「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

この記事一応いいんじゃね?ボタン(作ってみました!) ちょっとさ、押してくれると、うれしいんです!(笑)

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「由美ちゃん物語」(「江」のつまらなさの理由編)(8)

2011年05月31日 | ドラマについての小ネタ

「バーチャルで、恋愛体験?バーチャルで、結婚体験!」

と、佳乃さんは、目を丸くして悲鳴をあげています。

「そんなこと・・・公共の電波を使って・・・許されるの!そんなこと!」

と、元レディース上がりの超お嬢様、由美ちゃんは、すでに発火しています!

「「篤姫」でも、慶喜様を使っていたし、脚本家のお気に入りだとは、思っていたけど、今回は、そんな理由でのキャスティングだったの・・・許せない!」

と、いつも冷静な佳乃さんが、怒りを見せています。

「前回、「篤姫」で慶喜役をやった時は、疑心暗鬼な慶喜を演じなければいけなかったから、納得のキャスティングだったけどね・・・」

と、僕も同じような思いを口にします。

「「篤姫」の時に、お気に入りになったんだわ。きっと!だから、今回は、栄えあるGOの初婚相手に・・・」

と、佳乃さんは悔しそうに話します。

「そして、AKIRA、向井理・・・人気者ばかりを、選んで・・・」

と、由美ちゃんも悔しさをにじませます。

「と言っても、実際、どんなことを描く気なんだろうね。バーチャルラブ・バーチャルマリッジってさ」

と、僕は幾分あきれ果て、沢村くんに質問します。

沢村くんは、黒板の前で、ニヤリとしながら、涼しい顔で、答えます。

「まあ、その慶喜様とGOの初婚で、だいたいの要素がわかりました。まあ、単純に言えば、田渕氏本人が、気持ちよくなることを、今後、描くんでしょう!」

と、沢村くんが、さらりと言うと、

「いやー!」「許せない!」

と、佳乃さんと由美ちゃんの女性陣の怒りが炸裂します。

「まあ、初婚では、GOは処女であることが、大事なことでした。だから、わざわざ、春画に倒れるGOが描かれた」

と、沢村くんがさらりと説明します。

女性陣は、食い入るようにその説明を聞いています。その様子をニヤリと見ながら、沢村くんはさらに説明を続けます。

「というか、脚本家が、エッチにこだわっている、ということが、だだわかりです」

と、沢村くんが、言うと、

「いやー!」「何それ!」

と、佳乃さんと、由美ちゃん、大騒ぎです。

「わざわざ、慶喜様との・・・まあ、合体がなかったということを、公にした、ということは、今後、それについて、書く気満々ということが、わかるじゃないですか!」

と、沢村くんが、さらりと言うと、

「許せなーい!」「最低!」

と、佳乃さんと、由美ちゃんは、さらに大騒ぎです。

「ということは、何?AKIRA演じる、豊臣秀勝とは、史実では、子供がいるわけだから・・・とうとうエッチをしちゃった!みたいな、芝居も出てくるわけ?」

と、僕も、興味深げに、沢村くんに聞きます。

「初ちゃんあたりに聞かせるんじゃないですか?「そういえば、そなた、旦那とは、あっちの方はどうなのじゃ?」なんて、言わせて・・・」

と、沢村くんが、言うと、女性陣は静かに見守っています。

「GOが「はい。まあ・・・順調に・・・」くらい返すんじゃないですか・・・絶対に、そのあたりは、ほのめかすはずです。脚本家が喜びたいですからね!」

と、沢村くんは、さらに推理して話します。

「いやー!」「超最低!」

と、佳乃さんと、由美ちゃんは大騒ぎです。

「もしかすると、その場にAKIRAも同席しているかもしれませんね。ちょっと恥ずかしそうにしたりして・・・それで、GOと微笑み合うでしょうね。きっと!」

と、沢村くんは、半分楽しみながら、話しています。

「いやー!」「そんなの、見たくない!」

と、佳乃さんと、由美ちゃんは、大騒ぎです。

「出てきた時、微笑み押しだったでしょ、AKIRA・・・それ、そこにつなげるためかも、しれないですね」

と、沢村くんが言うと、二人とも黙ります。

「でも・・・どうして、そんなことが、わかるの・・・田渕久美子氏が、そこまで、エッチにこだわるって?」

と、由美ちゃんが、女性陣を代表して、質問します。

「うん。確かにそうだね・・・春画だけだと、ちょっと弱い気もするな、その推理の根拠!」

と、僕が沢村くんにツッコむと、沢村くんは、涼しい顔をして、答えます。

「春画だけでは、そこまで、推理できませんよ!」

