キイ、と静かにドアが開いた。
教授の声だけが響く授業中の教室内に、青田淳は入室する。
淳は、同窓会を控えた雪と大学で待ち合わせをしているのだが、
まだその時間までにはたっぷりと余裕があった。
懐かしい経営学科の構内を歩く内、顔なじみの仲間たちが居るであろう教室へと、
出向いてみようと思ったのである。
静かに席に就こうとする淳を見て、柳楓が声を上げた。
「へっ?!」
淳は笑顔で柳に近づくと、彼の隣に座る。
「よぉ」「おい!どうしたよ?!なんだよいきなりー!アレ?顔どした?」
久しぶりに会う淳を前にはしゃぐ柳。
授業中に響くその声に、前の方に座る学生達が皆振り返った。
「え?青田?」「青田先輩だ」
「青田来たの?」「マジでー?」
淳は彼らに向かってニッコリと微笑んでみせた。
教授が皆を軽く叱る。
「ほらほら、静かに!」
「授業中じゃないか。出席取るぞー」
ざわめき立った教室内は再び静かになり、皆黒板の方を向いた。
柳は幾分小さな声で、淳に話し掛ける。
「赤山ちゃんは?」
「まだ授業が終わってなくて。それまでここで待とうかと思ってさ。皆の顔も見たかったし」
「あは」
教室では教授が出席を取り始めていた。
淳にとっては懐かしい授業風景も、今も尚それを繰り返している柳には退屈に感じられる。
「あ~ぁ、大学に淳は居ないし、ありえねーこと次々起こるし‥」
淳の前では気が緩むのか、柳は愚痴をこぼした。
そんな柳に向かって、教授から喝が飛ぶ。
「静かに静かに!」
「はーいすんませーん」
大学内で唯一と言える、心を許せる存在、柳楓。
淳が彼を見つめる眼差しは、とても穏やかだ‥。
「さようならー」「ありがとうございましたー」
授業が終わり、学生達はゾロゾロと教室を出て行った。
そして淳の周りには、見知った顔の学生達が集いワイワイと騒がしい。
「おー元気だったかー?」「久しぶり!何か大学に用事?」
糸井直美はじめ、皆が淳に駆け寄る。淳は笑顔でそれに応えた。
「教室に先輩が居るなんて、なんかすごい久しぶりな感じです~」
「俺も久々の授業で新鮮だったよ」
すると、ちょうどこの授業が最終授業の学生達が大半だったので、皆でどこかへ行こうという流れになった。
「それじゃ久々の再会を祝して、皆でカフェにでも行きませんか?」「いいね~!色々話してーし!てか顔どうしたんよ」
「前も一回大学来てましたよね?あたし達その時会えなくてー」
その流れを汲み、腕時計を見る淳。
「うん‥」
そして淳は、ニッコリと頷いた。
「そうだな。行こうか」「行こ行こ!」「大学のカフェが良いな」
ワイワイと人に囲まれるこの感覚。
淳はその感覚を久しぶりに味わっていた。
顔のない人達が、自分の周りに笑顔を浮かべて集う。
「なぁ今晩メシどう?俺ら今日早く終わったし」
「それいいねー!あたしらももう終りなの!久々に皆で飲み会しよっか?」
以前までの淳なら、その誘いに頷いていただろう。
けれど淳はニッコリと微笑みながら、断りの返事を選択する。
「今日俺、雪と約束があるんだ。晩メシまでは居られないよ」
「行こう」と淳は口にすると、そのままカフェへと歩いて行く。
女子達は「あ‥彼女ね‥」と幾分残念そうに呟いて、その背中を見つめていた。
「それで次の面接の時にさぁ‥」「だよなー段々キツくなるよ」
「てかCPA(公認会計士)のテストどうだった?」「俺も国試受けよっかな~」
「今更ぁ?」「じゃあ経営指導士は?」
三年生、四年生達の会話は、将来のことや資格のことばかりだ。誰もが皆不安そうな顔をしている。
そんな中、そこから一歩抜け出しているのが淳だった。
「淳君、会社はどう?」
「うん、まぁ頑張ってるけど、大変なことも多いよ」
インターンに通う彼に、皆が質問を繰り出す。
するとあることを思い出し、直美が声を上げた。
「あっ!そうだ!」
「淳君、もしかして卒業試験の過去問とか持ってたりする?」
「おーそうだよ!卒検が流通管理と会計問題とかありえねーよな?」
わっ、と場が湧いた。
淳ならば卒業試験の過去問、並びに勉強したであろうノートなど、完璧にまとめてあるだろうから。
けれど淳はまたしても、断りの返事を選択する。
「あ‥それは雪にあげたけど」
淳の答えに皆が目を丸くした時、淳の携帯が震えた。
ブルル‥
淳は届いたメッセージを読むと、すぐに席を立った。
「雪の授業が終わったみたいだから、もう行くね。楽しかったよ」
「お、おう。じゃあな!」
柳がその場から立ち上がるより先に、淳は既に彼らの元を離れていた。
小さくなる淳の後ろ姿を、皆あんぐりと口を開けて見つめている。
皆の口から溜息が漏れた。
「なーんだ」「約束があんなら‥まぁ‥」「前と雰囲気違くない?」
淳から何も得られなかった彼らは、不満気な顔でブーブー言った。
「あー過去問!淳君だけが頼りだったのになぁ」
「マジで試験のせいでいっぱいいっぱい‥」
その中でジャンパーを着る彼は、なんとか淳の持つ過去問を手に入れられないかと画策する。
「青田の番号は皆持ってるとしても‥誰か個人的に貰えそうな人‥」
彼の言葉を聞いて、皆一斉に柳に視線を送る。
淳から個人的に貰えそうな人は‥この人くらいのものだ↓
柳はハハハと笑いながら、困ったように頭を掻いた。
「いや‥俺はもうパスしてっからさ~ハハハ‥」
柳が選択した断りの返事を受けて、場はしらっと白けてしまった。
皆、不満気に押し黙っている。
柳は、気まずそうに顔を逸らした‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<断りの選択>でした。
いつもなら晩御飯まで奢らされ、過去問もあげなくてはならなかったであろう淳が、
雪ちゃんの存在のお陰で皆からの要求を断る、というこの回。
「君も俺も変わってないだろう」と呟いていた淳ですが、どうやら彼も変わって来ているような、そんな感じ‥?
個人的には柳(顔付き)が出てきて嬉しい回でした‥^^
次回は<同窓会>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!