ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

長く吐く深呼吸に慣れたら今度は下腹を大きく凹ますようにする

2017-12-15 00:06:56 | 逆腹式呼吸

ここでの呼吸法は、誰でも出来るラジオ体操で行なって来た深呼吸で行います。 はじめに大きく息を吸ってから、出来るだけゆっくりと長く吐きます。 基本的には口を閉じて鼻だけで呼吸を行います。

出来るだけ長く息を吐こうと思うと、息を体の外に吐き出すよりも、イメージで吐く息を体の中へ吐くようにした方が、長く吐けるのです。 吸った息が口の中に未だ残っていますが、その息をそのまま喉を通して胸を通り、下腹に吐くようにします。

寝てこの呼吸法を行う場合は、下腹ではなく下腹は通過して、足の裏から吐き出すようにイメージします。 

深呼吸の要領で行う呼吸に慣れて来たならば、今度は息を吸うというよりも、下腹を大きく凹ますように意識して行います。 肺呼吸を行うというよりも、次第に胸は膨らむものの、下腹を大きく凹ますことによって、宇宙の気を吸う感覚に推移して来ます。

ここでの呼吸法に慣れて来れば、自然と上記のような呼吸ができるようになります。 この呼吸法が、一般的な腹式呼吸でもなく逆腹式呼吸でもない、ここでの逆腹式呼吸になります。

私自身は、ここでの呼吸法が、体の生理的な動きに合致した呼吸法であると思っております。

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知人からめまいと吐き気があり検診を受けたという連絡があり

2017-12-14 02:03:27 | 

昨日、何時もお世話になっている方から電話があり、めまいと吐き気があり多摩丘陵病院で、2日続けて検診を受けたという連絡がありました。 聞けば車椅子に座っていても、気持ちが悪くなると云うのです。

これまでも何度か、そのような状態になったことがあるということでしたが、親しくさせて頂いているだけに心配をしております。

実は私も10月15日の早朝に、めまいと吐き気がして、救急車で多摩丘陵病院で手当てを受けた経験があるのです。 私のめまいはぐるぐる回る感じではなく、ふらつく感じでした。

吐き気はあったものの実際には吐くことはありませんでした。 病院で点滴を受けて頭部のMRIを撮ったりしているうちに、何とか車椅子で車まで行って、自宅へ帰ることが出来、安静のため寝ているうちに回復しました。

当時の自己判断では、もともと血液検査で貧血気味であったことを踏まえて、脳貧血であったかなと感じたのですが、今回、改めてネットでふらつきと吐き気で検索して、私の場合はウイルス性のものであったと、改めて自己判断しました。

私の場合は、ふらつきと吐き気が一過性のものであったのですが、知人の場合は実際に吐いていて、なおかつぐるぐる目が回るような、気分が悪くなる状態であったので、なおさら心配ではあります。

多分メニエール病であろうと推察出来ますが、この病は難病の一つで治癒が難しいとあります。 めまいについては改めて、様々な場合があることを知ったのでした。

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体を温かく保持して寝ていればトイレに起きる時間が長くなるが

2017-12-12 02:36:38 | 健康づくり

病で開腹手術を行う前までは、パジャマ一枚で寝ておりました。入院中からパジャマの下に、ヒートテックの上下の下着を着て、なおかつヒートテックの靴下を履いて寝るようになりました。

体が冷えるとトイレに行き時間が早くなってしまうからです。 ゆったりと長く半身浴を行なって、十分体を温めて寝ると4,5時間起きなくて済むことがありました。 何時も1.5時間おきにトイレに行くのですが。

術後、トイレに行く時間は1.5時間毎に推移しておりましたが、最近になって2時間毎と、ちょっぴり長くなりました。 体を温かくして寝るとぐっすりと寝る感じがいたします。

外気が一段と冷え込んで来ていることも影響しておりますが、今しばらく様子を見ようと思っております。春が来て外気も暖かくなって来たときに、ヒートテックの下着を着るかどうか、様子を見たいと思います。

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開腹手術を行って改めて規則正しい生活の大切さを知る

2017-12-10 06:23:08 | 健康

かつて級友と仕事の打合せの後に、会食しながらお喋りをしている時に、級友が私の食べ方や呑み方について、よく食べるなあと言ったことを思い出します。 確か油っぽいものを食べている姿を見ていたのでしょうか。

大学時代の級友に、随分と歳をとったような雰囲気の方がおりましたが、後年、彼に問い合わせると、全てが程々の生活ぶりで、マイペースで過ごして来られたと云います。 然も奥さんが栄養短大を出られた方で、食生活にはそれなりに気を使われていたようです。

クラス会で朝ご飯はビフテキを食べると聞いて、みんなが驚いたことがあります。 ところが昼ご飯は、軽く蕎麦を食べて、なおかつ夕ご飯も軽い食事をすると言われて、納得したものです。

歳をとって改めてその友人を見てみると、クラスの中では一番若く見えるのです。 小学校の級友と久し振りで会って、若く見える方に聞いて見ると、やはり無理をしないマイペースな生活を送っておられたと聞くのです。