と、沢村くんは、言うと、改めてニヤリとして、答えます。

「彼女は他にも、この「江」で、セックスを想像させるシーンを描いていた・・・だからですよ!」

と、沢村くんは、言葉を出すと、

「田渕久美子氏のオトナな嗜好も、わかるような、そういう、シーンをね!」

と沢村くんは言って、エロ男爵的にニヤリとします。

僕らは、そんな沢村くんを、驚きを持ってみつめていました。


階段教室には、戦慄が走っていました。

湘南の海岸の風は、さらに、強くなり、雨もひどくなりつつありました。


(つづく)


女性と髪の毛の少しの話(男性は、やられちゃう?(笑))

2011年05月31日 | お昼間カフェ

どうも!「由美ちゃん物語」の由美です。佳乃です。

今日も、気持ちのよい、この場所に来てしまいました!

ほんと、この海風、あの入道雲、ほんとに気持ちがいいわね。

今日で、5月も、終りだけど、でも、この場所では、気持ちいい時間が続くみたいですから(笑)。

そうね。この場所には、梅雨は来ないわ(笑)。

さあ、この坂を登って、あの店に。佳乃さん。

そうね。今日も存分に楽しみましょう!


あなたも、あの店に?

じゃ、ご一緒しましょう!



江ノ電の鎌倉高校駅前から続く一本の坂を、海を右に見ながら登って、ちょっと左に折れると、ほら、ありました。小さなカフェが。

海を見渡せるこのカフェは、昼下がりの気持ちのいい時間を過ごすのに、うってつけ。

さあ、ドアを開けますよ!

「カランコローン」

そして、もちろん、いつものように、奥のカウンターには、マスターのゆるちょさんが、立っています。

「いらっしゃいませ。いつものお席ですね!」

彼は、そう告げるとにこやかに、席を用意するのでした。



さて、今日は火曜日ですね。

今日は天気もいいみたいですから、楽しく過ごしましょう!

テンション高めで、開店です!


というわけで、湘南のカフェで、のんびり過ごす!をコンセプトに、女性向けな時間を過ごしますかねー。


さて、スゥィーツは、フレンチクルーラーでも、どうですか。

暖かいオレンジティーなどで、おいしく頂きましょう!


そうですね、音楽は、ゴンチチなんて、いかがでしょう。


のーんびーり、気持ちのいい海を、眺めましょう・・・。



さて、女性向けな話、というと、どういうものがありますかねー。

このあたり、毎日、ぶっつけなんで、なんも考えていないんですけどねー(笑)。


ま、ある意味、ライブな感じですねー(笑)。


こう、女性っていうのは、まあ、目で恋を語る人々なわけですけどー、

それ以外にも、女性的なメッセージというのは、ありますね。


まあ、もちろん、目って大事で、僕が小学六年生で、モテ期だった時・・・いやあ、中学に入って、二年生になって、太っちゃったんで、

壮絶に、まあ、潮の引くように、女性が消えて入ったという経験をその後にするので、ショックが大きかったですけどね。

実際、女性不信になりましたからねー。

まあ、それは、後の話なんですけど、小六の頃、まあ、女の子二人と僕とで、たまたま、学校から帰っていたら、ひとりの女の子が、

「ねえ、ゆるちょくん。由美ちゃんって、あなたのこと、大好きなのよ!」

と、まあ、仮名ですけど、由美ちゃんの友達である、仮名由紀ちゃんが、大胆にも、僕に言ったんですね。

あれ、友人として、よかれと思って、言ったんでしょうね。

僕は、そんとき、あんぽんたんだったし、気も弱かったので、あまりのことに、何も言えなかったんですねー。

「えーーーーー!」

的な感じで。というのも、僕も由美ちゃんが大好きだったからで、

「ど、ど、ど、どうしたら、いいんだ!こんな時ーーーーーーーー!」

と、壮絶に頭が回って、そのうちに、煙が出てきて、ショートしてしまったというくらい、まあ、サルのようになっていたんですねー。

まあ、小学生ですからねー。

でも、その時、由美ちゃんが、言った言葉を今でも、よく覚えているんですねー。

「あー、目が笑ってるーーー」

と、うれしそうに、由美ちゃんが言った言葉。


これ、当時、僕はあんぽんたんで、なんのことだか、さっぱりわからなかったんですね(笑)。


まあ、でも、よくしたもんで、なんとなく、小学6年生的つきあいをすることができました。

まあ、学校帰りに一緒に二人きりで帰るとか、電話するとか、それくらいでしたけどねー。

まあ、でも、僕的には、天にも登る気持ちでしたけど、小学校を卒業したら、なんとなく、別れてしまいましたねー。


で、その、

「目が笑っている!」

と、喜んだ彼女・・・つまり、小学六年生にして、非言語メッセージを知っていたわけですよ。彼女は!

