公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

勝負は持ち越し

2006-08-20 18:04:03 | スポーツ

いやぁ、久しぶりに高校野球ってみたが、これまた久しぶりに食い入るように15回まで見ていた。見ていてハラハラし通しだった。実際には6回途中からテレビで見たが。

史上2校目、中京商業(現在の中京大学中京高校)以来73年ぶりの夏の大会3連覇をかけた駒大苫小牧が8回表、三木のソロ本塁打で先制したが、その裏、夏の大会はまだ優勝がない(春は王貞治を擁し、1957年に優勝したことがある)早稲田実業は桧垣が左中間に二塁打。これを駒苫の中継プレイが乱れる間に桧垣は三塁へ進み、続く4番の後藤が右中間沿いに犠牲フライを放って同点に追いついた。

その後は駒苫の田中、早実の斉藤の両エースの力投で、お互いチャンスを何度か作りながらも得点には至らず、1969年の松山商業対三沢以来37年ぶりに決勝戦再試合となった。

この夏の大会は逆転に次ぐ逆転という試合が多く、視聴率も好調で、平日でもお盆以外の日にもかかわらず10%近い数字を挙げた日もあるとか。つまり巨人戦よりもはるかに視聴率を稼いでいるとのこと。

それでもPLのあの「KK」がいた頃と較べると視聴率はそこまでいっていないみたいだが、一時は民放側が中継を打ち切ろうかという話が出ていた(選抜の毎日放送は準決勝あたりからしか今は中継しない)ことを考えると、高校野球人気復活の様相が見られ、甲子園も連日超満員状態の試合が相次いだ。

ま、再試合も楽しみになってきたが、やはり、最後まであきらめない気持ちを持ち続け、その結果逆転に次ぐ逆転となれば、やはり見てみたくなるものだわな。スポーツ紙も高校野球が一面に来るケースがこの夏の大会は多かった。

ま、せいぜい公営競技も高校野球のこうした姿勢を見習ってもらいたいところ。


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名牝、次々と死す

2006-08-20 00:03:12 | 競馬

16日、1993年の桜花賞オークスを制覇し、繁殖牝馬としても1999年の日本ダービー馬・アドマイヤベガ、2002~2004年のJBCクラシック3連覇を含むG1 7勝の大記録を打ち立てたアドマイヤドンを産んだベガが、くも膜下出血のため死亡。16歳。

当時としては珍しい2文字の競走馬としても話題をまいたベガだが、桜花賞ではユキノビジン、マックスジョリーとの激しい叩きあいを制して勝ち、距離が不安視されたオークスでは桜花賞以上のすばらしいレース振りを見せ、堂々牝馬二冠。牝馬三冠馬に王手をかけた。

だが、夏負けにかかったというのか、その後の調整がうまくいかず、エリザベス女王杯にはぶっつけで挑むこととなり、直線半ばで一旦は三冠街道か、と思われるも、

「ベガはベガでもホクトベガ。」

の馬場アナの名調子が有名となったホクトベガに内を掬われて3着。またその後はとうとう1勝もできなかった。

だが、名牝必ずしも名繁殖馬ならず、ということが言われる中で上記の2頭の名馬を輩出した他、セントライト記念を勝ったアドマイヤボス、現役世代ではキャプテンベガがおり、ベガの産駒は常に活躍しているといった印象が強い。それに何世代もの活躍馬を出す繁殖牝馬もまた、そうそういない。

ベガについては、日本競馬史上有数の名牝と将来的にも伝えられるのは間違いないところであり、また、次々と重賞勝ちの産駒を送り出せる繁殖牝馬もそうそう現れまい。

さらに仔のアドマイヤベガは、今年の桜花賞馬・キストゥへヴンらを出しており、うまくいけばこの先、「華麗なる一族」の系譜が脈々と繋がっていく可能性がある。そうなるとますますベガの存在は生きてこよう。

だが、19日、これまた名牝でも、今度は現役馬が急死しようとは。

ラインクラフトが19日、放牧先の北海道安平町ノーザンファーム空港牧場で調教中に倒れ、急性心不全のため死亡。

昨年の桜花賞、そしてNHKマイルカップとG1を連覇。秋華賞でも、勝ったエアメサイアとほんとうにきわどい勝負を演じての2着だったし、ぶっつけで挑んだ今年の高松宮記念でも鋭く伸びて2着に入った。ちなみに着順掲示板を外したのは最後の出走となったヴィクトリアマイル(9着)だけ。また複勝圏内(3着まで)を外したのもわずか2回だけという立派な内容であった。

ことマイルまでならば牡馬一線級と交えても、昨年のマイルCSも3着であったように、これからの活躍が十分期待されていた。

ちなみに今月末には栗東へ戻る予定となっており、10月1日に行われるスプリンターズS(中山)が次走の予定であった。

思えば現役牝馬が調教中に心不全で亡くなったケースは、「後ろからは何にも来ない」でおなじみだった超快速娘・テスコガビー(1975年の桜花賞・オークス馬)を思い出すが、こちらは当然繁殖としても期待されていたにもかかわらずそれさえできなくなったことが非常に残念である。

とにもかくにも、この2頭を上回るような名牝にまた巡りあいたいものである。

コメント (2)
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