狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

④ドキュメンタリー作家上原正稔の挑戦!④

2012-01-29 14:39:33 | ★パンドラの箱訴訟

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■八重山日報 1月29日

ドキュメンタリー作家上原正稔の挑戦!④

 R紙の言論封殺との戦い   江崎 孝

■パンドラの箱は閉じられた■
 待ちに待った5月20日、R紙夕刊の紙面を隅から隅まで探したが「パンドラの箱を開ける時」は、何処にも掲載されていなかった。通常、何らかの理由で連載記事が予定日に掲載されない場合、執筆者か掲載紙の方から、休載の理由について断りがあるもの。ところが、この予期せぬ休載については、上原氏はおろかR紙側からも一切何の説明もなかった。突然の休載に愛読者として一抹の不安が胸をよぎった。言論封殺ではないかという不安だ。 

 

 漫画家の小林よしのり氏が、沖縄の新聞のことを「異論を許さぬ全体主義」だと皮肉っていたことが現実のものとなって目の前に現れた、と考えた。R紙に電話を入れて掲載中止の理由を問い質した。だが、最初に対応したR紙の記者は、連載記事が掲載中止になっている事実さえ知らない様子だった。「自分の新聞のことも見ていないのか」と、言われて連載特集がが掲載されていないことを確認した後、電話は編集部に回されたが、その時「上原さん、原稿が間に合わなかったのかな」という記者の独り言が聞こえた。上原氏の記事の突然の中止は記者にも知らされずに急遽「言論封殺」が行われたものと直感した。その後電話に出た編集部の担当記者も動揺を隠せない様子で「調整中です」を連発するばかりで、納得できる応答は出来なかった。

 

 その時のやりとりを、当時から書いていた政治ブログ「狼魔人日記」に「沖縄のマスコミは大政翼賛会か」というタイトルで書き、読者の支持を受けた。翌日のブログには「R紙は報道機関としてのプライドをかなぐり捨て、連載中の記事を『削除』するという禁じ手を使ったことになる。自分の意見と異なるという非常に分かりやすい理由で」と書き、「沖縄の言論空間は、いよいよ異様な様相を呈してきたようだ。サヨクの方々が常用する『戦前のような言論弾圧』がメディア主導で今正に沖縄で行われている。」と続けた。このR紙による唐突ともいえる「休載」に対し、私のブログ「狼魔人日記」の読者の反響は、大きなものだった。「R紙に抗議します」というタイトルで「R紙の言論封殺が今日で4日目です」「…今日で7日目です」と定期的にエントリーして抗議の意を表した。


■画龍点睛を欠く連載の再開■
 それから四カ月が経過した10月16日、「パンドラの箱を開ける時」が突然再開された。10月19日付のブログで書いたことを引用する。


 《10月16日。 二回目の「教科書検定意見撤回要請団」が上京し、沖縄中を巻き込んだ「集団自決」に関する大フィーバーも一段落が着いた。地元2紙の紙面にも一時のような「新証言者登場」といった刺激的な記事も殆ど見なくなった。その静寂の合間をつくように、その日(16日)のR紙夕刊に、4カ月の長期にわたって中止されていた「沖縄戦の記録」がソッと再開された。まるで一目をはばかるように。何の予告もなく。(略)R紙側の突然の連載中止であるにも関わらず、新聞社側からは連載中止の知らせも、4カ月後の突然の再開の知らせも読者に対しては一言の説明もなかった。今後、R紙は「説明責任」で他人を責めることは出来ない。

 結局、4カ月前に電話で問い合わせた答えの通りの長い「調整中」を、筆者の上原さんの「長い夏休み」としてゴリ押ししたのだろう。げに恐ろしきは新聞社の「調整」。これを別の名で言うと「言論封殺」と呼ぶ。長い「調整」の結果、内容も「調整」されている模様。