すごいですねー、女性は。つまり、男性が出す非言語メッセージを彼女達は、知っていて、それを恋に使っていたんですねー。

まあ、やっと今頃わかっているわけですからねー。男って、そのあたり、だめねー(笑)。


まあ、僕もやっとこう、最近になって、女性の出す、非言語メッセージを理解することができるようになったので、

おもっそ、楽しく生きれるようになりましたけど、奥が深いよね、非言語メッセージ!


例えば、女性っていうのは、髪の毛を有効な恋のアイテムにしているんですけど、

まあ、髪の毛は、女の命なんていいますけど、それその通りなんですよね。


僕はマスター時代、ショートカットの女性とつきあっていたんですけど、その頃は、ショートカットがおもっそ好みだったわけです。

でも、これ、よーく考えてみると、長い髪の毛の女性は、女性女性過ぎて、その頃のあんぽんたんで、恋愛経験も十分でない僕には、

対応不可だったんだと、思うわけですよ。そういうのが、今頃になってわかるんですねー。


つまり、女性が髪の毛を長くしているわけは、ただひとつ。

好きな男性、素敵な男性に、モテたいからなんですね(笑)。


というか、それだけ、髪の毛というのは、恋愛攻撃兵器になっちゃうんですねー。


だから、女性というのは、おもしろいもんで、

「わ、素敵な男性!」

と目の前の男に対してそう感じると、すかさず、髪の毛に手をやるんですね。

これは、わかりやすい、男性向けの女性の非言語メッセージです。これ、男子は、知っておくと、有用なんじゃない?(笑)。


これね。僕は生物学的に、女性を見ているんですけど、これ、サルが毛を毛づくろいする行動と元は、一緒なんですね。

そういう意味では、インコなんかも、毛づくろいしますよね。あれ、全部、異性に自分をよく見せるためでしょ。

サルの場合は、服従の意味も含まれるんですってね。相手の毛づくろいをすると、服従してますよ!って意味なんだよね、あれ。


まあ、それは、ちょっと話がズレたので、引き戻しましょう。


女性が、素敵な男性を見た時に髪を直すのは、

要は、自分の髪型を、最高の状態にして、男性に見せたい!という願望が本能的にあるから、

そういう行動に出ちゃうんだそうです。まあ、直すところまで、いかなくても、つい、触っちゃう。これは、本能的なんですね。

だから、そのあたりを使って、自分の男度を確認するのも、いーんじゃないですかね。男子諸君は(笑)。


まあ、このあたりは、

「女性は、見たモノに説得される」

という法則から、来ているんですねー。


だから、男性を前にして、髪の毛をいじっている女性とか、髪の毛を見せたがる女性というのは、その男性に女性アピールをしていることになるんですね。

このあたりは、こう、鳥がアピールダンスをしている光景に、直結しますね(笑)。

「あー、アピールしているアピールしている!」

なんて、思ったりね(笑)。

まあ、でも、こういうあからさまなアピールは、まあ、子供っていうか、10代とかが多いですけどねー。

ただ、目の前の女性が、髪の毛に手をやったら、

「あれ?」

と、男性は、思わないといけないみたいですねー(笑)。


だから、タモリさんが興味を示す、

「髪、切った!」

という状態は、その女性が、

「もう、今は恋はしない。仕事がんばります!」

の非言語メッセージなんだよね(笑)。

だから、

「そうか、失恋したのか?」

という解釈と、

「そうか。男をフッたのか?」

という二つの解釈のどちらかが、正しかったりするわけです。


