当ブログで盛んに出てくる
「選手の大量首切り」
に対し、元S級レーサー・バンク先生が反撃開始か?
競輪が「中途半端改革」を続ける訳のコメントより
経済産業省の天下りで、競輪知らない人が、会長(何もしない・・・事なかれ主義で、すましてきた・・・)して、三年くらいで給与退職金で、1億貰って、渡りをしていると聞きました(あくまでも、噂で聞いたんですが・・・) 今は、下重さんて民間人登用なんですかね? 公営競技は、官僚の天下りの為にあるんじゃないかなって思ってしまいます・・・ 収益金の使途は、たぶん法律で決まっていると思いますが、競輪再生の為に、一時的に(再生、構造改革の為に流用して)活用させていただく事ができないのかなぁ?って考えます。 公営競技の考え抱える問題は、今選挙の焦点である、特殊法人の問題であると思います。 競輪の売上低下に対して 昔から、選手のせいだけにする傾向がありますが、制度や政策面を企画プロデュースする人達にも問題があると思います。
ところで、4年前にこんな事件があったな。
http://www.scn-net.ne.jp/~shonan-n/news/051126/051126.html
折しも今年(2005年)6月、同省大臣官房室企画室長による裏金づくりと不正流用事件が発覚した。官房企画室では30年前から自転車振興会補助金の一部をプールして裏金づくりをしていた。歴代の企画室長によって管理され、飲食費や接待費などに充てられていたが、前企画室長は裏金のなかから2400万円を私的に流用していたといわれる。競輪の売り上げによって賄われている日本自転車振興会補助事業の資金を不正に流用したものだ。しかし、同省は本人を刑事告発することもなく、退職金付きの論旨免職という甘い処分。全国競輪施行者4団体では、今回の不正事件を契機に上納金制度のあり方を抜本的に見直すよう強く要請しているが、同省は冷ややかな態度だ。
当時の週刊文春の記事にも似たような内容のことが書かれていて、競輪のアガリを管理できる人間が、旧通産省ではエリートとさえ言われたらしい。
そして今でも同じことが行なわれているとすれば、言うまでもなく大問題。しかし、ここでも述べたように、今の自公政権では、こうしたところにメスを入れるのははっきりいって「ムリ」である。よって、政権を交代せねばならないわけか・・・
とはいっても、競輪の頂点に立つ、経済産業省、JKAにメスを入れるためには、政治家が本腰を入れて乗り出してもらわねばダメだし、またそれなりの「シッポ」(実態)をつかまねばならない。ま、相当に時間はかかるだろうが、民主党が本当に特別行政法人に対して抜本的にメスを入れる気があり、かつ実行に踏み切ってくれるのであれば、「天の声」は目をつぶろう?
しかしながら、前にも述べたとおり、KERINグランプリの実質の創設者は、西川さんという、当時の通産省の車輌課長。グランプリの創設については、競艇もオートレースも地方競馬も、そしてあの中央競馬にも大きな影響を与えたことは言うまでもないが、このグランプリの創設以降、ふるさとダービーの創設なども「当たって」、1985年年度から1991年年度まで、競輪は7年連続で売り上げ対前年比アップを果たした。ま、途中でバブルがあったけど、それを差し引いても、こうした実績を上げたことについては、評価してあげねばなるまい。というか、グランプリ創設って、バブル前のことだったぜ。
(ここからは、多分にフィクションの話も混じっています)
問題は、1989年のグランプリ中止から始まった、競輪選手会との「銭ゲバ闘争」。片折行VS役所連合軍(通産・日自振)との攻防戦は、はっきりいって、客や施行者のことなんか、全く気に掛けていなかったからね。
それに輪をかけるかのごとく、バブル崩壊が追い打ちに。
一方、片折・選手会は、
「まだまだ賞金を上げられるだろ!」
「競艇を見ろ!どんどん賞金が跳ね上がっているだろ!」
と、バブル崩壊後にも、執拗に役所連合軍に襲い掛かかり、1990年代半ばには、A4あたりのクラスでも、「一千万プレーヤー」を誕生させたばかりか、
「特別競輪を有象無象に増やしやがって!しかも、場外発売拡大させろ?冗談じゃない!普通開催を何と思っているんだ!ダービーとオールスター以外は4日間制にしろ!」
と訴えて、これも通してしまった。一連のこうした弱腰施策が、後に役所連合軍の首を締め上げることになったのは言うまでもなし。
おまけに、
「ヒラ開催だけしか開催できない我々(借り上げ施行者のこと)のことなんか、全然考えていない!赤字の垂れ流しばかりじゃ、競輪やる意味ないよ!」
と、全輪協の「無策」ぶりがあったとはいえ、施行者の反乱が各地で相次いだ。しかし、役所連合軍は、
「特別競輪の売り上げが上がれば、いずれ、競輪全体の売り上げも上がっていきますぅ~」
と、逃げ腰策に出るだけ(で結局、1992年以降、17年連続で競輪の売り上げは右肩下がり。現在も継続中)。
これに業を煮やしたのが?兵庫県市町競輪事務組合。
「中のオバハンの賃金も高いし、選手の賞金は上がる一方やし、それでいて、ヒラなんか客けぇへんで。赤字は膨らむ一方や。もうええ加減、やめさせて欲しいわ!」
と言って、1999年の甲子園オールスターが思う通りの結果にならなかったことから、
「今年(2000年度)限りでやめさせてもらうわ!」
と言って、廃止をちらつかせた。
ところが、役所連合軍は、西宮・甲子園のこうした動きがあるにもかかわらず、
「やめたきゃやめれば。西宮・甲子園だけじゃなく、ダメなところはどんどんやめてもらっていいんだよ。」
と高をくくり、何と、
「今ある(当時50場)競輪場のうち、半分残せばいいだろ。」
というシュミレーションを描いていたそうな。
そんな態度だから、役所連合軍は西宮・甲子園の廃止に関しても半ば、「いい加減」な態度でしかなく、
「ま、選手会がうるさいこともあるんですが、選手の練習地がなくなる問題があるんで、せめて甲子園だけでも残してくださいませ~」
と言うだけ。しかも、片折行が2000年に他界したにもかかわらず、相も変わらずの体質だった選手会は、全輪協が市町競輪事務組合に提示(したと思われる)、西宮・甲子園 2場70日開催案に対し、事務組合側が、
「ま、これなら、ちょっと考える余地はありますわ」
と、一応検討する余地があったにもかかわらず、
「バカヤロ!そんなことをしたら斡旋が減るだろ!」
といって蹴飛ばし、その後、ようやく選手会も事務組合が本気と映ったのか、
「だったら西宮なんかやめちまえ!甲子園だけ存続だ!」
と方向転換。しかし、甲子園記念があったにもかかわらず、2001年4~6月期の甲子園の収支は「赤」。
「もうあきまへんなぁ。甲子園だけ残したって、赤字が膨らむ一方ですわ。」
と責め立てられた選手会の抵抗もあえなく終わり、いつしか、ただの傍観者だけに終始していた役所連合軍も、
「残念ですが、2場廃止は仕方ありません。」
と白旗を上げた・・・
しかしながら後に、役所連合軍は、西宮・甲子園の2場一気の廃止が「間違い」だったことに気づかされる・・・
(続く?)
しかしながら、上述のフィクション交じりの話を見る限り、経済産業省、JKA、競輪選手会は、「三悪」だと思うが・・・
だからまず、選手会に揺さぶりをかける必要がある、と考えられないか?