おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

無法松の一生 1943年 日本

2017-09-16 13:43:40 | 映画
自分の作品をリメイクしたものとして思い浮かぶのは、稲垣浩監督の「無法松の一生」。
戦中時に坂東妻三郎主演で撮り、戦後に三船敏郎主演で撮りなおしている。

監督:稲垣浩
出演:阪東妻三郎 園井恵子 沢村晃夫 川村禾門 月形龍之介
   永田靖 杉狂児 山口勇 葛木香一

ストーリー
松五郎こと無法松(阪東妻三郎)はトラブルを引き起こす暴れ者だが、どこか憎めない人力車夫。
ある日竹馬から落ちた少年・敏雄(沢村晃夫)を助けたことがきっかけで陸軍大尉の吉岡家へ出入りするようになるが……。

寸評
僕は後年に稲垣自身がリメイクした「無法松の一生」を先に見ている。
こちらは無法松の吉岡夫人に対する松五郎の秘めた愛がカットされているのだが、それを想像させるような演出はなされているものの、やはり説明不足感からは逃れられない。
三船敏郎の松五郎が高峰秀子の吉岡夫人に寄せる慕情を見ていただけに、リメイク作品と比較してしまう無いものねだりで、身分の違いを感じながらも秘めた気持ちを抱く松五郎の姿に少し物足りなさを感じてしまう。
松五郎の思いを感じさせるシーンがあったりするし、預金通帳を見せる最後のシーンで松五郎の気持ちをそれとなく感じさせるのだが、やはりカットされてしまったシーンの比重は重かったのだと思ってしまうのだ。
確かに、自分が死ぬと、残された妻は別の男と恋愛沙汰に走るのだと言われれば、戦地に向かう兵士にとっては居たたまれないものがあるだろう。
太平洋戦争の真っただ中の時代で、明日の命が分からないような状況下では、内務省の検閲も理解できないわけではない。
それでも、カットされた尺があるために、松五郎がたった一度だけ泣いたことがあると敏雄に語る場面の回想シーンが相対的に長く感じてしまうので、カットはやはりマイナス面が大きい。
検閲でカットするような行為が行われるような時代は良くないのだ。

始まってすぐに人力車が画面の中央を走っていく。
その後ろ姿のショットは美しい。
その後にも何度か人力車の車輪が舞うシーンが登場するが、モノトーン画面の中にあって美しいシーンを映し出していて、宮川一夫の技量がいかんなく発揮されていた。
阪妻の松五郎は車夫の雰囲気がプンプンする男くささを出していて、リアルな阪妻は知らないが、なかなかいい役者だったのだなあと思わせるに十分な存在感だ。

見せ場はやはり松五郎が祇園太鼓を打ち鳴らす場面だ。
太鼓を打ち鳴らす短いカットが、流れるように画面に挿入され続け気分を高揚させる。
松の引く人力車の車輪がオーバーラップされ、その高揚感はさらに増していく。
この映画を格調高いものとしているいいシーンだ。
そんなシーンがあるかと思えば、敏雄が凧揚げの糸を絡ませて困っているのを見つけた松五郎が、人力車に乗せた客を待たせておいて敏雄の世話をやくが、その時後方で怒った客が飛び跳ねているという滑稽なシーンもあって、ドタバタ喜劇のような演出も見受けられるのである。
暗い時代だったと思うのだが、客席からは笑い声が沸き起こっただろうと想像させられる。
戦時中と言えば戦意高揚映画が多かったと思うのだが、このような作品も撮られていたのだと思うと感激ものだ。

カットを強要された稲垣浩が、怒りを込めて撮ったのが三船敏郎主演によるリメイク版「無法松の一生」なのだが、本作は稲垣浩の無念の思いが伝わってくる作品として見ると、映画の出来栄えとは別に、映画史の一面としての興味が湧いてくる作品でもある。