亮を一人机に残したまま、雪のアルバイトが始まった。
返却された本をリズム良く棚へと戻して行く。もうその作業も手慣れたものだ。
毎日傍についてるわけにはいかないけど‥それでもこんな風に時々一緒にいるなら、
ネット講義や塾なんかも見てみたら良いかもしれないな
雪の頭の中は、亮の勉強計画についての考え事でいっぱいだった。
そして少しばかり、計算高くこう思う自分も居る。
蓮も河村氏から影響を受けてくれたら言うこと無いんだけどな!
まさにWIN-WIN‥と呟きながら、雪は一人フフフと笑った。だがまぁ、それはオマケのようなもの。
とにかく途中で諦めずに、最後まで頑張ってくれたら‥
雪は亮が決心してくれたことが嬉しかった。
本人のやる気が長続きすることを願って、雪は一人で微笑んだ。
すると、目の端にあの男の姿が見えた。男は幾分早い足取りで、雪の居る方に向かって歩いて来る。
雪は落ち着いた動作でポケットに手を入れると、中に入れてあったレコーダーのスイッチを押した。
「おいっ!」
去年の二の舞いにならぬよう、雪は会話を録音する為のレコーダーを買った。そして今、そのスイッチを押したのだ。
そうとは知らない横山は、雪に向かって怒りの形相で話し掛ける。
「ちょっと顔貸せ!」 「うるさいんだけど。ここ図書館」
雪はそうズバッと言い返し、仕事中だからと言って横山に背を向けた。
しかし横山は怯まず、「あの男、あの外国人講師だろ?」と亮の方を見て口にする。
亮のことに言及された雪は内心ヒヤッとしたが、表情には出さず尚も横山を無視した。
すると横山は、雪に向かって暴言を吐き始めた。
「お前ってば大したタマだな!青田も青田だけど、お前もマジであなどれねー。
今まで保険かけてたってワケ?あんなのがタイプなのか?」
「俺はお前の為に色々してやったのに、お前ってやつは‥!」
横山の声はどんどん大きくなり、口にする言葉は段々と非道いものになって行く。
雪は横山を無視し続けながら、本の返却作業を続けた。
横山はそんな雪に、青筋を立ててがなり立てる。
「俺に見せつけたくてわざとやってんだろ?!去年も俺を弄んだんだもんな?
けどそんなの逆効果だぜ。お前のイメージが悪くなるだけだ!」
そして横山は、ニヤニヤと笑いながら雪を卑下する言葉を口に出す。
「二股の乞食女が‥」
至近距離でそう口にした横山だったが、雪は彼の方を一瞥たりともしなかった。
まるで隣に誰も居ないかのように、黙々と本の返却作業を続けている。
その冷静な雪の横顔に、横山は思わずカッとした。
勢い良く棚に手を伸ばすと、複数の本をバサバサと地面に落として行く。
「無視か?」
そう言って本を落とし続ける横山に対して、雪は「何すんのよ!」と声を上げた。
横山は本を投げ付けるように返却台の上に置くと、凄い形相で雪に詰め寄る。
「無視すんじゃねぇ!このキ◯ガイ女が‥!」
雪の心臓は大きく跳ねていたが、雪は目を見開いたまま己に言い聞かせた。
い、いや無視し続けるんだ。このままエスカレートさせて録音して‥。そしたら確実な証拠が‥
しかしそこで、想定外の出来事が起きた。
揉めている雪と横山の所へ、亮が大きな声を上げて駆け寄って来たのだ。
「何やってんだこの野郎!」
亮の姿を見て横山は息を呑むと、すぐさまその場から駆け出した。
その後姿に、亮が荒い口調で威嚇する。
「マジで頭蓋骨カチ割ってやんよ!」
そう言って手を伸ばそうとする亮を、「殴っちゃダメです!」と言って雪は必死に止めた。
静かな図書館が、雪達の騒ぎでザワザワとどよめき始める。
なんだぁ? うるせーぞ!
