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【蓬生(よもぎう)】の巻 その(9)
年来、辛い思いをかこちながらも、お側を離れずにいた人(侍従)が、急に旅立って行きましたのさえ、心細く悲しく思われている末摘花に、もう世の中に役立ちそうもない老女房までもが、
「いでや道理ぞ。いかでか立ちとまり給はむ。われらもえこそ念じはつまじけれ、と、おのが身身につけたる便りども思ひ出でて、とまるまじう思へるを、人わろく聞きおはす」
――全くもっともなことですよ。いつまでもここに居るものですか。私たちも我慢しきれそうにもないことですもの、と、めいめい自分の縁故を思い出して、ここを出て行こうとしていますのを、末摘花は人聞きの悪いことと思って聞いていらっしゃる――
十一月の頃になりますと、雪や霰の降る日が多くて、外ではとっくに消えてしまう雪も、蓬や葎の陰に深く積もっています。出入りする下人さえ居らず、末摘花はなす事もなく、ぼんやりとしていらっしゃる。共に泣いたり笑ったりした侍従も居なくなってしまって、夜も塵じみた御帳台の中で、人気のないお身の回りを、今更に悲しくお思いになるのでした。
二條の院では、源氏は紫の上にご執心で、忍び歩きもなさらないのでした。ましてや、末摘花のことなどは、まだ無事で居られるか、くらいは思い出されることもありましょうが、尋ねてみようなどというお気持ちはさらさらなく、この年も暮れてしまったのでした。
四月の頃、源氏は花散里のことを思い出されて、お忍びでお出かけになります。この日頃降り続いていた雨も止んで、月もさし出でております。昔の忍び歩きを思い出させる、なまめいた夕月夜でした。
◆この年の秋は、澪標(みおつくし)の秋とだぶっている時期。
◆侍従の生き方=
かつての出仕役目の呼び名で書いている。
母(末摘花の乳母)も亡くなり、宮仕え先の斎院も亡くなり、乳姉妹の末摘花をお世話する後見人がいない状態で、このお屋敷の生活の収入がない。惟光とも情交があったとみえるが、須磨への間に途絶えた。その後、受領の甥の思われ人となった。今後の身の振り方を思って遠路太宰へ行くことにした。もとより正妻ではない。
この階級の女の一つの生き方をみる。
ではまた。
【蓬生(よもぎう)】の巻 その(9)
年来、辛い思いをかこちながらも、お側を離れずにいた人(侍従)が、急に旅立って行きましたのさえ、心細く悲しく思われている末摘花に、もう世の中に役立ちそうもない老女房までもが、
「いでや道理ぞ。いかでか立ちとまり給はむ。われらもえこそ念じはつまじけれ、と、おのが身身につけたる便りども思ひ出でて、とまるまじう思へるを、人わろく聞きおはす」
――全くもっともなことですよ。いつまでもここに居るものですか。私たちも我慢しきれそうにもないことですもの、と、めいめい自分の縁故を思い出して、ここを出て行こうとしていますのを、末摘花は人聞きの悪いことと思って聞いていらっしゃる――
十一月の頃になりますと、雪や霰の降る日が多くて、外ではとっくに消えてしまう雪も、蓬や葎の陰に深く積もっています。出入りする下人さえ居らず、末摘花はなす事もなく、ぼんやりとしていらっしゃる。共に泣いたり笑ったりした侍従も居なくなってしまって、夜も塵じみた御帳台の中で、人気のないお身の回りを、今更に悲しくお思いになるのでした。
二條の院では、源氏は紫の上にご執心で、忍び歩きもなさらないのでした。ましてや、末摘花のことなどは、まだ無事で居られるか、くらいは思い出されることもありましょうが、尋ねてみようなどというお気持ちはさらさらなく、この年も暮れてしまったのでした。
四月の頃、源氏は花散里のことを思い出されて、お忍びでお出かけになります。この日頃降り続いていた雨も止んで、月もさし出でております。昔の忍び歩きを思い出させる、なまめいた夕月夜でした。
◆この年の秋は、澪標(みおつくし)の秋とだぶっている時期。
◆侍従の生き方=
かつての出仕役目の呼び名で書いている。
母(末摘花の乳母)も亡くなり、宮仕え先の斎院も亡くなり、乳姉妹の末摘花をお世話する後見人がいない状態で、このお屋敷の生活の収入がない。惟光とも情交があったとみえるが、須磨への間に途絶えた。その後、受領の甥の思われ人となった。今後の身の振り方を思って遠路太宰へ行くことにした。もとより正妻ではない。
この階級の女の一つの生き方をみる。
ではまた。