ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

半身浴は自分の好きな湯の温度で入る

2012-02-15 08:34:17 | 半身浴

 半身浴は、お湯の面がお臍のちょっと上ぐらいにして入る、お風呂の入り方です。 半身浴について書かれている解説書では、出来るだけ低い湯温にして、入るように書いてあります。 私は、それにとらわれる必要はないと、考えています。

 冬は湯温が低いと、なかなか汗が出てきませんので、風邪をひきやすくなります。 夏は低い湯温でも、すぐに汗が出てきます。

 半身浴の真髄は、下腹(臍下丹田)を温めて、上半身に頭の先まで、汗をびっしょりかきますが、血流を良くして新陳代謝を良くすることです。

 比較的暖かい時期には、低い湯温で本を読みながら、長湯をするのもいいかと思います。 私の友人は休みになると、日がな一日、半身浴をしながら本を読むことを、楽しみにしている方がおります。 途中、一旦休むこともしているようですが。

 肩まで入らないと、お風呂に入った気がしないという方が多いのですが、そのような方に限って、日常的に体を動かす運動をしておりません。 かくいう私は、どのようにして毎日汗をかこうと考えていた時に(運動をして)、知人から半身浴の話を聞いて、その日からはじめて、もう10数年になります。

 座禅を生まれて初めて行なった丁度、1年前でした。 半身浴をして十分に下腹の臍下丹田を温めてから、座禅を始めたのが幸いしたのか、座禅を始めた初日に、百会が活性化し、1ヶ月半で下腹の臍下丹田も活性化して、心臓のように鼓動をはじめたのかも知れません。
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深夜の1時間の座禅を中心に一日が始まる感じですが

2012-02-14 08:36:05 | 座禅

 昨日に続いて、ホイットニー・ヒューストンの歌声を聴きながら、ブログを書いています。 いつも座禅を行いながら、この素晴らしい座禅を、どのようにみんなに伝えたら良いかが、集中する中でふと浮かぶ私の雑念になっています。

 改めて何を書こうと思いながら、昨日までのことを思い出していると、私の一日の生活は、深夜に行う1時間の座禅を中心に、動いているような感じがします。

 夜食を軽く摂って、テレビを見る間もなく、自然に眠くなって7時過ぎには、寝てしまいます。 12時か1時頃に目を覚め(その間1度ぐらいはトイレに行きますが)、ちゃんちゃんこを着て、セーターを膝に掛け、羽毛の枕をお尻において、胡座を組みます。 無圧布団の上で。

 最近はもっぱら胎息(肺呼吸を伴わない気の呼吸)で座禅を行います。 勿論部屋は真っ暗にして。 今は冬ですので、夏のように虫の鳴き声も、一切聴こえません。

 ほぼ1時間が過ぎたら、今度はお風呂に入ります。 風呂は半身浴で入ります。 お湯の面が、お臍のちょっと上ぐらいにして入ります。 座禅をはじめる1年ぐらい前に、知人から半身浴の話を聞いて以来、肩までお湯に浸かったことはありません。 湯に浸かってない上半身が、頭の先まで十分汗が出るまで入ります。 約30分前後です。

 お風呂から出ると、テレビを見ることもありますが、そのまま又布団の中に入ります。 朝の4時には目を覚まし、ご飯の支度をして、早くに出かける息子と一緒に、食事を摂ります。

 5時半過ぎには、息子と一緒に出かけ、そのまま朝歩くをした後、駅前にある事務所へ行きます。 お昼ご飯は、親しくしている友人に声をかけたり、ほかの友人から声がかかったりして、駅前の飲食店で食べます。

 そのまま午後6時前後まで事務所で過ごした後、家まで歩いて帰ります。 どうも私にとっては、昼間の時間が中心ではなく、深夜の座禅時間が中心になって、動いているような感じになって来ました。
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胸に響くホイットニー・ヒューストンの歌声

2012-02-13 08:31:30 | 文化

 ホイットニー・ヒューストンが亡くなったというニュースを見て、改めてYou Tubeで朝早くから聴いてみました。 ホイットニー・ヒューストンの歌声は、胸の中心部をとても痛く響かせます。

 本田美奈子さんが亡くなったときも聴いてみましたが、透き通るような歌声が、心に痛く刺激した記憶があります。

 しばらくホイットニー・ヒューストンの歌声を聴くことになるでしょう。 

 最近は、ラジオから流れる歌声を聴きながら、仕事をしているのですが、今までは感じなかった歌手たちの歌声が、胸を響かせ刺激することが、多くなってきました。 これも日常的な座禅の効果でしょうか。
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寝る姿も座禅の姿勢の要領で筋力が働かない姿で

2012-02-12 09:20:07 | 健康

 私は20年ぐらい前に網膜剥離で入院するまでは、寝るときはいつも横になって寝ていました。 網膜剥離で手術したあとは、いつも上を向いて寝るように、砂枕を顔の両側に置かれて、術後の網膜の癒着を促進させるため、顔を動かないようにされます。 しかも枕はありません。

