人の髪の毛の長い背の高い細身の女性が机に座り、ノートパソコンを叩いています。
彼女の名はレイカ(31)・・・とある雑誌の取材記者です。
「えー、それでは、タケルさん、夜の日本学「先人考察(女性編)」・・・お願いします。今日は誰について語ってくれるんですか?」
と、レイカはノートパソコンを叩きながら、赤縁のメガネを手で直し、こちらを見つめます。
「うん。そうだな・・・まだまだ恋の歌は続くから・・・「建礼門院右京大夫」さんを見ていこう」
と、タケルは話し始めます・・・。
さて、今日の「夜の日本学」はじまり、はじまりー・・・・。
「さてさて・・・平資盛さんを失った右京大夫さんの心はさらに悲しんでいるようだねー」
と、タケル。
「わたしも非常に痛々しい気持ちになりますわ・・・」
と、レイカ。
「ま、とりあえず、頑張ってみていこう・・・最後まで鑑賞し切るのも僕らの務めになるからね」
と、タケルは言葉にした。
詞書「日吉へ詣るが、雪が空が暗くなるほど強く降り、輿の前板にひどくたくさん積もって、通夜した夜明けに、宿へ出る道すがら」
「すだれを上げたところ、袖にも懐にも、横の方から降ってくる雪が入って、袖の上は払ってもすぐにまだらに凍る」
「趣深いが、見せたいと思う人(平資盛)がいないのはあわれである」
「何ごとを祈りかすべき我袖の氷はとけんかたもあらじを」
(どんなことを祈ればよいのか。私の袖の涙の氷は解ける方法もあるまいに)
「見せたいと思う人がいない・・・これってよくわかるねー」
と、タケル。
「女性はやっぱり好きな人に「ねえねえ見て」って言いたいですからね」
と、レイカ。
「たぶん、その瞬間に平資盛さんの面影が右京大夫さんの脳裏に浮かんだんだろうね」
と、タケル。
「きっとそうだと思います。そして、その瞬間、悲しくなった・・・右京大夫さんの感情が痛い程伝わります」
と、レイカ。
詞書「たいそう心細い旅の住居に、雪が消えずに残っていて、どうにか雪にならずにかき曇ったままの空を眺めながら」
「さらでだにふりにしことの悲しきに雪かきくらす空もながめじ」
(そうでなくても昔のことが悲しいのに、雪が今にも降ってきそうな空なんて眺めたくない)
「この気持ち、すごくわかります。もうわがままさえ、言いたくなるくらい、日々が嫌なんだわ・・・」
と、レイカ。
「なるほどね・・・それだけ暗い雲だったと言うことなんだろうね」
と、タケル。
詞書「夜通し空を眺めていると、かき曇り、また晴れのき、ひととおりでなく様々に変わる雲の景色に」
「大空は晴れも曇りもさだめなきを身にうきことはいつも変らじ」
(大空は晴れもし曇りもして定まらないが、我が身がつらいことはいつも変わらないことでしょう)
「なるほど・・・右京大夫さんはずっと旅をしているんだね。そして、夜通し空を見ていたりもするわけだ」
と、タケル。
「辛い時、女性はたまにボーッと空を見ていたくなるものですから・・・そんな時、我が身の辛さを嘆きたくなるものです」
と、レイカ。
詞書「水面は深緑で黒々と恐ろしげに荒れているが、余り遠くもなく見渡される向こうに、はっきりとした航跡をつけて、空は水の果てとひとつになって」
「雲路に漕ぎ消える小舟が、傍から見ると波風が荒くなつかしからぬ様子で、草木もない浜辺に堪え難いほどに強い風が吹き」
「どうかして、波に入って亡くなった人(平資盛)がこのような場所にいると思いもかけず聞いたのならば」
「どんなに住みづらい場所であるとも、ここにとどまろうとさえ思い案じられて」
「恋ひしのぶ人にあふみの海ならばあらき波にもたちまじらまし」
(恋い偲ぶあの方(平資盛)に逢うことのできる海ならば、この荒い波ともともに暮らそうものを)
「右京大夫さんは平資盛さんの死んだ海を見に行ったんだね。そして、逢いたい気持ちをさらに募らせている」
と、タケル。
「また逢いたいという気持ちが彼女を行動的にしているんですね・・・それだけ一途に平資盛さんの事を思っているのでしょう」
と、レイカ。
詞書「正月の半ばを過ぎた頃など、なんとなく春の気配でうらうらと霞がわたっていたとき、高倉院の中納言の典侍と聞こえた人が」
「只今の内裏(後鳥羽天皇)にお仕えされているが、逢おうと言ってきたので、昔のことを知った人も懐かしくて、その日を待っているうちに」
「差し支えることがあって、そのままになっていた。約束の夜は今宵であったのにと思う夜、荒れている家の軒端から月が射し込んで」