だって、髪の毛は、女性にとって、とっても大事な恋愛戦略兵器なんだからねー。

髪の毛はすぐに伸びないしねー。

だから、大切なんですねー。


だから、こう、昔は、結婚する時、そして、結婚をしたあと、髪の毛をかくしたんでしょうね。

「もう、恋はしませんよ。誘惑もしませんよ」

という決意表明っていうんですかね。角隠しとも言いますが(笑)。


だから、ねー、髪の毛が普通に長いと、男性は、やられやすいんですよ(笑)。

ほんと、アップにしてまとめていると、そうでもないのに、髪の毛を解くと、まあ、あの解く瞬間もいいけどねー。

セクシーだよねー(笑)。あのあたり、やられますね(笑)。長い髪の毛が、解けていく感じ・・・。

ま、本能的にやられるんですね。男は。あのシーンに。


だから、そういう外見にやられないように、人間、中身ですからねー(笑)。


と、考えているわけですけど、やられそうだなー、俺(笑)。


だからさー、女性は、おしゃべりして、人間性の良さをおもっそアピールしまくって、

「いい感じになったかなー」

と思ったら、そこで、髪の毛を解くシーンを見せるわけですよ!(笑)。

そうすると、ドキーンと、こう、男性のハートを打つことができるんだと思いますねー。


本能的に男性は、やられるな(笑)。


あとは、胃をつかめって言うよねー。


まあ、僕なんかは、料理しないと、生きていけないので、毎日、料理しているんで、そのあたりは、どうなんでしょうねー。

でも、こう、

「あなたのために、料理作ったの!食べてみて!」

なんて、やられると、すーぐ落ちそうだなー(笑)。

その、なんていうのかな、わざわざ、作ってくれた・・・というところに、やられるんだな、男は(笑)。

「わざわざ、俺のために・・・」

その感情だもんね。うまいか、まずいかは、二の次だと思うけど、おいしいと、さらに倍!的にアピールだよねー(笑)。


あと、男性は、やっぱり、理解されていること、だろうね。

「あ、こいつ、俺のこと、わかってくれているんだー」

と、思うと、やっぱりうれしいもんね。

というか、それが、一番必須だったりしてね(笑)。


やはり、相互理解が、大事ということでしょう。

そして、価値観が近ければ、言う事なし。

僕は美しいもの・・・美術品とか、好きなひとが、好きですね。

一緒に美術館とか、行きたいしねー。


って、いつの間に、自分の希望を書いているんだ?(笑)。


まあ、でも、髪の毛ってのは、それだけ、女性にとって、大事なんだなーってことですかね。

女性が、髪の毛に手をやるのを見たら・・・その時、二人の新しいストーリーが始まる!っていうことでしょうね。


それが、この記事の結論かな。


さて、長々としゃべってきましたが、

今日はこのくらいにしましょうか。

海も綺麗に見える時間に入ってきました。

みなさん、楽しんでいってくださいね!

ではでは。




そう言って、マスターは、カウンターの中へ、戻って行きました。

「なかなか、楽しい、5月でしたね!」

と、由美さんは、海側の席で、楽しそうに、話されています。

佳乃さんも満足そうな表情で、ティラミスを食されています。

みなさん、楽しい時間を過ごされているようですね。


静かな時間が、波音と共に過ぎていきます。

太陽がさんさんと降り注ぎ、海はどこまでも、気持ちよく、広がっています。

海の見える静かな午後。ここでは、気持ちのいい時間だけが、過ぎていきます。


かんなおと、さえ、首相の椅子から下ろせば!復興がうまくいく理由!(メリットだらけ!)

