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【蓬生(よもぎう)】の巻 その(8)
それでも、末摘花は別れの記念になるものと、お探しになりますが、普段着の着物は垢じみており、長年の奉公に対して慰労の志を示す物とてなく、
「わが御髪(みぐし)の落ちたりけるを取り集めて、鬘にし給へるが、九尺ばかりにて、いと清らなるを、をかしげなる箱に入れて、昔の薫衣香のいとかうばしき、一壺具して給ふ」
――御自分の髪の抜けたのを取り集めて、鬘(かづら)になさったのが9尺ほどで、たいそう見事なものを、趣のある箱にお入れになり、昔の薫衣香(くんえこう)のとりわけて香ばしいのを、一壺添えてお与えになります――
末摘花のうた
「たゆまじき筋を頼みし玉かづらおもひも外にかけはなれぬる」
――永久に離れないものと頼っていたあなたも、思いがけず遠くに行ってしまうのですね。――
(筋は、血筋と毛筋の掛けことば)
亡くなった乳母(侍従の母)が、いつまでも姫君をお世話するようにと、遺言をして死んだのでした。末摘花は、このあと誰に頼んだらよいのでしょう、と激しく泣かれます。
侍従も、
「ままの遺言はさらにも聞えず。年頃の忍び難き世の憂さを過ぐし侍りつるに、かく覚えぬ道に誘はれて、遙かに罷りあくがるることとて、うた」
「玉かづら絶えてもやまじ行く道のたむけの神もかけてちかはむ、命こそ知り侍らね」
――母の遺言は申し上げるまでもございません。年来苦しい世をご一緒に過ごして参りましたのに、このような思いがけない旅に誘われて、遠いところへ流浪するのが悲しいことです。お別れしましても、お見捨て申しはいたしません。行く先々の道祖神にも堅くお誓いいたしましょう。ただ、命はあてになりません。無事に帰ってこられますかどうか――
叔母は、
「いづら、暗うなりぬる、とつぶやかれて、心も空にて引き出づれば、顧みのみ、せられける。」
――さあ、さあ、侍従はどこです、日が暮れてしまったのに、と文句を言いますので、心も空に車に乗り、そのままお屋敷から出ましたものの、後ばかり振り返って行かれたのでした。――
◆鬘(かづら)を贈る=旅に鬘をおくることは良くあったそうで、旅の道祖神と関係があるらしい。
◆薫衣香(くんえこう・くのえこう)=古き時代から、ある種の香木の香りを虫が嫌うという性質を利用し日本人は、衣類の保存などに香木を刻んで調合したお香を使用してきました。
ではまた。
【蓬生(よもぎう)】の巻 その(8)
それでも、末摘花は別れの記念になるものと、お探しになりますが、普段着の着物は垢じみており、長年の奉公に対して慰労の志を示す物とてなく、
「わが御髪(みぐし)の落ちたりけるを取り集めて、鬘にし給へるが、九尺ばかりにて、いと清らなるを、をかしげなる箱に入れて、昔の薫衣香のいとかうばしき、一壺具して給ふ」
――御自分の髪の抜けたのを取り集めて、鬘(かづら)になさったのが9尺ほどで、たいそう見事なものを、趣のある箱にお入れになり、昔の薫衣香(くんえこう)のとりわけて香ばしいのを、一壺添えてお与えになります――
末摘花のうた
「たゆまじき筋を頼みし玉かづらおもひも外にかけはなれぬる」
――永久に離れないものと頼っていたあなたも、思いがけず遠くに行ってしまうのですね。――
(筋は、血筋と毛筋の掛けことば)
亡くなった乳母(侍従の母)が、いつまでも姫君をお世話するようにと、遺言をして死んだのでした。末摘花は、このあと誰に頼んだらよいのでしょう、と激しく泣かれます。
侍従も、
「ままの遺言はさらにも聞えず。年頃の忍び難き世の憂さを過ぐし侍りつるに、かく覚えぬ道に誘はれて、遙かに罷りあくがるることとて、うた」
「玉かづら絶えてもやまじ行く道のたむけの神もかけてちかはむ、命こそ知り侍らね」
――母の遺言は申し上げるまでもございません。年来苦しい世をご一緒に過ごして参りましたのに、このような思いがけない旅に誘われて、遠いところへ流浪するのが悲しいことです。お別れしましても、お見捨て申しはいたしません。行く先々の道祖神にも堅くお誓いいたしましょう。ただ、命はあてになりません。無事に帰ってこられますかどうか――
叔母は、
「いづら、暗うなりぬる、とつぶやかれて、心も空にて引き出づれば、顧みのみ、せられける。」
――さあ、さあ、侍従はどこです、日が暮れてしまったのに、と文句を言いますので、心も空に車に乗り、そのままお屋敷から出ましたものの、後ばかり振り返って行かれたのでした。――
◆鬘(かづら)を贈る=旅に鬘をおくることは良くあったそうで、旅の道祖神と関係があるらしい。
◆薫衣香(くんえこう・くのえこう)=古き時代から、ある種の香木の香りを虫が嫌うという性質を利用し日本人は、衣類の保存などに香木を刻んで調合したお香を使用してきました。
ではまた。