狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

本日は雲仙・普賢岳噴火災害の23周年目である

2014-06-03 08:55:18 | 県知事選

1991年(平成3年)6月3日午後4時8分、長崎県の雲仙・普賢岳の噴火で発生した火砕流で多くの死傷者が出た。

取材に当たっていた報道関係者16名、火山学者ら4名、消防団員12名、報道関係者に同行したタクシー運転手4名、警察官2名、選挙ポスター掲示板撤去作業中の職員2名、農作業中の住民4名の合わせて43名の死者・行方不明者と9名の負傷者を出す惨事となった。

だがこの被害が天災ではなく人災、いや、「マスコミによる災害」といわれる理由はこうだ。

道関係者が立ち入り禁止区域の中に勝手に入り込み取材を続けたため報道関係者に雇われ独断で避難できなかったタクシー運転手、報道関係者が無人の民家に無断でしかも土足で侵入し、冷蔵庫の飲み物を勝手に飲んだり、コンセントの電気を無断で使用する等した。

これを警戒すべく一旦後方に下がりながらも再度禁止区域に入らざるを得なくなった消防団員、警察官が、それぞれ火砕流に巻き込まれ殉職した。

被害は、報道関係者が無視した立ち入り禁止区域に限られていた。

消防団員のほとんどが地元農家の跡取り息子だったため、その後の農業復興に甚大な被害をもたらした。

被害の背景には、メディアの取材競争が過熱し、十分な知識を持たない報道関係者が、取材のため立ち入り禁止地域内の「定点」と呼ばれた山と火砕流を正面から望める地点に入ったことがある。

その後も自衛隊の情報独占に不満があると主張するジャーナリストらが許可なく警戒区域内に侵入し書類送検される事例もあり、報道のあり方が問われる事件となった。

 これが、雲仙・普賢岳噴火被害が人災(マスコミ災)といわれる理由である。
 
勿論、本日の沖縄タイムスのどの頁を開いても、「雲仙普賢岳噴火災害」の記事を見つけることは出来ない。
 
メディアにとって「不都合な真実」だからだ。
 
【おまけ】
 

まさかの噴火-「雲仙・普賢岳 噴火災害を体験して」より-

2大惨事発生

なぜ消防団が犠牲に

  土石流の危険がなくなったということで、5月26日から出ていた避難勧告が上木場地区を除いて6月1日にはいったん解除されました。この日までは消防団も安全な白谷の公民館で連日警戒活動に当たっていました。
  この間、一部の報道関係者が留守宅の電気や電話を無断で使用するという事件が発覚しました。
  マスコミは、当時、火砕流がもっともよく見える北上木場地区の「定点」といわれた場所で、火砕流の迫真の映像を撮影しようと毎日のように取材を行っていました。この「定点」を含む地域一帯はすでに避難勧告地域に指定され、住民は全員避難していて、住宅には誰もいませんでした。報道関係者は、この無人となった家に上がり込み、テレビカメラのためにコンセントから無断で電源を盗用しました。このため消防団は、土石流の警戒に加え事件の再発を防ぐ目的もあって翌2日には再びこの「定点」の近くの北上木場農業研修所に警戒本部を設けることにしました。そして6月3日の夕方4時8分、それまでにない大規模な火砕流が発生し、この「定点」付近にいた人たちを一瞬のうちに飲み込みました。
  亡くなった12人の消防団員のほとんどは、農家の大切な跡取り息子たちでした。彼らを失ってしまったために、遺族の生活再建や地域の復興は困難を極めました。
  この惨事の後、マスコミは地元住民から痛烈な非難を受けることになりました。他方、当時、その場所が本当に危険な状況であったのなら、なぜ、もっとはっきり警告しなかったのか、また強力な規制がなぜできなかったのかなどを指摘する人もいました。さらに消防団の指揮命令系統のあり方にも大きな課題を残しました。