 はじめは抵抗があったものの、目も開けられない状態で看護婦の方が、上を向いて寝るのが、内蔵には一番休まるんですよ、という声が聞こえてきました。

 1ヶ月近くの入院生活を終えて家に帰ってからも、それまでの寝方とは一変して、いつも上を向いて寝るようになりました。

 胡座を組んで座禅を始めるようになって、上半身は日常的にも、肩の力を抜き、頭のてっぺんが天から引っ張られるような感じで、いつも維持するようになりました。 基本的にはその姿勢が一番休まる姿勢なのです。

 従って寝るときも、枕は出来るだけ薄くし、体のどこかに筋力が働かないような姿で、上を向いて寝るようにしています。

 私の親しくしている友人にも、その話をして砂枕を顔の両側において、上を向いて寝る癖をつけたらどうかと奨めるのですが、私は横を向いて寝るのが好きなので、の一言でお終いです。

 横をむいて寝ると枕の高さ等の関係で、寝ながらも筋力が働き、肩が凝ったりします。 現にその友人は、うたた寝を変な姿勢で寝た結果、頚椎の推間板が一部飛び出したらしく、手足が痺れるようになり、薬の服用をするようになりましたが、一向に改善はされてはいないようです。
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座禅時間が短いと感じる感覚が必要かも知れません

2012-02-10 07:59:32 | 座禅

 私は現在、1時間の座禅しか行なっていません。 このところ長く吐く呼吸は行わず、胎息(肺呼吸を伴わない気の呼吸)で胡座を組んでいます。

 以前は長く吐く呼吸のほうが、意識は集中できたのですが、最近になって胎息で座禅を行う時間が続いてきているせいか、胎息でも1時間は、あっという間に過ぎていく感じがします。

 座禅をはじめた当初、友人の病気回復を願って座っていた時にも、3時間はあっという間に過ぎた感がありましたが、胎息でもそんな感覚になってきました。

 何となく次へのステップに進んでいく感じがします。 深化しているのかも知れません。 ただひたすら座禅を楽しむだけです。
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突然の変化にも驚かず自然の動き・流れに任せる

2012-02-09 07:08:25 | 座禅

 出来るだけ長く吐く呼吸をし、吐く息を体の中へ吐く呼吸を続けていくと、いつの日にか体の中の気が充実し、突然、自発動という形で、気が勝手に動き始めます。

 自発動のもっと前には、体に微妙な変化を与えます。 体の中へ吐く呼吸が、眠っていた経絡を刺激し、経絡の流れが、経絡と絡み合うように流れる神経の腺を刺激するからです。

 日住的な微妙な体の変化を楽しんでいれば、例え突然の変化に対して、当然のこととして楽しめるのです。 微妙な変化を当たり前の如く受け入れていれ、神秘的なものとは捉えなければ、突然の変化にも驚かず、ごく自然に楽しめるのです。

 いつも肩の力を抜きリラックスして、自然の動きを楽しんでいて、自然の摂理に委ねる気持ちを、日常的に持っていることが、とても大切なことなのです。
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トップアスリート達は長く吐く呼吸を行っているという

2012-02-08 08:05:25 | 逆腹式呼吸

 今朝のラジオを聴いていたら、トップアスリート達は呼吸法に注目し、長く吐く呼吸を行っているというのです。 それによると、副交感神経を刺激して、更なるレベルアップを行うのに、役立つというのです。

 口を閉じ、鼻で吸って吐く息を意識しながら、ゆっくり吐くとよいと云います。 改めて吐く息を意識し、長く吐く呼吸の大切さを、別な角度から知りました。 3分でも5分でも良いからといいます。

 私は長く吐く呼吸法が、副交感神経を刺激するのがよいとか、脳内物質のセロトニンを増やすなどのことは、私にはよく分かりませんが、日常的なストレスから解放し、崇高な至福感を与えてくれることだけは、よく分かります。

 ラジオでは、毎日食べる食事の食べ方についても、言及していました。 はじめに野菜を食べ、ご飯などの澱粉質は、最後に食べたほうがよいとのこと。 はじめに澱粉質を食べてしまうと、血糖値が上がってしまうとのことでした。
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長く吐く息を体の中へ吐くことにより感得することが多い

2012-02-07 08:45:08 | 逆腹式呼吸

 座禅で一番大切なことは、いかに意識を集中するか、出来るかです。 禅宗のHPを見ると、曹洞宗は普通呼吸で数息法を提唱しています。 数をひたすら数えることによって、意識を集中する方法です。

 臨済宗・黄檗宗は長く吐く呼吸を提唱しています。 この場合の呼吸は、下腹の丹田から吐き出す呼吸です。 長く吐く呼吸に意識を集中します。 この場合の胸と下腹の関係は、吐き出す時には、下腹も胸も凹みます。 息を吸うときには元に戻ります。

