狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

首相、河野談話の見直し示唆「強制性裏付けなし」

2007-03-02 08:04:12 | 従軍慰安婦

首相、河野談話の見直し示唆「強制性裏付けなし」
2007年3月2日 06:31 


 安倍晋三首相は1日、慰安婦への旧日本軍関与の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話について、「強制性を証明する証言や裏付けるものはなかった。だからその定義については大きく変わったということを前提に考えなければならない」と述べ、談話見直しに着手する考えを示唆した。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 首相は昨年10月の衆院予算委員会で、旧日本軍による直接の連行などいわゆる「狭義の強制性」について「いろいろな疑問点があるのではないか」などと答弁し、否定する立場を表明してきた。ただ、「政府の基本的立場として受け継いでいる」とするなど河野談話の見直しには慎重な意向も示していた。

 しかし、米下院が慰安婦問題をめぐる対日非難決議案の採択に向けた動きを示すなど、河野談話が対日キャンペーンの口実に使われていることを憂慮。見直しに着手すべきだとの姿勢を示したものとみられる。

 河野談話をめぐっては、当時官房副長官だった石原信雄氏が「日本政府の指揮命令で強制したことを認めたわけではない」と証言。慰安婦募集の強制性を盛り込むように執拗(しつよう)に働きかけてきた韓国に配慮した結果だったことが明らかになりつつある。

 一方、自民党の有志議員で作る「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の慰安婦問題小委員会は1日の会合で、中山泰秀小委員長が河野談話の修正を求める提言案と、新たな官房長官談話案を提示した。

 しかし、出席者からは「政府が出した談話は、政府自らが修正しないと意味がない」などと異論が相次いだ。このため、提言を(1)河野談話の修正(2)慰安婦問題の再調査(3)諸外国での河野談話への誤解を解く努力-の3項目を政府に求める内容に一本化することとし、とりまとめを来週に先送りした。
                   ◇
【用語解説】河野談話
 宮沢喜一内閣が総辞職前日の平成5年8月4日、河野洋平官房長官(当時)が「慰安所の設置、管理および慰安婦の移送は旧日本軍が直接あるいは間接に関与した。慰安婦の募集は、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、甘言、強圧など本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、官憲等が直接これに加担したこともあった」とする談話を発表し、謝罪した。
 しかし、談話の根拠は元慰安婦女性からの聞き取り調査だけで、9年3月の参院予算委員会で、平林博内閣外政審議室長は「個々の証言を裏付ける調査は行っていない」と答弁した。(産経新聞)

                  ◇

◆参考:「河野談話」は「平林証言」と一対で有効

 事実でない事を前の内閣が認めたのだから「政府の基本的立場として受け継ぐ」。

なんとも奇妙な「河野談話」である。

その成立の背景が当時の宮沢首相が訪韓前に、「慰安婦募集の強制性を盛り込むように執拗(しつよう)に働きかけてきた韓国に配慮した結果」、つまり政治的妥協だったことは明らかになっている。

韓国の売春婦の身の上に同情した人権派リベラル政治家コンビ「宮沢ー河野」が、後世に禍根を残す売国行為をしてしまったわけだ。

「従軍慰安婦」の虚構性は「河野談話」に凝縮されている。

先日の米下院議員マイク・ホンダ氏がテレビ出演した際、「従軍慰安婦」謝罪の議案提出の唯一の根拠を「河野談話」に求めていたことでもわかる。

ならば諸悪の根源である同談話を改正すれば済む。

「河野談話」は不磨の大典ではないはずだ。

過ちは、正さざるこそより大きな過ちとなる。

                 *

安陪首相が首相就任以来「従軍慰安婦」についての発言を集めてみた。

 
◆「狭義の強制性」が「広義の強制性」の議論に変わっていった(平成18年10月5日・衆院予算委)

《(河野官房長官談話は)韓国においていわゆる従軍慰安婦として心に傷を負った方々に対して、政府としての認識を示したものであるわけでありますが、そのときに、この問題に関しましていろいろな議論があったのは事実であります。
 いわゆる狭義の上での強制性という問題がありました。それは狭義の強制性ではなくて、広義の意味での強制性について述べているという議論もあったわけでございますが、私が当時述べていたことについては、具体的に狭義の強制性が果たしてあったかどうかという確証については、いろいろな疑問点があるのではないかということを申し上げたわけでございます。
 しかし、強制性という中にはいろいろな強制があるのではないか、直接の強制ではなくても、これは広義の意味でそういう状況に実は追い込まれていたのではないかという議論もあったのは確かであります。しかし、最初は狭義の強制性であったわけでありますが、それはその後、いわば広義の強制性ということに議論が変わっていったのも事実ではないかと思います。》(平成18年10月5日・衆院予算委)

 

◆「狭義の強制性」を裏づける証拠はなかった
(平成18年10月6日・衆院予算)

《当時、私が質問をいたしましたのは、中学生の教科書に、まず、いわゆる従軍慰安婦という記述を載せるべきかどうか。これは、例えば子供の発達状況をまず見なければならないのではないだろうか、そしてまた、この事実について、いわゆる強制性、狭義の意味での強制性があったかなかったかということは重要ではないかということの事実の確認について、議論があるのであれば、それは教科書に載せるということについては考えるべきではないかということを申し上げたわけであります。これは、今に至っても、この狭義の強制性については事実を裏づけるものは出てきていなかったのではないか
 また、私が議論をいたしましたときには、吉田清治という人だったでしょうか、いわゆる慰安婦狩りをしたという人物がいて、この人がいろいろなところに話を書いていたのでありますが、この人は実は全く関係ない人物だったということが後日わかったということもあったわけでありまして、そういう点等を私は指摘したのでございます。》(平成18年10月6日・衆院予算)

 

◆【附記】16:16

「河野談話」に至るまでにには、「加藤談話」、中央大学吉見義明教授、朝日新聞が大いに貢献していたことを時系列的に説明している大変参考になるブログ。
◆東アジア黙示録http://dogma.at.webry.info/200703/article_2.html

 

 

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