2011年05月31日 | 時事ネタ

というわけで、さっきの記事で、

「不信任決議が出るのは、そうすることにメリットがある、国民や被災者のために、絶対になると考えている国会議員が多い現れなのでは?」

ということを結論にしました。


まあ、ある意味、国会議員は、政治のプロですから、そのプロがそう判断した、ということでしょう。


そのメリットという部分について、「今日の愚痴!」的に考えてみましょう(笑)。



現実的なデメリットを考えてみれば、かんなおと、という人間に、協力しようと言う人間が、皆無だ、ということに問題があります。

本来であれば、救国内閣が立ち上がり、一斉に、東日本の復興に尽力すべきだと思います。

しかし、まあ、サンケイ新聞の阿比留瑠比記者が、指摘した通り、

かんなおと、という人間が、総理の椅子にこだわり、誰にも渡さない姿勢を見せているから、うまく、いかないのです。

周りも協力しようとしないし、彼を削除しようと躍起になっている状態なんですね。

これは、彼のこれまでの政治人生の不徳の致すところ、でしょう。すべてね。


例えば、彼はたくさんの会議を作りましたが、これは、すべて、失敗を他人の責任になすりつけるためです。


震災が起こった時、彼は、

「これで、2年は、首相を続けられる!」

と、言った、という情報が、まことしやかに伝えられました。

実際、彼がそういうことを言ったか、どうか、ではなく、そういう話が民主党から漏れてくるということが、彼の不徳の致すところ、なんですね。


震災後、彼がやったことを考えてみてください。

ヘリに乗って、現場に駆けつけるパフォーマンスを見せただけじゃないですか。

しかも、それは、原発の問題に微妙な影も落としたし、政府と東電の連携の不手際を露呈させ、問題収束に、一定の影を落としたんですよ。

原発の細かい部分をわかりもしないくせに、

「俺はわかっている!」

と、口を出し続け、問題の収束を実際に遅らせているのは、この理系バカ、かんなおとですよ。

実際、現場レベルで、この人間は無視されたわけでしょ?注水問題において。

つまり、司令官として、すでに失格の烙印が押されているんですよ。


阿比留瑠比記者のブログによれば、と、ちょっと抜き書きさせてもらいます。個人のブログなので、申し訳ないんですけど、

ちょっと首相に対する、大事な指摘なので。

「原発事故の対応をめぐっては、例えば東電のエンジニアが「ご説明」に行くと、肝心な説明は聞かずに「あれはどうなんだ」「これはどうか」と」
「本筋から離れた技術的なことを矢継ぎ早に質問し、相手が答えに窮するまで続けて最後は勝ち誇るというのですから始末におえません」

これ、理系バカの典型。というか、こういう人間は、絶対に管理者になれないし、してはいけないでしょう!

普通にサラリーマンを経験したひとならわかると思いますが、絶対出世できないタイプですよ。こういう人間は。

「福島第一原発の非常用電源であるディーゼル発電機が壊れた際も、普通の政治家ならば、「その事態にどう対策を打つか」を考えるところを」
「菅首相は「なぜディーゼル発電機が壊れたのか」の原因究明に異常な関心を示し、議論がなかなか対策まで進まなかったと聞きます」

また、出た理系バカ。そんなの技術者のする仕事で、首相の仕事じゃないだろ!

っていうか、こいつ首相の仕事してねーんじゃねーの?だって、これじゃ、趣味でモノを追求しているとしか、考えられないだろ!

「ある省庁幹部は「震災発生当初の菅首相のクレージーな原発へのこだわりで、(あまり考慮されなかった)被災地支援は10日遅れた」と言っていましたし」
「福島県の現地対策本部でも同様の指摘を聞きました」

こいつ、ほんとにバカだ。こんな奴、首相にしていたら、絶対に、復興が遅れるだろ!

 

っていうかさ、こいつ、自分が理系だから、

「俺はできる!」

とか、勘違いして、楽しいおもちゃで、遊んでいる状態になっているじゃん。

おまえみたいな人間、普通に理系の会社に行けば掃いて捨てるほどいるし、あんたみたいに、レベルの低い人間は、

まず

「使えない奴!」

と烙印押されて、誰からも相手にされないよ。そのレベルだぜ、こいつ!

ま、理系のサラリーマンだった、人間から、言わせてもらえれば、だけどね。

 

ということで、生の情報を考慮したら、絶対、こいつを首相にしていては、復興の妨げになることが、わかっちゃいましたねー。

やっぱり、生の情報は、大事ですねー。こういう生の情報に接しないと、正しい判断は、できません。


だから、

「原発問題が収束していないのに、司令官を変えるなんて、ナンセンスだ!」

とか、ほざいている人たちは、生の情報に接せずに、べき論だけ唱えているナンセンスな人間達だ!と指摘できると思います。

だいたい、原発の現場の司令官が、

「あいつは、だめだ!」

と烙印を押したんだから、あとは推して知るべしです。


「現場の判断が、なによりも、優先される!」

こちらの方が大事だと思います。


少なくとも、彼を変えねば、復興は、うまく進まない、と断言できるでしょう。

「彼がヤメれば、救国内閣的に、協力できる!」

と多くの国会議員が考えている、というのが、実情だと思います。

であれば、そうするべきなんじゃありませんか?メリットばかりでしょう!


