狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

大東亜戦争肯定論

2008-10-05 08:29:27 | 県知事選

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麻生首相、今度は「大東亜戦争」失言で議論広がる 中央日報

  
  麻生太郎首相が日本による侵略戦争の第2次世界大戦を「大東亜戦争」と表現し、議論が広がっていると朝日新聞が1日、報じた。

  麻生首相は先月30日午後、首相官邸で記者団から日本の過去の戦争観を問われた。麻生首相が先月29日の国会演説で「私の前に58人(の首相)がいた」と述べたことをめぐり、ある記者が「58人の元首相の中には日清、日露戦争をした首相や(太平洋戦争A級戦犯の)東条英機も含まれるのか」と尋ねた。

  すると麻生首相は「日清、日露戦争と、いわゆる大東亜戦争、つまり第2次世界大戦とは少し種類が違うと思っている」と答えた。続いて「明治憲法以来約120年、日本の歴史として誇れる歴史もあれば、誇れない歴史もある」と語った。

  「大東亜戦争」は日本の帝国主義による侵略戦争の当時、日本政府が使っていた用語だ。第2次世界大戦が終わった後、日本を占領した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は公文書で同表現の使用を禁止し、現在も日本の侵略戦争を正当化、美化する用語と認識されている。日本の右翼団体や関連人物らは依然として太平洋戦争を大東亜戦争と表現し、日本による侵略戦争の正当性を主張する。

  麻生氏の発言で議論が広がると、河村建夫官房長官は「首相は子どものころから外祖父の吉田茂元首相の薫陶を受けている。当時の大人たちが第2次世界大戦を大東亜戦争と表現していたために、影響を受けているのだと思う」と語り、収拾に出た。

  しかし意識的でも無意識的でも、首相がかつての侵略を美化する用語を公式の席上で使ったのは非常に不適切なもので歴史観が問われる、という声があがっている。実際、麻生首相は以前にも「創氏改名は朝鮮人が望んで行われたもの」などといった妄言で波紋を広げたことがあり、自民党総裁選の真っ最中だった先月には「天皇も(日本帝国主義の侵略を美化する宗教機関である)靖国神社を参拝できるようにすべきだ」と述べ、議論を呼んだこともある。   

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<コラム>麻生太郎氏の2つの顔

   2005年12月23日午後4時、東京霞ケ関の外務省大臣室。 

  麻生太郎外相へのインタビューを終えた記者はぼう然としていた。 20分余りのインタビューの間、「靖国参拝問題がすべてであるかのようにこだわる国は韓国と中国しかない」「隣国とはもともと良い関係を結ぶのが難しい」という刺激的な発言が次々と飛び出した。 ‘決定打’はインタビューが終わった後だった。 記者が席を立ち、「対立中の外交懸案が多くて直説的な質問が多くなりました。 失礼しました」と礼儀を示すと、麻生外相は無愛想にこう答えた。 「キムさんだけでなく韓国人はみんな元々こういうのが趣味なのでは。 みんなそうだから」。同席していた国際報道官はどうしていいのか分からず慌てていた場面を今でも私は覚えている。

  ♯2.08年9月22日午後3時、自民党本部。 次期首相に当選した麻生氏は、24日の就任式と29日の所信表明で韓国・中国との関係を友好的に導いていく意志を表明することにした。 「‘首相・麻生’は現実的で実用的な外交をする」という内容だ。 日本政界の実力者である森喜朗元首相も「むしろ麻生は韓国問題に柔軟に対処できる。 見ていてほしい」と韓国政府の関係者を安心させたという。

  麻生次期首相には2つの顔がある。 彼をかわいがった祖父・吉田茂元首相(1878-1967)の顔と‘ビジネスマン麻生太郎’の顔だ。

  冗談を混ぜながら皮肉るように毒舌を浴びせる癖は‘昭和のワンマン宰相’吉田元首相に似ている。 麻生氏は1979年の初めての選挙で聴衆に「下々の皆さん」と叫んだ。 吉田元首相の話し振りそのままだ。 吉田元首相は53年、国会で野党議員に「馬鹿野郎」と発言し、国会が解散になるなど、何度も問題を起こした。

  個人財産50億円という強大な財力、キューバ産のシガーにこだわる貴族スタイルも遺伝だ。 マスコミを敵視するところも似ている。 吉田元首相は「新聞は毎日嘘しか書かない」とし、新聞には目も向けなかった。 気に入らない質問をした記者には水の入ったコップを投げた。 「どこの新聞記者だ」で始まる麻生の挑発的なマスコミ観も同じだ。 米国の防衛傘の下で日本の力を高めていくべきだという麻生の‘米国集中外交’も、‘サンフランシスコ講和条約’を締結した吉田元首相の複写版だ。

  一方、‘ビジネスマン麻生’の顔は商人気質から出てくる現実感覚だ。 麻生氏は外相在任中、問題発言はしたが、靖国神社は参拝しなかった。 妥協すべき点では積極的に妥協した。 羅鍾一(ラ・ジョンイル)元駐日大使が風邪をひくと、どうして知ったのか、「のどの風邪によい」と言いながら柚汁を贈る繊細な配慮も見せた。

  麻生氏の2つの顔は変化無双だ。 しかし根本的に麻生氏の本流は吉田茂元首相のDNAだ。 右翼性向に加え、自身と日本に対する優越感の塊だ。 ビジネスマンの顔は‘本来の顔’をしばらく隠すためのフェイントモーションにすぎない。 首相になれば実用主義路線に変身すると信じた安倍晋三元首相も同じだった。 一喜一憂せずじっと堪える‘苦難の韓日時代’が来たのだ。

