私が生まれて初めて胡坐を組んで、座禅を行ってから10数年経ちました。 下腹にある臍下丹田が活性化し、心臓のように鼓動を始めて以来、殆んど毎日座禅を行っています。 友人が天に還ってしまった虚脱感から、一時休んだ期間を除いて。
何も分からず、ただ普通の肺呼吸で大きく吸って、できるだけ長く吐く呼吸を続けていただけなのですが、極めて短期間で様々な体の変化を、感じてしまったのです。
そんな経験を反芻してみますと、吐く息を体の中へイメージで吐いていたのが、結果的に体の変化をもたらし、それとともに、呼吸法を通して大人→子供→赤ちゃん→胎児の逆工程を遡っていくことになったのです。
普通の肺呼吸→赤ちゃんの腹式呼吸→胎児の胎息(気の呼吸) という工程をたどっていくことになったのです。
そのような変化は、日常的な微妙な体の変化を通して、ある日突然の劇的な体の変化をもたらしました。
先ず、座禅をはじめた初日の1時間の間に、頭のてっぺんにある百会が活性化し、電子の輪の帽子をかぶっているような感覚になりました。 その後、寝る前に半身浴でお風呂に入った後に、部屋を真っ暗にして座禅を1時間行っていました。
何かを期待するというよりも、微妙な体の変化を楽しみながら、座禅を毎日、続けていた1ヵ月半後、突然、自発動という体の中の気が、勝手に動き出すことになったのです。 びっくりしたのですが、普段から自然の動きを楽しむ感覚がありましたので、胡坐の姿勢から、静かに布団の上で上を向いて寝て、その動きを楽しんでいました。 びっくりして、その動きを止めてはいけないのです。
下腹の臍下丹田が心臓のように動き出したのです。 30分ほどの後、臍下丹田の動きが今度は、足の太もも辺りに振動が移動しました。 しばらくすると、今度は足のかかとに、その振動が移動したのです。
どんな劇的な変化があるかも分からず、ひたすら毎日、胡坐を組んでいたのです。 何かを期待するわけではなく、ただ微妙な体の変化を楽しみながら、座禅をしているだけなのです。
そんな経験から、大切なことは、自然の動きに任せ、自然の摂理に委ねる感覚を、日常的に持つことだと実感したのです。