永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(137)

2008年08月15日 | Weblog
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【蓬生(よもぎう)】の巻  その(12)

 源氏は、「人の通う道もないほど深く茂った蓬の原を、自分こそは探し尋ねて、昔ながらの実直な姫君の御心をなぐさめよう」と独り言をおっしゃりながら車を降りられます。
 
 惟光は御足元の露を、馬の鞭で払いつつ、
「御傘さぶらふ。げに木の下露は、雨にまさりて」
――お傘がございます。まことにあの「この下露は雨にまさりて」という東歌のままでございますから――

 雨の雫もやはり秋の時雨に似て、降りそそぎますので、源氏の指貫の裾はひどくぬれてしまったのでした。
 昔から、あるか無きかの中門も、今は形を留めないほどで、中にお入りになるにつけ、

「いとむとくなるを、立ちまじり見る人なきぞ心安かりける」
――見る影もなく荒れ果てているが、見とがめる人が居ないのは心安いことであるよ。――

 末摘花は、きっと必ずお見えになることと、待ち続けられた甲斐があって、たいそう嬉しく思われますが、みすぼらしい身なりでお逢いするのを恥ずかしく思っておりました。あの大貳の北の方が置いて行かれたご衣裳を女房たちが、薫物(たきもの)を入れた衣装箱にしまっておりましたのを、大急ぎでお着せになって、とにもかくにも、煤けた几帳を引き寄せてお座りになっておられます。

 源氏はお入りになって、几帳を隔てたところで、

「年頃の隔てにも、心ばかりはかはらずなむ、思ひやり聞えつるを、さしもおどろかい給はぬうらめしさに、……え過ぎでなむまけ聞えにける、とて帷子をすこしかきやり給へれば、例のいとつつましげに、とみにも答へ聞え給はず」
――このいく年もご無沙汰しておりましたが、心ばかりは変わらずあなたのことを、お思い申しておりました。そちらから何とも言ってお寄こしにならないのがうらめしく、(今まで、ご様子を拝見しておりましたが、しるしの杉ではありませんが、お宅の木立がはっきりと目につきまして)通り過ぎることができず、意地比べにとうとう負けてしまいました、と言いながら、几帳の帷子を少しかきのけてご覧になりますと、例のごとく、ひどくご遠慮深い様子で、すぐにご返事もなさらない――

◆むとくなるを=無徳、荒廃して役にたたぬ

◆「木の下露は、雨にまさりて」=古今集・東歌
 「みさぶらひみ笠と申せ宮城野の木の下露は雨にまされり」

◆「しるしの杉」=古今集
 「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」

 当時の誰もが知っている和歌を、登場人物を通して随所に折り込んでいます。

 ではまた。



源氏物語を読んできて(復元模写・蓬生)

2008年08月15日 | Weblog
◆写真 復元模写「源氏物語絵巻・蓬生」加藤純子氏制作。
    当初は、このような色彩だった。
    絵の右側は、残酷なまでに朽ち果てた邸で、御簾と老女房が描かれてい
    る。
    左下方は、先頭に惟光が馬の鞭で蓬の露をはらい、傘を差して源氏が続
    く。
    中央は蓬の原の露が、月光に光る。NHK出版より。