生まれて初めて開腹手術を行って、体力がなくなって、毎日の生活を送る、送れることの大切さを改めて感じるのです。 食べる、活動する、排泄する、休む、そのひとつひとつの繰り返しが、それぞれ意味を持っているのを知るのです。

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29年のお歳暮の礼状ですが

2017-12-09 16:18:26 | 社会・経済

  生まれて初めて10月末に、開腹手術を行いました。 7、8年前に憩室炎から前立腺炎に至り、雑菌の塊の腸と無菌状態の膀胱が、繋がってしまいました。 当初は管も微細な太さで、多少の雑菌が膀胱に入ってきても、自己免疫力のお陰で何とか病気にもならずに生活を行ってきましたが、最近になって管も成長し、体に影響を与えるようになってきました。

  緊急に入院して翌日、直ぐに当該患部の摘出手術を行い、2週間弱で退院しました。 仕事が忙しいもので、退院した翌日から設計作業を続けようとしましたが、思ったより体に対するダメージが大きく、仕事どころではありませんでした。 2週間経って車の運転も出来るようになり、時間の経過とともに集中力も増して、仕事も出来るようになってきました。

様々な体への変調も全て、私自身のこれまでの所業の結果として考え、遅まきながら改めて悔い改める気持ちでおります。

さて、過日は私どもへの、いつも温かいお心遣いを、ありがとうございました。 

これより一段と寒さが厳しくなる折、健康に留意をしてくださるよう、お願いいたします。

これからもご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

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友人の伊倉雅晴さんが設計の仕事から引退する時期ではないかと

2017-12-08 05:32:47 | 文化

先日、久しぶりで友人の伊倉雅晴さんから電話があって、お茶を飲みながらお喋りをしました。 ラクビーの故平尾誠二さんの主治医が、IPS細胞で有名な山中伸弥さんだったということを話すのでした。

平尾さんは伏見工業高校で全国優勝して、同志社大学とを経て神戸製鋼で、ラクビーでは日本をけん引されて来られた方です。 山中さんは神戸大学のラクビー部に所属して、学生時代を過ごされて来ました。

2人の共著の「友情」という本を持って来られて、読んでみてはと言って、本を置いて行きました。

伊倉さんは住宅公団で計画 設計を手掛けて、その後、公団の設計を、行っていた事務所を経て、今は悠々自適の生活を送っておられます。 最近は樹木の写真を撮っては、本の自費出版をされております。

私は伊倉さんの一つ下ですが、病気をして入院生活などをしている私の姿を見て、そろそろ引退する時期ではないかと、意見を言うのです。

私は自分がこれまで手掛けた建物のオーナーから、様々な相談を受けておりますが、自分が元気でいる限り現役でいようと思っております。 人と話すことが好きなのです。

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1ヶ月半振りで友人のレストランにお昼ご飯を食べに行って

2017-12-07 05:08:05 | 友人

自分が開腹手術をして入院している時も、毎週1回は親しくしている友人と、昔からの知り合いのレストランを経営している方との会話を楽しみに、お昼ご飯を食べに行ったことを思い出し、タバコの吸い過ぎで肺気腫気味になりかけているマスターのことを、心配しておりました。

何時も手が空くと、私たちのテーブルに来て、身近な出来事を中心に話をします。 先日1ヶ月半振りに、マスターの顏を見にお昼ご飯を食べに出かけて来ました。 ゴルフのシングルの方ですが、流石に体力が落ちで、ヘッドスピードが測定出来るゴルフショップでの測定値が、奥さんよりも落ちていることを嘆いておりました。

仕事の合間に行っていた卓球も、最近は出来ないと言うことでした。 お尻の筋肉もなくなり、体力の落ち込みは、かなりのものだとのこと。

かく言う私も、坐骨の先端の筋肉の付け根部分が痛んで、満足に普通に歩くことが出来なっかったのに、入院で殆んど歩くことがなかったために、更にお尻の筋肉がなお一層なくなった感じがいたします。

ゆっくり歩いていても、急にへなへなとなる時があります。 それでも退院後1ヶ月になりましたので、仕事も集中して出来るようになりました。

昨夜は関係する会社の忘年会に、酒のつまみを食べながら烏龍茶を飲んで、久し振りに会う方々と、会話を楽しみました。 今日は大学のクラス会が、横浜国大のキャンパスを見学しながらの懇親会があるのですが、昨日、幹事のKくんに、残念ながらの不参加の連絡をしました。

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大学へ進学すべくか建築の専門学校に進むべきか迷った時に考えてみれば

2017-12-05 02:59:55 | 天目

前事務所での後輩は、工業高校で教えている先輩から推薦されて入所されました。 何時も面白いことを考えている方でしたが、大きな再開発のスタッフとして従事していた頃に、インドに旅行したいと責任者に願い出たところ、未だ入所して数年しか経っていないことを理由に、許可が出ませんでした。

彼はインドへの旅行が諦められないため、事務所を退職してしまったのです。 その後、某事務所を経て前事務所の先輩であった事務所で、働くことになりました。 私も独立して間もない頃、助っ人で計画のスケッチを依頼して、経済的な側面から援助をさせて頂きました。