 事前の予告では次は「慶良間で何が起こったか」を明らかにするとしており、集団自決の真実を白日の下にさらすとのことだったが、再開した第2話のタイトルは「軍政府チームは何をしたか」と変更されているではないか。「集団自決」が起きた1945年3月下旬の慶良間を飛び越えて、4月以降の沖縄本島の米軍上陸、投降住民の管理の模様を記しており、「慶良間で何が起こったか」については触れていない。》(「狼魔人日記」 2007年10月19日)  (つづく)

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3 コメント

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Unknown (涼太)
2012-01-30 01:56:08
狼魔人様

私は沖縄勤務の経験から、実は上原さんの様な考えを持つ人達も多く居ることは知っています。
特に戦争を直接経験された年代に多いですね。
むしろ戦争を知らない世代が私達ヤマトンチューに敵意を剥き出しにしてきました。
ヤマトンチューは信用できない。ウチナンチューを馬鹿にしている。ヤマトンチューには沖縄のことは分からん。よく聞いた話です。もう20年も前ですが。
もしそれが左翼の嘘、捏造に洗脳された結果なら残念です。
反面、家族ぐるみの付き合いをしていただいた友人達もいます。裏表の無い本当に良い方達でした。その180度違うギャップはなんとなく分かるような分からないような、やはり分かりませんね。

返信する
もはや保守系県民だけでは (安仁屋正昭)
2012-01-30 08:24:02
凉太様
>むしろ戦争を知らない世代が私達ヤマトンチューに敵意を剥き出しにしてきました

一県民としては、申し訳のないことです。
しかし、沖縄県民はけして恩義を軽んじはしません。ブサヨ共からの洗脳が解ければ、必ず報恩する県民です。

沖縄県民は祖霊信仰がどの層でも深く、左翼と言ってもマルキストではありません。長い年月を掛けて吹き込まれた被害者意識と差別を受けたという劣等意識が革新支持に繋がっています

沖縄県は、国会議員は別として地方議員の総数は保守系が上回っています。むしろ、私達のように祖国再生を願う者達が本土の愛国者に願うことは、左翼に負けないくらい、沖縄に関心を持って貰いたい、応援して貰いたいということです。

現在行われている宜野湾市長選挙にしても、左翼陣営は500人以上の労組組員を応援のため送り込んでいます。
名護市長選挙の時は1,000人を越えていたと思います。
本土のマルキスト達は60年安保闘争に破れ、70年の闘争も破れたため、本土攻略の拠点を沖縄に絞込み、何かあれば総力戦で沖縄に集中し、人も金も送り込んで参りますが、保守にはその連携が出来ていません。
これまでも、70年代80年代に保守系の新聞や月刊誌を刊行し、左翼に対抗しようと先輩達も努力しましたが、労組からの豊富な資金をバックに繰り出される妨害工作に対し、保守側は自腹を切りながら対抗する訳ですから、これまではことごとく辛酸をなめることとなった次第です。

多勢に無勢、精神力だけでは勝てません。

全国の愛国者の皆さんにお願いしたい
せめて左翼に負けない関心をもって貰いたい、左翼に負けない応援体制を構築して戴きたいと

戦争を知らない世代は、本土の方々に対し腹立たしい思いがある時には、批判の感情を込め やまとんちゅう(大和人)と言いますが、戦後しばらくまで、自分たちをうふヤマトと言っていました。
戦争を知らない世代は数十年間、小中高の学校教育と新聞をはじめとするメデイアによって、沖縄県人は差別され捨石にされたと洗脳されてきています。
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Unknown (涼太)
2012-01-30 22:43:23
安仁屋正昭様

拙い意見に丁寧なご返事感謝いたします。
安仁屋様の仰るとおり、沖縄を非難するのは簡単です。沖縄で戦っておられる上原さん、星さん、照屋さんのほうがはるかに辛い思いをされていると思います。
私も、沖縄勤務の経験から上原さん、星さん、照屋さんと同じ考えの方達も多く居ることは承知しています。沖縄の左翼団体を助長させた一因も国民にも在ります。
私が知り得たことを、少しずつ回りに話していきます。かく言う私も沖縄勤務時代の友人達との出会いが無かったなら沖縄問題に無関心だったと思います。結局沖縄の問題は日本の問題の縮図であります。その自覚は忘れないようにします。

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