6月3日前の定点風景(マスコミはここで毎日火砕流を撮影していた)。
6月3日はこの場所にいたほとんどの人が亡くなった(提供 テレビ長崎)

北上木場の農業研修所では消防団員と
警察官の14人が火砕流で亡くなった
(手前が焼失したパトカー)
(H4夏 撮影・杉本伸一)
被災直後の北上場農業研修所(写真下中央)
(H3.6.5 撮影・太田一也)

 
 
 
            ☆
【おまけ】2
 
古い当日記の記事が今でも広く読まれているのは、読者の拡散のおかげだと思うが、そのなかでガジェット通信が当日記を取り上げた例を紹介する。
 
             ☆

 マスコミが報じない「雲仙普賢岳噴火災害の真相」 - ガジェット通信

2012.12.28 14:00 記者 : 寄稿

マスコミが報じない「雲仙・普賢岳噴火災害の真相」
今回は『狼魔人日記』からご寄稿いただきました。

マスコミが報じない「雲仙・普賢岳噴火災害の真相」


死者・行方不明者43人を出した長崎県の雲仙・普賢岳の大火砕流から16年を迎えた3日、被災地の島原市では火砕流発生時刻の午後4時8分に市内にサイレンが鳴り響いた。

消防団員らが亡くなった同市北上木場町の北上木場農業研修所跡では、遺族らが「慰霊之鐘」を打ち鳴らし、犠牲者を悼んだ。

同市平成町の雲仙岳災害記念館前では、災害を次世代に伝えようと、島原商工会議所青年部などが初めて企画した「いのりの灯(ともしび)」があり、小学生らが手作りのキャンドル約1,000本に灯をともした。


火砕流では、読売新聞大阪本社写真部員だった田井中次一さん(当時53歳)ら報道関係者や警戒に当たっていた消防団員らが犠牲になった。

(2007年6月3日20時15分 読売新聞)

◆教訓を伝える大切さを感じているのはマスコミも同じ。大火砕流で同僚三人を亡くしたテレビ長崎(KTN)報道部の槌田禎子記者(49)は、噴火災害を取材し今も被災地を見詰め続ける一人として使命感を代弁した。

取材競争の過熱や日々のプレッシャーからマスコミは節度を保てず行動し、被災住民らに迷惑をかけた。私たちは犠牲者のことを胸に刻み、被災地がどう再生していくか継続して取り上げていく必要がある」

2006年6月2日長崎新聞掲載

長年テレビの報道カメラマンを務めた友人はカメラを構えると恐怖感は薄らぐと証言している。

「カメラのファインダーを通してみると普段は恐ろしい暴力団にも不思議と危険を感じなくなる」。

暴力団も報道カメラを向けられると、多少は怯んでしまうのだろう。
だが、自然の猛威にとってはカメラマンもクソもない。

燃えさかる火砕流はカメラマンも消防団員も容赦無く襲った。

被害に遭った消防団員、や警察官は退避勧告を無視して危険地帯に入り込んだマスコミの身を案じて警戒していた。

マスコミが伝えない「雲仙・普賢岳噴火災害の真相」がここにある。

(雲仙・普賢岳噴火災害の)報道について

被害の背景には当初発生した小規模の火砕流が衝撃的だったことから取材競争が過熱し十分な知識を持たない報道関係者が火山学者の存在を免罪符として、取材のため、「定点」と呼ばれた山と火砕流を正面から望める地点に入ったことがある。報道関係者は避難して無人となった人家に侵入するなどトラブルを起こしていたため消防団員、警察官が引きずり込まれる形で危険な地域に多く存在し犠牲となっている。犠牲者発生以降この反省も踏まえ報道関係者が警戒区域内に入ることはほとんど無かったが、その後も自衛隊の情報独占に不満があると主張する報道関係者が許可なく警戒区域内に侵入し書類送検される事例もあり、報道のあり方が問われる事件となっている。(ウィキペディア)

