「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「ややこしや……」

2008年06月28日 | 家族・孫話
この世に生を受けて100年と3ヶ月。介護病棟のベッドに伏す母の様子を、いろんな人から尋ねられる。
「お元気なんですか?」と問われると「ええ、まあまあです」と答える。
「お加減はどんなですか?」と聞かれると「可もなし不可もなしです」と答える。
「お元気でいいですねー」と言われたら「お陰様で、まだ生きています」とは言いにくい。
時間があれば、近況をじっくりお話出来るのだが、短い日常の挨拶程度の会話ではそうも行かない。なんと言ったら一番いいのか迷ってしまう。

元気と言えば元気。食事は経口で一日3度。専用のゼリー食ながら、介助者の手で口元に運んでもらえれば、自らの力で口を開き舌と歯茎でそしゃくし、飲み込む。当然ながら排泄もあり、汗もかけば涙も出る。笑顔もしかめ面も見せる。意味不明ながら言葉も発する。

このように、我々健常者と全く同じ動作を繰り返す毎日。ただ、障害によって自分の意志を言葉で相手に伝えられない。身体硬直で手足をはじめ全ての機能が自由に動かない。やむを得ず寝たきりの日々を余儀なくされている。それでも尚、その肉体には人間としての生命も魂魄も宿っている。

このような状態を「元気」という一言で言い表せるのかなー、どうなんだろう。
とは言っても、癌や具体的な病名のある病に冒されて、明日をも知れぬ緊迫状態でもない。だからといって安心して病院任せにしておけるかというと、決してそうでもない。

ややこしや・ややこしや。なれど、間違いなく生きているわけだから、大いばりで「お陰様で元気ですよ」と答えることにしよう。そして自然なお迎えが来るまで、手を添え口を添えて居心地よく過ごさせて上げることが、今、家族に出来る親孝行なんだろう。

NHK、土曜日午後の番組に出てくる「百歳、万歳」に比べると、母の状態は少し淋しい気持ちにさせられるが、この世に百年生きてきたことに間違いはない。
送るエールはやはり「百歳、バンザーイ」かな。
コメント (5)
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