生の情報に触れもせず、べき論ばかり唱える人間は、結果、不幸になると思いますよ。


僕は不幸になりたくない。


だから、現場の人間の判断や、生の情報からの判断が、重要だと思いますね。


それが、この記事の結論かな。


べき論だけで、生きていける程、人生は甘くない。


そう思いますね。



ではではー。


菅内閣への不信任決議についての捉え方!(日本で最も賞賛される行為?非難される行為?)

2011年05月31日 | 日本人の秘密

「日本人の見方・考え方の基本は、今でも、武士道である」

というのは、まあ、今までいろいろ論考してきた中で、わかったことなんですけど、

まあ、簡単な証明方法としては、

「良作な、時代劇を見て、スカっとするから!」

ということが言えそうですね。

まあ、「新選組血風録」の「臆病者」の回を見て、

「すっげー、かっちょえー!」

と、スカッとしましたからね。実は、もう、何回も見なおしていて、長坂小十郎のファンになりそうな勢いですからね(笑)。

まあ、僕はああいう、自分をスカっとさせてくれるような良作には、いいエネルギーがたーくさん含まれていると思っているんです。

納得するストーリーってのは、いいエネルギーをたくさん含んでいるんですよ。だから、そういう良作を見ると、いいエネルギーをたくさん、もらったことになる。

僕は、そういういいエネルギーをもらう行為をシビアに、生活の中に取り入れていくことで、日々の生活がしあわせになるんだ、と考えています。

なんというのかな。これも、エネルギー保存の法則だと思うんですよ。だから、逆に、「江」を見ちゃうような、エネルギーを抜き取られるような行為は、

やっぱり、自分の生活の中から、削除していくべきだと思うんです。

つまり、アゲてくれるモノは、自分の周りにたくさん置いて、自分をサゲるモノは、自分の周りから、無くしていく方向にすべきなんですよね。

それが、日々のしあわせを生むわけです。


まあ、「江」については、「由美ちゃん物語」にも、書いている通り、

「公共の電波を使って作者アゲをしている」

という、まあ、日本的には、超おこがましい言霊ストーリーですから、特に男性は、不快になるのは、当たり前なんですよ。

「なんで、俺が、田渕久美子アゲストーリーにつきあわなきゃ、いけないんだ!」

って気持ちになりますからね。

ま、だめ女につきあう気はさらさらなくて、単なる現象についてのリポートをしているに、過ぎないわけですけどね。プリプリ通信は。


と、話がずれましたねー。元に戻しましょう(笑)。


「水戸黄門」という時代劇があります。

なんか、最近まで、東野英治郎版が、夕方流れていましたねー。ちょっとびっくりしましたけど、なにしろ、僕が小学生の頃、すでに再放送で、

東野英治郎さん版が流れていましたからねー。

ま、でも、やっぱり東野英治郎さん版は、一番、視聴者にアピールするんでしょうね。多分、視聴者の中心は、お年寄り層だと思いますから、

やさしさと怒り表現のメリハリの効いた東野英治郎さんの演技が、一番、楽しめるんでしょうねー。

だいたい、なぜ、「水戸黄門」が若者には、あまり人気がなく、お年寄りに人気があるか、と言えば、これは、もう、人生経験の違い!と指摘できると思います。

若者は、人生経験も乏しいし、まあ、学生くらいまでは、友人同士でじゃれあうことができるので、人生の厳しさというものは、あまり経験していないわけです。

それに対してお年寄りは、人生の苦しさ、つらさ、責任の重さ、その他を存分に体験してきている。

「人生いいことばかりじゃない」

それを身を持って知っているからこそ、ああいう予定調和的快感に喜びを感じられるんですね。

つまり、

「ああいう予定調和は、人生には、あまりない」

ということを、身を持って知っているからこそ、喜べるんです。

それに対して、学生くらいまでの、ガキンチョは、学生生活レベルの苦労しか、知らない。

つまり、予定調和的な良いストーリーというのは、

「こんなの普通じゃん」

的にしか、思えない。

「人生というのは、楽して生きていけるんじゃないの?俺なら多分できる!」

と、誰しもが考えていますからね。だから、予定調和のありがたみがわからないんですね。


まあ、だから、人生経験というのは、とても、価値のある大事な経験だ、と言えるんですね。

そして、その価値観や美意識の根底にあるのが、武士道なんです。



さて、日本人は、そういう武士道の目で、一般の生活やら、政治の世界を見ているというのも、大事な点なんですね。

時代劇を見ている時と同じように、一般の生活も、政治の世界も、見ている。

ここが、おもしろいところで、それは、

「小沢議員の人気の無さ」

に現れているわけです。つまり、一般の日本人は、小沢議員に、悪代官的な匂いを感じているんですね。


ここで、大事なのは、悪代官という資質を、見抜いてしまう日本人の

「ひとを見抜く力のすごさ」

です。つまり、僕がいつも主張しているように、

「人間は、その顔に、資質が現れてしまう」

ということです。それを日本人は、経験的に知っているんです。


だから、いくら言葉で否定しても、顔に現れているそのひとの資質、性格というのは、隠しきれないんですねー。


さて、日本人として、最も価値のある行動とは、何だ?と思います?


