ふろむ播州山麓

旧住居の京都山麓から、新居の播州山麓に、ブログ名を変更しました。タイトルだけはたびたび変化しています……

犬と人間(2) 兜の犬

2013-04-02 | Weblog
 春日大社の国宝甲冑(かっちゅう)が修理を終え、4月14日まで宝物殿で公開中です。「黒韋威矢筈札胴丸」ですが、「くろかわおどしやはずざねどうまる」と読むそうです。南北朝時代に楠木正成が奉納したと伝わる立派な甲冑で、興味深いのが兜(かぶと)の鉢内側鉄板に、たがねで「大」の字が彫られていたということ。3月29日京都新聞夕刊に、甲冑全体と「大」字の写真がカラーで載っていました。
 ところが「大」字の上部は傷んでおり、もしかしたら「犬」字ではなかろうか? 「まさか武将が頭にかぶる兜に犬字のはずがないでしょ!」と、どなたも思われるはずです。しかし「犬」かもしれない。

 犬張子(いぬはりこ)という人形があります。張り子細工の玩具です。形と模様は抽象化されており、犬の胴には梅や牡丹などが美しく描かれている。室町時代から公家の産室のお守りとして出産の前後、母子のかたわらに置かれました。皇室では現在も、お伽犬とか犬筥(はこ)と呼んで、箱形の張り子の犬を置くそうです。
 公家の習俗であった犬張子人形が民間にひろまったのは江戸後期で、嫁入り道具にも加えられ雛壇にも飾られた。「犬」は母体と乳幼児を守り、魔除けであると信じての習俗です。後には縁起ものの置物として普及します。

 妊婦は妊娠すると腹帯・岩田帯を巻きますが、正面には「犬」字を書きます。犬印の腹帯です。妊娠5カ月目の戌(いぬ)の日に初めて巻く地方が多い。俗に「犬の産が軽いのにあやかって」とかいいますが、本来は胎児と母体を「魔」から守るための犬字です。
 赤ちゃんが誕生すると初宮参りに、生児の額に墨か紅で「犬字」を書く。「あやつこ」です。もとは鍋墨でしたが、犬とともに×字もあります。弥生時代の剣は、×が刻まれたものがたくさん発掘されていますが、これも魔除けだそうです。

 神社には狛犬が鎮座しています。いまはどこも石像ですが、古くは木製でした。神殿の階段上の縁側とか本殿室内に本来は置かれました。いまでも本殿を覗き込むと結構、木造狛犬が座っているものです。『徒然草』に出て来る丹波出雲神社の狛犬も、子どものいたずらで向きを換えられていましたから、石ではなく木です。
 狛犬は魔除けの代表格です。魔が神域に入りこまぬように見張っています。もともとは本殿内に鎮座していたのが、後に石造になって雨露に耐えるからと、屋外に出されて広域を守護するように守備範囲を広げられたのだろうと思います。

 魔をさける象徴は「×」であったのでしょうが、漢字が使われ出してから犬字が増えたのではないか。夜中でもかすかな物音や不審な侵入者などを敏感に察知する。番犬は魔の侵入を防ぐ番をする犬です。

 そんなこんなで、春日大社の兜の字は、犬ではなかろうかと思うわけです。ところが同日の読売新聞の記事では、「大字を兜内側に彫った同時期の甲冑がもうひとつある。岡山の林原美術館所蔵の「紺糸威胴丸」こんいとおどしどうまる、という重文甲冑」
 アヤツコも読みかえしましたら「額には×、犬、●、大などを書く」。これにも仰天です。「大もあるではないか!」。大と犬、自信がなくなってきました。これも宿題です。
<2013年4月3日>
コメント