周りの人達からそう言われ、雪は「すみません‥!」と方々に頭を下げ謝った。
そして先ほど横山が落とした本を拾い始める。
亮が舌打ちをしながらそれを手伝おうとすると、雪は「私がやります」と言って亮の手を制した。
そして先程の騒ぎを棚越しに見ていた直美は、踵を返し図書館から去って行った‥。
図書館のアルバイトが終わってからも、雪の苛立ちは収まらなかった。
なぜ自分だけこんな目に、と嘆く雪に、亮が力強くこう声を掛ける。
「心配すんな。オレがあんな奴半殺しに‥」
しかし雪は亮がその先を口にするより早く、そんなことをしたらダメだと強い口調で注意した。
まずは確実な証拠を集めることが先決だし、また夏休みの時のように横山を殴れば今度は亮が告訴されてしまう。
雪は、なかなか思い通りにいかない現状に悶々とした。
「今まで撮った写真は、量はあるけど内容は大したことないし、しかも聡美や太一にもムダな時間使わせて超申し訳なくて‥。
今日の録音は結構いい線行ってると思うんですが、アイツを完全に引き離すには少し足りないような‥」
そう口にして負のオーラを撒き散らす雪の横で、亮は今の現状に腹を立てていた。
雪から頼まれたならすぐにでもヤツをギタギタにしてやりたいところだが、そうは出来ないのがもどかしい。
すると雪は申し訳無さそうな顔をして、亮に対してこう言った。
「河村氏と一緒に居すぎるのも良くないかもですね。横山警戒するし‥もう少し一人で‥」
血の気の多い亮と横山がこれ以上接触したら、もっと面倒なことになってしまうかもしれない。
確実な証拠を手に入れるには、雪一人で囮捜査をする方が懸命だろう‥。
雪は、「もう少し一人で頑張ってみます」と口にしようとした。すると亮は雪の方を向き、彼女を叱る。
「はぁ?何バカなこと言ってんだ?んなことしてる間にマジで何かあったらどーすんだよ!」
亮はそう言うと、雪にデコピンをしながらこう続けた。
「悪ぃこと続き過ぎて、危険感知能力がマヒしちまったか?しっかりしろ!」
ペチッと音を立てて、雪のおでこに軽い衝撃が走る。
まったく‥という声が聞こえてきそうな表情の亮が、軽く息を吐きながら雪の方を見つめている。
雪は額に手を当てながら、その彼の態度に少し戸惑った。
自分がコツコツと作って来た枠組みを、いつも亮はいとも簡単にそれを飛び越えてしまう。
いつの間にか盲目的になっていた自分を、高いところから引っ張り戻す‥。
雪は幾分動揺しながらも、続けて亮に釘を刺した。
「と、とにかく‥何発か殴って聞く相手じゃないですから‥」「もう通報したらいーじゃんか」
「だから証拠がまだ集まって無いんですってば!」「クソッ殴るのも駄目、警察も駄目‥」
そう口にして心から悔しがっている亮の隣で、雪は複雑な気持ちだった。
なぜか今までにも増して彼が、自分のことを心配してくれているような‥。
二人の間に少し沈黙が落ちたので、雪は話題を少し変えた。
「あ、ところで河村氏、遅刻じゃないですか?蓮とのシフト交代時間過ぎてるんじゃ‥」
「いや、蓮の奴がまだ受け持ち。あいつデート費用が必要なんだってよ」
店での仕事の話題を出した雪だったが、亮からの返答に疑問を持った。
蓮はデート費用が必要だと言っているようだが、母はバイト代なんてほとんど支払っていないはずだ‥。
僅かな疑問が胸に残った雪であったが、次の瞬間その考えも忘れてしまった。
なぜならば、本日二度目の想定外の出来事が起こったのだった。
「ん?」
雪の目線の先に、見慣れた人物の姿があった。
その人物は街頭に立ち、一人でビラを配っている。
よく見てみると、それは雪の父親であった。
父親が道行く人に声を掛けながら、ビラ配りをしているのだ。
雪は目を丸くし、あんぐりと口を開けた。
そんな雪の隣で亮は、「あ、社長今日もか」と一人呟く。
「えっ?」と雪が目を丸くして亮を見上げると、亮はキョトンとした表情で口を開いた。
「えって何だよ。ビラ配りだよ。店も宣伝が必要だろ。ずっとビラ配りしてんの、知らなかったか?」
亮はそう言うやいなや、雪の父親の方へと駆け寄って行った。
雪に「先に帰れ」と言い残して。
亮は雪の父に声を掛けると、二言三言会話をした後二人でビラ配りを始めた。
二人の手慣れた様子から、かなり前から彼等がそれに取り組んで来たことを知る‥。
雪は遠くから、じっとその様子を眺めていた。
雪が今日出くわした想定外の二つの出来事、そのどちらにも、亮が深く絡んでいた‥。
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<想定外の出来事>でした。
デコピン‥!なんだか青春の香りが‥!
絆創膏が貼ってあった場所でないことを祈ります‥^^;
次回は<万華鏡のように>です。
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