 私の場合は、口を閉じ鼻だけで呼吸し、体操の時に行う深呼吸の要領で呼吸します。 吐く息を出来るだけ長く吐き、吐く息を下腹から吐き出すのではなく、下腹に向けて吐き入れます。 また吐く息が喉から胸をとおり、下腹まで息が入って行くのを追うようにして、そのことだけに意識を集中します。

 私は幸いなことに、座禅を初めて行なったのは、禅宗がスタートではありませんでしたので、何も分からないままに無我夢中で、深呼吸の時の要領で、大きく吸って出来るだけ長く吐いていました。

 深呼吸は大きく息を吸った時に、胸は拡がり下腹は凹みます。 息を体の中へゆっくり吐く時には、胸も下腹も元に戻ります。 私たちは生来、無意識の内にこのような呼吸を行なってきたのです。 胸と下腹の関係は、この関係が自然なのです。

 息を体の中へイメージで吐く時には、息は実際には鼻から出ていますが、実は体の中には宇宙の気が入って行くのです。 私の体験から、息を出来るだけ長く吐きながらイメージすると、自分が思うように気が動くということが、体感できたのです。

 ですから自分自身で、何か悪いことが起きても、決して悪いイメージをしてはいけないのです。 何故なら、自分が悪く思うことによって、体全体が悪い方向に向いてしまうのです。

 また、体の中へ息を吐くことによって、体の中に流れる気の道・経絡を刺激します。 私たちは、お母さんのお腹の中に居た時には、誰もが気の呼吸・胎息を行なっていて、胎外の出来事を気を通して感じていたのです。 お母さんのお腹から生まれでた時に、オギャーという泣き声とともに肺呼吸を始めたのです。

 生長と共に、気の呼吸を忘れ去り、経絡の動きも必ずしも活発に動いては居なかったのです。 息を体の中へ吐くことにより、その経絡を刺激し、その呼吸を通して、様々な体の微妙な変化を感得することになるのです。
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胡座を組んで静かな座禅が楽しくなれば生活の全てを楽しめる

2012-02-06 06:55:08 | 座禅

 口を閉じ鼻だけで呼吸し、吐く息を出来るだけ長く吐き、吐く息を体の中へ吐き、息が体の中へ入って行くのを追うようにして、そのことだけに意識を集中して、胡座を組んで静かに座禅を行う。

 1時間の座禅を継続的に続けていけば、体の微妙な変化を与えます。 そんな微妙な変化を楽しみながら、座禅を行なっていけば、自然と顔つきも穏やかな微笑みを持つようになってきます。

 毎日のそんな雰囲気を続けていけば、日常的な出来事も、動きがあるだけ楽しくなってきます。 静かに座っているだけの座禅が楽しいのですから、動きがあればもっと楽しいはずです。

 きっと、どんな時でも微笑みを持つ自分の姿に、気がつく時があるでしょう。
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何を日常的に行うかが大切・良い生活習慣をつける

2012-02-05 08:20:02 | 座禅

 私が生まれて初めて座禅(静功)を行なってから、毎日のように胡座を組んで座禅を行うようになったのは、私に座禅を行う声かけをしてくれた級友の存在があります。

 級友に声をかけてもらって、1週間に1回の静功の会に参加して、たまたま私自身の体がすぐに反応して、頭のてっぺんの百会が活性化したこともあるのですが、友人は週に3回、それも1回は24時間というものにも参加していました。

 多分、相当の参加料を払っていたことと推察されますが、その時に私は考えました。 そうか、では私は毎日、自宅でやってみようと思ったのです。 実は興味半分で、初めて胡座を組んだ翌日から、毎日のように毎夜、自宅で部屋を真っ暗にして、座禅を行なってはいましたが。

 結局、静功の会は学ぶべきことがなかったので(自分自身の我流で無我夢中になって行なっていたせいでしょうか)、最初に払った参加料の2ヶ月分の期限が来た時点で、辞めました。

 そんな時に改めて感じたことは、よく座禅を行なっています、と話すと、どこのお寺ですかと聞かれます。 私は、お寺で行う座禅会への参禅は,きかっけであって、できることなら毎日座禅することが大切ではないかと感じたのです。
 
 座禅は、姿勢を正す(決して姿勢を良くしようとして反っては筋力が働き良くはありません)、呼吸を整える(出来るだけ長く息を吐く)、意識を集中する(長く吐く息に意識を集中します)の基本ができていれば、自分ひとりでできるのです。

 ただし、この基本的なことが、実はとても大切で、なおかつ禅宗の座禅の作法では、必ずしも正しいことが云われていないような気がするのです。 私は自分自身の体験から感じたことを、このブログを通して、一人でもよいから知っていただければ、感じていただければとの思いで、書いております。

 長く吐く呼吸を伴う座禅は、私たちに色々なことを感得させてくれます。 座禅は楽しいものなのです。 座禅の実践を通して楽しさを感得していただければと思うのです。
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