これは、例えば、「新選組血風録」の土方や近藤、沖田の行動に表現されています。

まあ、あんまり、そのあたり、触れてませんでしたけど、彼らは武州多摩の百姓の出なんですね。まあ、沖田は、生まれは、ちょっと違うんですけど、

まあ、武州多摩の価値観を持っている。武州多摩は、天領で、税金も安かった。他の百姓に比べれば特別な意識が強くて、

「将軍様の百姓!」

という意識が強かったんですねー。

だから、

「将軍様を守る武士になる!」

という彼らの素志が、新選組を生んだ!と言えるんですね。


つまり、日本人が最も価値を置く行動とは、

「大切なモノのために、身を捧げる!」

という行動です。

これが、日本人にとって、最も賞賛される行動なんですね。


じゃあ、逆に、最も非難される行動は、なんだと思います?

これは、

「大切なモノのために、身を捧げる「ふり」をして、実は、自分だけのための利益追求をする!」

という行動ですね。

だから、古来、

「裏切り!」

というのは、非難されてきたわけです。


そして、この日本で古来、最も価値のある行いとは、もちろん、

「大切なモノに身を捧げる行い」

ですが、その中でも、

「天皇のために、身を捧げる行い!」

というのが、最も価値のある行いとされてきたんですね。


日本の長い歴史の途中、天皇の代わりに軍事を行う、征夷大将軍という人間が出てきたので、

武家の世界では、

「征夷大将軍のために、身を捧げる行い!」

というのが、最も価値のある行いになっていました。

新選組も、その系譜に連なります。


しかし、この征夷大将軍も、天皇のために、働くからこそ、価値を認められてきたんですね。


だから、天皇と征夷大将軍が、戦うとなると、本来は、天皇が勝つのが、正当なわけなんですねー。


でも、もちろん、逆の場合もありました。まあ、だから、楠木正成なんてひとが、

「天皇を助ける武士の象徴」

として、崇められたりもするわけですね。


ま、それは、いいとして、とにかく、この日本においては、

「天皇のために、働く」

ということが、最も価値のあることだったんですね。


それが、第二次世界大戦で、やり過ぎちゃったもんだから、その考えが、日本を敗戦に導いたとして、戦後封印されたわけです。

ですが、まあ、二千年近く、日本人のDNAに刻み込まれている価値観ですから、そう簡単に廃れるものではない。

だから、今でも、日本人の心の奥には、天皇を尊崇する自然な気持ちがあるんですねー。


さて、というわけで、日本人の価値観を見てきましたが、

じゃあ、今、この時代、震災後の今の時代の価値観は、どうか、というと、

これは、天皇に代わって、被災者が優先順位、第一位になったと見ていいでしょう。つまり、

「被災者のために、身を捧げる」

ということが、最も、価値のある行動だ、と言えるんですね。


さて、この結論が欲しかったから、ここまで、長く説明してきたんですけど、さあ、この価値観で持って、現代を見てみましょう。



今日のトップニュースは、

「菅内閣に対して、衆議院で、不信任決議が、野党指導の元、提出される見込みがある。与党からもそれに同調する動きがある」

というものです。


さて、この国会議員達の動きに対して、さっき説明した価値観、

「被災者のために、身を捧げることが、一番」

から、見たら、どういう想いになるでしょう?


