ふろむ播州山麓

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津波の歴史 21 「津波・海嘯・洪水・海進…」

2011-06-12 | Weblog
民族学では「洪水神話」が大きなテーマのひとつです。ノアの方舟が有名ですが、ほとんど同じ話は旧約聖書が誕生する数千年も前から、古代メソポタミアで記されていました。さまざまの洪水の神話、伝説や伝承そして昔話は、世界各地にみられます。オリエント、インド、東南アジア、南太平洋、中国、朝鮮、日本、南北アメリカ…。
 しかしそれらには、海水の津波も淡水の氾濫もふくまれています。今回は、津波、海嘯、洪水、海進、それらの呼称を整理してみます。
 なお「安全神話」ですが、これは戦後の原子力推進政策のなかで、産官が学と結んで勝手につくり上げた、わずか歴史50年ほどの「現代用語」なのです。決して神話ではありません。洗脳語とみなすべきです。

<津波> TSUNAMI 津浪
 日本列島における最古の津波記事は『日本書紀』天武天皇12年(684年)の白鳳南海地震の津波である。「大潮高騰、海水飄蕩」、すなわち「海水が高く立ちのぼり、漂い流れた」
 平安時代の『日本三代実録』には三件の津波記事があります。850年出羽国、869年貞観陸奥国、887年大阪湾の地震津波です。原文では「海水漲移」「海水暴溢」「驚濤涌潮」「海潮漲陸」。鎌倉室町時代には「大波浪」「如大山潮」「大塩」。まだ津波も津浪もみられない。
 江戸時代、慶長9年(1605)の津波では、「四海波」「四海浪」と記されている。そして慶長16年の三陸地震津波ではじめて「津浪」と、『駿府記』に書かれた。津浪はその後、津波とも記されるが、この語がはじまったのは、ちょうど400年前のことでした。
 人的被害のない小さな津波のことは「すず波」「よた」「あびき」とも江戸時代に言った。大きな津波は「海立」「震汐」「海嘯」とも記されている。
 英語圏では津波はもともと「tidal wave」。しかしこの語は天文潮汐、汐の干満を指しており、地震が原因で起こる津波とは異なる。それであえて科学用語として「seismic sea wave」を使用するようになった。「seism」は地震です。
 1946年、アリューシャン列島で起きた巨大地震による大津波がハワイ列島を襲った。死者173人。ハワイ島のヒロ市には日系人が多数住んでいたが、「Suisan」水産とよばれる魚市場地区、「Shinmachi」新町という地区も津波で壊滅した。この時、日系人だけが使っていた<tsunami>という語が地元紙に載った。そして英語としての市民権を持ちはじめる。1968年には米国の海洋学者、ヴァン・ドーンが tsunami を正式な学術英語にすることを提唱し、急速に普及定着する。そしてロシア語、スペイン語など、世界的な語としてtsunami は通用するようになった。
 ちなみに3月11日の津波は太平洋を東にも渡った。ハワイ島ヒロでは、1.4mを記録している。
 日本には「山つなみ」という語がある。地すべりは「岩屑(がんせつ)なだれ」だが、集中豪雨などで起きた大土石流を、山からの津波のようとして「山つなみ」とよぶ。

<海嘯> かいしょう
 明治29年の明治三陸大津波の記念碑が東北には多数ある。それらには津波を「海嘯」と刻んだものが多い。しかし本来、津波と海嘯とは異なる。
 中国浙江省に銭塘江という河がある。満潮時にこの河を遡る潮の現象をいう。海水が口をつばめて笑うという意味から「海嘯」と名付けた。人的被害はない。
 日本では昭和三陸津波(1933年)から、地震学者が津波と海嘯の違いについて強調し出した。そのため海嘯という語は、以降はほとんど使われなくなったそうだ。
 中国では津波のことをもともと「海水沸騰」「海溢」とよび、河川の海嘯とは明確に区別していた。ところが明治期に、日本で津波を海嘯といっていたのを逆輸入してしまった。同国ではいまでも海溢(津波)と海嘯は、混乱している。検索エンジンで「津波・海嘯」と打つと、中国語ページでは東北の津波記事がたくさん見つかる。
 李氏朝鮮では津波は、本来の中国語「海溢」(ヘイル)である。ただ高潮も含む。
 南米のアマゾン河にも海嘯「ポロロッカ」がある。現地トゥピー語で「大騒音」を意味する。大潮で 5mほどの高さの海水が、時速 65キロほどの速さで、 600~800キロの奥地まで遡上する。3月がもっとも大規模で巨大海嘯となる。この季節は雨季なので、大量の淡水は海水に押し戻され、大逆流現象を引き起こす。
 非常に危険だが、ポロロッカに合わせ波乗りサーフィン大会が開催され、世界中からサーファーが集う。大会はもう十年以上も続いているそうだ。
 ベネズエラとコロンビアを流れる大河、オリノコ河でも海嘯が起きる。「マカレオ」とよぶ。

<洪水と海進>
 洪水は本来は淡水である。海水の津波や海嘯とは異なる。豪雨や雪解け、ダム湖沼の決壊などによって、河川が氾濫し陸地を水没させるのが洪水害である。
 民族学では大水害をすべて、津波も含んで「洪水神話」の範疇に入れてしまう。民俗学でも説話伝承に津波も含み、「洪水説話」などと言う。しかし本来は分けるべきではないかと、わたしは思っています。「洪水・津波伝承」とでも表示するのがわかりよいと思っています。
 また「海進」もあります。津波は引き、洪水も海に行ってしまいます。ところが海進は、文字通り海が陸に留まってしまうのです。陸地が海面下に沈んでしまいます。
 一万五千年ほど前、長かった氷河期が終わり、海の水位が上がり出します。紀元前四千年のころまでに、海水面は約 150mも上昇したといいます。西日本ではかつて、瀬戸内海も大阪湾でもそこは陸でありゾウが闊歩していました。
 いつか「海進」のこと、そして洪水と津波と海進の神話のことなどを考えたいと思っています。

参考書
○「津波の比較史料学」 都司嘉宣 歴博WEB版
○『津波てんでんこ 近代日本の津波史』 山下文男著 2008 新日本出版社
<2011年6月12日 南浦邦仁>
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