「梅が時おり香ってくるなど艶やかである。眺め明かして、翌朝早く申しやる」
「あはれいかに今朝はなごりをながめまし昨日のくれの誠なりせば」
(ああ、どんなに今朝は名残惜しくながめたことでしょう。昨日の夕暮れに本当にお逢いすることができていたら)
返し。
「思へたゞさぞあらましのなごりさへ昨日も今日もありあけの空」
(本当にお逢いできていたらこうであったろうと想像するだけで、その余韻が心をとらえ、昨日も今日も有明の空を眺めています。あなたもご想像ください)
「久しぶりに平資盛さん以外の話題が出てきたね。右京大夫さんも少しは冷静になりつつあると言うことかもしれないね」
と、タケル。
「そうですね。他の男性の事を思うだけでも・・・こころのリハビリにはなっているでしょうから」
「有明の月を見て、平資盛さんの事を思い出さないだけでも、随分の進化ですものね」
と、レイカ。
「男女が一緒に夜を過ごした朝の月こそ「有明の月」だもんね」
と、タケルも言葉にした。
詞書「平凡な物語りを人がするのに、聞いていると思い出されることがあって、わけもなく涙がこぼれはじめて、止めどなく流れたので」
「うきことのいつもそふ身は何としも思ひあへでも涙おちけり」
(つらいことがいつも身に添う私は、どういうわけかわからないときでも涙が落ちることです)
「と言ってるそばから、まだまだ右京大夫さんのこころは涙を流しているんだね」
と、タケル。
「そう簡単には女性のこころは直せない・・・そういう事でしょう」
と、レイカ。
詞書「二月十五日、涅槃会といって人が詣ったが、誘われて詣った。おこないうちして、思い続けたので、釈迦仏が入滅しなさったときのことを僧などが語るのを聞いても」
「何を聞いてもただ現世の無常が格別に思われて涙がとどめがたく思われるのも、これくらいのことはいつも聞いていたが」
「このとき聞いたのはいたくしみじみと思われて物悲しく、涙が止まらないのも、生きながらえることができない我が命なのだからだろうかと」
「それは、今の私にとって嘆かわしくは思われない」
「世の中の常なきことのためしとて空がくれにし月にぞありける」
(世の中の無常なことの例として、釈迦如来は入滅したのです)
「なるほど、釈迦を月に例えたんだね」
と、タケル。
「すべては無常・・・それを知恵にしたのも釈迦さんでしたね・・・」
と、レイカ。
詞書「四月二十三日、夜の明け離れる頃、雨が少し降っていたが、東の方、空に時鳥(ホトトギス)の初音が鳴きわたるのを、珍しくもあわれにも聞くが」
「あけがたに初音きゝつる時鳥しでの山路(やまじ)のことをとはゞや」
(明け方に初音を聞いたホトトギスよ。お前に死出の山路のことを問いたいものだ)
「あはずなるうき世のはてに時鳥いかで鳴く音(ね)のかはらざるらむ」
(あの方(平資盛)に逢えなくなっている、つらいことの多い世の果てに、ホトトギスはどうして鳴く声が昔と変わらないのでしょうか)
「無常な世の中なのに、ホトトギスの初音だけが変わらないのが右京大夫さんには不思議なんだろうね」
と、タケル。
「うーん、右京大夫さんは何か希望のような物を感じてくれていたら、いいんですけどね・・・」
と、レイカ。
「さて、建礼門院右京大夫集も随分長く見てきたけど・・・もう終りも近くなってきたよ・・・」
と、タケル。
「スパルタ式に全部見てきて・・・良い句だけを選んで言葉にしてきましたからね・・・」
と、レイカ。
「でも、何事も自分でちゃんと鑑賞して、言葉にするだけで、見えてくるものがあるね」
と、タケル。
「ええ・・・右京大夫さんの深い悲しみが伝わってきましたね・・・」
と、レイカ。
「ま、もう少しだから、がんばって行こう」
と、タケル。
「はい、もちろんです」
と、レイカも言葉にした。
「さ、仕事はこれくらいにして、飲み行こうか、「知恵者」のレイカちゃん」
と、笑顔で立ち上がるタケルでした。
「はい。もちろん、お供しますわ」
とレイカは立ち上がり、赤縁のメガネを取り、髪を解いた。
(おしまい)
いやあ、しかし、「建礼門院右京大夫集」は勉強になりますね。
もう、ほんとにスパルタ式に全部見てきましたから・・・いい句がだんだんわかるようになってきました。
しかし、結局人間、どんな異性と人生を彩るかですね。
右京大夫さんは、それを時代を越えて僕らに教えてくれているような気がしますね。
ではでは。