被災者の方々は、

「復興が先だろ!復興より、自分の利を先に考えるなんて、けしからん!」

という結論になりますよね。当たり前です。先にも説明したとおり、日本で最も嫌われるのは、

「被災者のために、身を捧げるふりをして、自分の利を最優先する行動」

だからです。


ですが、一歩引いて考えてみましょう。


今、最も大事にしなければならない、被災者に、こう思わせるような、行動であるにも、かかわらず、多くの国会議員が、

「そう思われてもいい。しかし、今は、日本のために、被災者のためにも、この行動をとらなければ、いけない!」

と考えている現実が、あるわけです。


国会議員というのは、有権者の想いに敏感です。そういう生物ですからね。

それでも、今回は、

「これをやることが、将来的にも、日本のため、被災者のためなんだ!被災者の方にも、最終的には、絶対わかってもらえるんだ!」

と思っている、ということなんですね。


現象として、そういうことになっている、という事実が、まず、あるわけです。


つまり、これは、国会議員が、自分の利のため、ではなく、国民のため、被災者のためを思ってやっていることだ、と言えるんですね。


「大切なモノのために、身を捧げる!」


日本人が最も賞賛する行為をやろうとしているのが、この国会議員達なのでは、ないですか?


まあ、もちろん、結果的にどうなるかは、わかりませんが、


そういう想いを国会議員ひとりひとりが、持っている、ということは、事実だということが、言えるのではないでしょうか。


それが、この記事の結論かな。


日本人というのは、おもしろいですね(笑)。



ではでは。


おはようございます!5月31日!(笑)。

2011年05月31日 | 毎日のしあわせの為の知恵

おはようございます。

いやあ、超朝です(笑)。

まあ、朝の明けていく感じというのは、やはり、さわやかですねー。

まあ、皆さん眠っている時間ですから、静かですし、そういうのを感じながら、文章を書くのも、なかなか楽しいですねー。

集中するんですよね。ほんとに。だから、いつの間にか、結論が出ちゃう!みたいなね。

まあ、楽しいひとときを味わっているわけですけどねー(笑)。


で。


今回から、この朝のおしゃべりから、記事は、独立させることにしました。

まあ、この毎日の僕的おしゃべりも、ひとつの記事として、独立させちゃおうと、まあ、そう考えたわけです。

この記事、見なくてもいい!ってひともいるでしょうからねー(笑)。


で、ここでは、自分の生活的な話をすれば、いいのかなーと。

さらっとね(笑)。


どうすかねー。最近、日々心がけているのは、やっぱり、いいエネルギーをどこから、もらうかってことですかねー。


まあ、「新選組血風録」からは、いいエネルギーをもらっているから、満足ですよね。

それから、この超朝の時間帯も、楽しいし、いいエネルギーをもらっているんですよね。

あと、テレビをつけない時間帯も、非常に気分がいいですね。こう、好きな音楽をソフトにかけたり、なにかを考えていたり・・・。


あのー、ブログをやりだしてから、僕は、常に何かを考えているようになりましたね。

しかも、それが、楽しいんですよ。実際に。


多分これは、僕の尊敬する・・・というか、かなり話が合う、齋藤孝先生が、言っていたことでもあるんですけど、

「ひとつのことをガンガンやると、より、その能力が開発されて、さらにガンガンできるようになる。いい循環に入る。疲れたり、疲弊したりしなくなる」

ということなんだと思うんですね。


斉藤先生は、一時期、論文を書きまくったそうで、よく周りのひとから、

「そんなに論文書いたら、才能が枯渇しませんか?よく疲れませんねー?」

ということを言われたんだそうです。

でも、

「才能が枯渇するなんてことは、絶対に、ない。才能が開発されるだけだ!」

ということに、気がついたんだそうです。


まあ、僕も、このブログを見て頂ければわかりますが、まあ、たくさん記事を書きまくっています。


普通なら、

「そんなに記事を書いたら、ネタがなくなるんじゃないのー?」

と、思われるところでしょうけど、全然逆なんですね。

「発想が発想を呼び、新たにつながりあって、新しい発想につながる」

僕に関して言えば、そういう状況で、つまり、記事を一本あげる!ということは、僕にとって、発想の進化、成長なんです。

だから、毎日、考えていることが、進化するし、新しい見方もできるようになるんですねー。


つまり、僕にとって、ブログの記事を書くことは、日々のエンジンそのものなんですね。


このエンジンを回すことが、日々のしあわせの、大元なんですよ。僕にとっては。


だから、疲れたりしないんですねー。というより、楽しいし、おもしろいし、さわやかだし、超朝は、僕に、ほんとに、しあわせをくれているんですねー。


みなさんも、しあわせの源を確保するべきです。


僕のしあわせの源は、超朝に、記事を上げることですねー。


それが、この記事の結論だな。


うーん、なんか、いー感じー(笑)。



ではでは。