  外交の視野も広める必要がある。 最近、駐日米国大使館の関係者らが議員会館で民主党議員と全方向で接触している理由は明らかだ。 迫る総選挙で野党・民主党が執権する可能性が高いと看破したからだ。 しかし韓国に対する民主党内の雰囲気は危険水位に達している感じだ。 執権自民党の古参と爆弾酒を飲んで親交を深めるのも重要だが、‘オールイン外交’はすでに寿命であることを自覚する時が来た。   


 

中央日報 Joins.com 

2008.09.24 17:52:47


                    ◇

 

 

 沖縄平和公園で戦争の歴史学ぶ 立命大民青 (08/09/26)

その中でも摩文仁の丘にある各県の慰霊塔には「大東亜戦争」「祖国のために殉じた英霊」などの碑文が各知事の署名入りで書かれてました。≫

これまで「大東亜戦争」は、少なくとも日本のマスコミでは、禁句であった。

麻生首相は敢えてその禁句をマスコミにぶっつけた。

「失言」をたてに麻生叩きに必死の韓国紙だが、肝心の朝日新聞がやけにおとなしい。

おとなしい理由は、失言ではなく正論だから。

60数年前の米軍駐留当時、GHQが禁止していた「大東亜戦争」を独立国の日本の総理大臣が口にしていけないはずはないだろう。

しかも「大東亜戦争」は当時の政府が決めた正式呼称なのだ。

 

麻生首相、「大東亜戦争」と表現 戦争観問われ
2008年10月1日2時21分http://www.asahi.com/politics/update/1001/TKY200809300
428.html

 麻生首相は30日、首相官邸で記者団から過去の戦争観を問われ、「日清、日露(戦争)と、いわゆる大東亜戦争、第2次世界大戦とは少し種類が違うと思う」と語った。首相は「明治憲法以来約120年。時代を振り返って、日本の歴史として誇れる歴史もあれば、誇れない歴史もある」との考えを示した。

 「大東亜戦争」は当時の政府が決めた正式呼称だが、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が公文書での使用を禁止。教科書では「太平洋戦争」「第2次世界大戦」の呼び名が一般的になっている。

 河村官房長官は30日の記者会見で「首相は吉田茂元総理の薫陶を子どものころから受けており、教育勅語をそらんじることができる我々同じ世代の唯一の国会議員だ。第2次世界大戦を当時の大人たちが大東亜戦争と表現していた。そういうことかなと思う」と語った。

                   ◇

【断 呉智英】「大東亜戦争」名称肯定論2008.10.4 03:30
 
 十月一日の朝日新聞が「『大東亜戦争』首相が表現」と報じている。前日、首相官邸で記者団と談話の際、麻生首相が先の大戦を「大東亜戦争」と表現したというのだ。記事中、言葉の解説として「『大東亜戦争』は当時の政府が決めた正式名称だが、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が公文書での使用を禁止」とあるほかはほとんど事実報道だけで、論評にあたる文章がないのが興味深い。

 悪意にとれば、首相の失言を取り上げてみたものの、よく考えると別に失言ではないので中途半端な記事に終わったとなろう。善意にとれば、首相の発言を機に「大東亜戦争」禁圧の経緯を読者に啓蒙(けいもう)しようとする苦心の記事だと言えよう。私は善意に解釈したい。

 終戦後の一時期GHQ(実質、米軍)は原爆被害の報道も禁圧。「大東亜戦争」はその言論弾圧の一環として使用が禁止された。言論の自由を叫び、反米の姿勢の強い左翼・革新人士が米軍のこの言論弾圧の共犯者であることに彼らの不誠実と無知が表れている。

 大東亜戦争を「大東亜戦争」と呼ぶことは、その評価とは別だ。他でも書いたが、私は全共闘の学生だった頃、ベ平連の指導者小田実の著作で、大東亜戦争には欧米列強からのアジア解放戦争の一面があったことを教えられた。同時に、この戦争が理念とは裏腹に内外民衆に多大な惨禍をもたらしたとの認識も揺るがない。かかる矛盾した戦争の性格は「大東亜戦争」の名称であってこそ読み取れる。歴史の隠蔽(いんぺい)と偽造に加担してはならない。(評論家)

                     ◇

小学校時代から「太平洋戦争」と脳ミソに染み込まされ、「大東亜戦争」なんて言葉は歴史上の悪いヤツが発する、けがわらしい言葉のような印象で育った。

大学生の頃、本屋で立ち読みした雑誌に『大東亜戦争肯定論 』というタイトルの林房雄の論文を目にして、世の中には恐ろしいことを書く人物がいるものだと思った。

その後も「大東亜戦争」の呪縛は解けず、大東亜戦争と書いたり発言することは自分が悪いヤツになるような気がして書くのに躊躇を覚えた。

かといって、マッカーサーの置き土産である「太平洋戦争」と書くのも気が引けて、

結局「先の戦争」とか「第二次大戦」とか、真珠湾以降は「日米戦争」と曖昧な表現でごまかしてきた。

「マッカサーの置き土産」については⇒「鬼畜米英」と「ストックホルム症候群」

一昔前だったら今回の「麻生大東亜戦争発言」は中央日報が騒ぐように「失言として議論が広がって」場合によっては麻生内閣崩壊となっていたかも知れない。

だが、こんな場合先頭を切って大騒ぎするはずの朝日新聞が事実報道のみで何の論評もないとは寂しいものだ。

朝日新聞も認めたので、以後当日記も「大東亜戦争」と書かしてもらおう。 歴史の隠蔽と偽造に加担しないために。

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