。こんな気味の悪い住居で朽ち果てるなどとは、そんな例はございませんよ。源氏の大将殿が、このお屋敷をお手入れしてくだされば、玉の台(たまのうてな)とも成り代わりましょうが。大将殿は、兵部卿宮の御娘(紫の上)お一人の他にはお心をお分けになる方もないとのことです。昔から浮気なお心で、かりそめのお通いどころは、今ではみな縁が切れてしまったようですよ。ましてこのような薮原に暮らしている方で、身を清く保っていられたからといって、お尋ねになることは恐らくありますまい。
などと、教え込んでおります。
末摘花も、そう言われてみれば、なるほどその通りだと思い合わされて、いっそう悲しくて、しくしくお泣きになるのでした。
ただ決心は変わらず、この叔母はほとほと困り果てて、それならば、侍従だけでもと、せき立てます。
侍従は、泣く泣く「今日はとにかくお見送りだけに参りましょう。叔母様が申されるのももっともです。また姫君様がお迷いになるのももっともと思いますにつけ、中に立って拝見しております私も辛うございます」とそっと言います。
末摘花は、侍従までが自分を見捨てて行こうとするのを、恨めしくも悲しくも思いますが、引き留める術とてなく、いっそう声を上げて泣くだけが精一杯なのでございました。
ではまた。