以下コピペ

64 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/06/04(月) 12:46:45 ID:er+ywW1V0
マスコミ関係者などが死んだ「定点」は、避難勧告がでていた。
危険地域であることを示すため、公的機関の観測員、消防団員も勧告地域から撤退していた。しかし、マスコミ関係者は、強制力がないことから、雇い挙げたタクシーとともに避難勧告地域内の「定点」に詰めていた。

そんな中、避難して無人の住民の家に無断で上がり込み、電気、電話を無断使用する事件が 起こった。
住民に不安が高まり、そのためもあって、いったん避難勧告区域外に撤退していた地元消防団は、ふたたび避難勧告地域内に入り、見回りを始めていた。
これらのマスコミ関係者、タクシー運転手、消防団員、許可を得て中に入っていた地元住民が火砕流に巻き込まれ死んだ。消防団員以外の地元犠牲者はたしか5名。それ以外が約35名。
避難勧告地域の境界で検問をやっていた警察官2名は、火砕流発生の連絡を聞き、中の人たちに知らせるために勧告地域内に入り、殉職した。

そしてこれが重要なんだが、火砕流の到達範囲は、まさに避難勧告地域内におさまっていた。
避難勧告をマスコミが守ってさえいれば、死者数ははるかに少なくて済んだに違いない。

名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 18:55:51 ID:J5ssSuib
当時消防団員だったからよく覚えているよ。
手柄狙いで勝手に居座ったマスコミのために、行かなくてもよい団員が行かされて焼け死んだんだよ。消防団員って素人だよ。プロの消防士じゃなくて、ほぼボランティアなのに、命令でそこに派遣されたんだよ。

で鬼畜なのはマスコミ

その後、何年もこの事件を取り上げるたびに、多くのマスコミ関係者などが犠牲となったって枕詞で始めやがる。で、死んだマスコミ関係者の話を美談として自分語りする。

あの現場には、新婚の団員や、子供が生まれたばかりの団員や、もうすぐ結婚するはずだった団員や、親の介護してた団員がいたんだぞ。
マスコミはそんなこと一つも報道しないけどな。

もう一度言うが、その団員達はそこに居たくて居たんじゃない。

執筆: この記事は『狼魔人日記』からご寄稿いただきました。

 

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3 コメント

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Unknown (東子)
2014-06-03 10:40:24
ハワイの遊泳禁止のところ立っている立札にこうある。
「遊泳禁止 泳ぐことはかまわないが、救助要請があっても助けに来ません。他の人に救助を頼むのはその人を危険にさらします」(意訳)
まさに自由と自己責任の国だと思いました。
自治体は警告(遊泳禁止、危険)するが、そこまで。
警告を無視するなら、危険覚悟、自己責任で、と。

報道の「自由」、取材の「自由」、表現の「自由」という言葉の下に、やりたい放題をすることを「自由」とは、言わない。
言い古された言葉だが、「自由」には、「責任」がセット。
Unknown (宜野湾市民X)
2014-06-03 11:12:25
毎年6月3日は「マスコミ反省の日」にして、自分らが死に至らしめた犠牲者に黙祷を捧げるべきだ。
Unknown (越来のK本S子)
2014-06-03 15:55:05
本日の記事内容とはまったく関係ないんだけど、こんな記事が出たんでご紹介。

・沖縄知事選:自民会派 辺野古移設反対の翁長氏出馬要請へ
http://mainichi.jp/select/news/20140603k0000e010200000c.html


記事の見出し見て一瞬、「えっ!?」と思ったけど、記事を見て納得。

自民県連から処分された、「Oh No!オナーガー!」の下僕の那覇市議どもが要請、だってさ(笑)。


まっ、脱・革新共闘などと寝言言ってる革新共闘どもに要請されるよりはマシかもね。

そうなればあいつら、この前父親がくたばった、ハゲを隠すために(?)人前で帽子も取らない礼儀知らずのインチキ琉大教授しか候補がいなくなるもんね~(笑)。

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