【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

『美の心・角圭子作品集』本の泉社、2010年

2011-05-03 00:05:18 | 評論/評伝/自伝

              
 標題は本書のなかの「障壁画に見る美の心」からとったそうです。そして、その「障壁画に見る美の心」は京都博物館で開催された特別展「障壁画の宝庫/京・近江の名作をみる」のあとに訪れた大覚寺、智積院での「牡丹図」(伝・狩野山楽)、「楓図」(長谷川等伯)の鑑賞体験を綴ったエッセイです。

 本書は、かなり年齢を重ねた(と思われる)著者の思いが詰まった宝箱のような本です。

 一番、印象に残ったのが、二番目の夫であった朝鮮人との離婚にまつわることどもと哀しみについて書いた「離婚」です。朝鮮での生活、在日朝鮮人問題、日本の差別的朝鮮政策と弾圧の歴史、朝鮮をの方と結婚することで背負わなければならなかったいろいろな問題が切々と書かれています。

 著者はロシア文学の研究者(翻訳家)でもあり、冒頭に「ロシア近代文学の形成過程」「ベリンスキー初期の文学館とゴーゴリ」「チェーホフ初期文学とその時代」「十二月党員と民族詩人」の論稿が並んでいます。

 なぜ著者はロシア文学に興味をもち、興味をもっただけでなく、その研究にとりくんだのだろう、と思って読んでいると、そのヒントになるような一行がありました(「社会の半封建的性格になやまされてきたわたしたちは、帝政のロシア古典文学にきわめて身近なものを感じている[p.61])。

 この一行を手掛かりに解釈すると、次のようになるのであろう。ロシア文学は最初、西欧文学のモノマネからはじまったのですが、近代に入ってロシア民族のアイデンティティを問い、そこに誇りをもつ文学が育っていきました。ロシアにおける近代文学の成立とロシア文学の確立とは同じことでした。

 この頃のロシアはツァーリの圧政のもとにあり、封建的農奴制がしかれ、人民の苦しみは想像を絶するものでした。著者自身が戦前の社会の封建的遺制に苦しんでいて、それゆえに圧制からの人民の解放をテーマにしたロシアの近代文学にのめりこんでいったらしいです。

 文学にあらわれた女性の魅力について執筆された部分は、古今東西の代表的小説を読んで、しっかり書き込まれています。画家であった父と母、夭折した兄のことも含め、己自身を見極めていこうとする探究心に誠実さが読み取れます。

 『山林』に連載した随筆、「ペンの花鳥図」もその延長で好ましいです。