出来上がって来るスケッチは独特のもので、出来上がりが楽しくなるような建物が実際に造られることになりました。 彼は先輩の事務所から派遣で、大きなプロジェクトの仕事に参加しておりました。

たまたま派遣先の事務所に、私の大学の級友がいて、彼の仕事ぶり–楽しく仕事をする、楽しいものを創り上げる–を観て、彼を事務所の正社員として引き抜いてしまいました。 その後、彼はその事務所の取締役まで勤めたと聞いております。

私の娘もまた、私立の女子校を出て一浪を経ても、娘の学力も考えずに建築学科のある私立大学を数校受験しましたが、残念ながら桜が散るばかりでした。 4月に入ってから娘の今後をどうすれば良いかを考えた時に、研究室の先輩が専門学校の講師を行なっていることを思い出し、電話をしてみました。

今日入学式という時に、取り敢えず学校に来て貰いたいということで、簡単な試験を受けて面接の上、2年間は引き続いて学校で勉学することを条件に、翌日から授業を受けることが出来ました。

卒業後、私の事務所で仕事をすることにしておりましたが、朝起きても一向に事務所に来る気配はありませんでした。 そんな折にお台場の日航ホテルの設計などで活躍していた、前事務所の後輩の女性–長尾宜子さんの事務所に、娘と行って頼みに行きましたが、断りの返事でした。

その後、大学のクラス会で藤沢で事務所を開いていたK君に、話して見ましたが、娘とは会ってもいないのに、その場で快諾してくれました。 K君は10年ほど面倒を見てくれた上に、最後はある地域のコミュニティセンターの設計を、基本設計から実施設計まで娘が担当して、一人前に仕事が出来るように育ててくれました。

その後、某事務所を経て私の推薦する事務所を断って、自ら新しい事務所を見つけて来て、現在はその事務所で設計と現場の監理の仕事を、張り切ってこなしているようです。

最終学歴が専門学校だけであっても、自分自身が何時も楽しいことを考えていれば、建築の仕事は出来るものだと改めて感じるのですが。

私自身は大学で建築を勉強したことになっておりますが、多様な友人たちの影響を受けたことが一番良かったのかと、改めて思うのです。 無駄な時間というか考える時間の余裕がありなのかと思います。

何せ在学中は、建築の設計をどのように考えたら良いのか分からぬ時間が長く、卒業前の1年間ほど研究室で、博士論文の作成のお手伝いをさせて頂いたことが、大きかったと反芻します。

 

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眠れぬ時には深呼吸の要領で長く吐く呼吸を行なってみる

2017-12-04 03:24:27 | 健康づくり

入院中も含めてベットで寝るだけの生活を送っていると、なかなか眠れなくなる時があります。 普段の生活でも、そのようなことはよくあることです。

そんな時には上を向いて寝て、両手をお腹の上に置き、リラックスして大きく息を吸ってから、出来るだけ長く吐くようにします。 長く吐く呼吸に慣れて来たならば、意識して吐く息を体の中へ吐くようにイメージします。

フィットネスクラブでは、足の裏へ吐き出すような呼吸法も指導しているようですが、そんなこともイメージしてゆっくり吐きます。

長く吐く呼吸を行なっていると、不思議と時間が経つのは早く感じます。 長く吐く呼吸を行なっている内に、自然と眠ってしまいます。 目が醒めるとスッキリとしているのは、不思議な感じが致します。

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私達の北園高校のバスケ部が何故強かったのかを反芻してみれば

2017-12-03 02:40:41 | 文化

息子の母校である都立南野高校が廃校になり、校舎は隣接する恵泉女学園大学が購入し、グランドは私立明大中野高校が購入して、野球部の練習場として使われております。

時々バスの中で明大前から通って来る野球部員の方々と会うので、声をかけたりします。 親近感を持って都大会予選でどれぐらい勝ち上がっているのかを聞くのです。 何となく応援したい気持ちが自然と湧いて来るのです。

どんな練習方法を行なっているのかを、見たいと思いながらもなかなか実現はしておりません。

私たちの都立北園高校のバスケット部は、180センチ前後の選手が2人いるぐらいで、2m前後の選手を揃えた私立中大杉並高校には、勝つことは出来ませんでしたが、東京都では準優勝でインターハイにも2回出場しました。

中学時代からプレイして来た人も多くなく、私も高校に入って初めてバスケットを始めたのです。 そんなチームがなぜ強かったのかを反芻してみると、毎日、大学に進学したOBの方々が、必ず何人か来てくれていて、練習の最後は必ず練習試合をしておりました。

勿論コーチはOBの方が行っておりました。 私の記憶によれば、練習がなかったのは元旦の日だけでしたが、その日も池袋に集まって、女子籠球部も交えて簡単な新年の挨拶をしてから、はじめて入った喫茶店でお喋りをして過ごしました。

ピンタが飛んで来るような練習方法には批判的な気持ちを持ちながらも、毎日の練習を行っていたことを思い出します。

背は低いながらも毎日のOB逹の闘志溢れんばかりの練習を通して、自然と技術力だけでなく、精神力が鍛えられたのではないかと改めて感じます。

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