東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

『事典東南アジア――風土・生態・環境』,弘文堂,1997

2008-06-29 20:11:59 | 実用ガイド・虚用ガイド
京都大学東南アジア研究センター編。編集代表は、古川久雄・海田能宏・山田勇・高谷好一。

最高の旅行ガイドブックである。この事典を旅行ガイドというのは奇を衒った言い方ではない。旅行ガイドとして読む以外ない本である。最初に古川久雄による「旅立ちを前に」という序文があるではないか。

本事典は、たいていの大学図書館、公共図書館にあるはずだ。旅行ガイドや地理の棚にはなく、おそらくレファレンス・ブックとして参考図書扱いになっている所が多いだろう。そして館外貸出禁止扱いになっている場合が多いはずだ。
こういう場所にある重厚な事典類は、その分野の基礎知識があればピン・ポイントの情報が得られるが、そうでなければとりつく嶋もない代物である。それに、いかにも権威がありそうで、結局なんの役にもたたないものもあるんですよね。

そんな重厚な事典類の中にあって、本書は見開き2ページが一つの項目になった読む事典である。もちろん、必要な部分だけ読んで、レポートや宿題の参考にすることも可能だろう。
しかし、ほんとに本書をレファレンスとして使っている人いるの?
この事典を使っている人の大部分はおそらく通読しているでしょう。もちろん、最初から最後まで順序正しく読む必要はないし、そんなことをしても頭にはいらないが、ともかく、おおきな分類ごとに10項目ぐらいは通読しているはずだ。

内容は、地殻構造から気象・海流までを概観したあと、海・山・野・川の産物、衣食住、人の身体まで生活環境を解説する。(以上ⅠとⅡ)
次に、外文明の影響、交易を概観(Ⅲ)。
そして、東南アジアの風土を八つに分類し、それぞれ詳細を述べる(Ⅳ)。
最後に開発と都市文明、世界システムについて少々(Ⅴ)。

えー、そんなの読みたくない、ややこしい、と思う方は旅行プランを自分で立てられない人である。海外旅行は計画を立てるのが一番楽しいのだから、それをやりたくないということは、旅行をしたくない、ということである。

しかし、たかが旅行に行くくらいで、こんな事典を読む必要ある?と疑問を持つ人もいるだろう。
必要あります。
第一、どこに何があるのか、いや、そもそも、どれくらい広くて山や川や海や島がどんな具合に配置されているか知らなくては、行きたい所がわからないでしょう。
地図を眺めるのが第一だが、地図だけでは、地上のイメージ、海上のイメージがわかない。気候・農耕・交通網の密度・都市の大きさがわからないと、具体的なイメージはつかめない。それでもやはり、紀行文を読むとか、ガイドブックやインターネットを使うとか、写真集を見るとか、他に方法がたくさんあるという反論が出てくるだろう。
もちろん、インターネットも旅行記も歴史の本もおもしろい。

しかし、この事典の最大の特徴は、文学・政治・外交問題・ポップカルチャーをほとんど扱っていないことなのだ。(この点が平凡社の『東南アジアを知る事典』との最大の違いである。)
ええ?じゃあますます役に立たないんじゃないかって?いやいや、だからこそ、政治・外交やポップカルチャーなど、インターネットやマス・メディアではわからない知識がいっぱいつまっているのだ。

こういうと、わたしのブログで常々書いていることと矛盾するのではないか?東南アジアに限らず、外の世界を知るには文字情報、宗教や文学・歴史、それに都市の生活、工業製品、ポップカルチャーのほうがずっと有益であり膨大な知識の蓄積があるのではないか。
そのとおり。実際に旅行してみると、言葉や文字がわからずには、まったくおもしろくない場面が多々ある。結局、空港とバス停だけしか見てこなかった、ということもある。それでも楽しいことは楽しい。シロウトの旅なんて、茶店やカフェでぼけーっと通行人を眺めるために行くんだから。

それで、ぼけーっとする場所を選ぶために本書がある。
デルタと山地は違う。熱帯雨林とサバンナは違う。海辺の町と河沿いの町は違う。乾季と雨季は違う。珊瑚礁の島と火山の島は違う。

そして、なによりも、人間、予備知識のないモノは見えないのである。これはもう、完璧に見えない。だから、東南アジアはどこに行ってもうるさいバイクと人の群れ、あるいは高層ビルと交通渋滞しか見えない。

これほど多様で広大な領域なのに、暑い・汚い・うるさい(そして値段が安いとかボラレタとか)という感想しかもたずに帰るのは、惜しいではないか。
別にカオサンやリゾートに行くのが悪いというのではないし、わたし自身も安宿密集地やリゾートや観光客向スポットにも行きます。
でも、歳をとってくると、これでは人生もったいない、と思ってしまう。ブランド買いや人買いが目的の人は、そもそも本なんか読まないだろうし、ぼけーっとする時間もないだろうからどうでもいいが、そうでない人は、是非ともぼけーっとするために本書を開いてみてほしい。開けば、あなたにとって最適のぼけーっ地点が見つかるはずだ。

あと、もうひとつ。
インターネットは間違いが多い。
自分で無責任なブログを書いていて、目糞鼻糞を笑うと言われそうだが。
掲示板や質問・回答サイトはお笑い目的なので、それをとやかく言うのは大人気ないので無視するが、一見まじめそうなサイトでも間違いは多い。

個々の細かい事実の間違い(植物名とか地名の混乱)も問題だが、根本的な見方がおかしい記述がもっと問題。
東南アジアの情報は、英語のサイトでもたくさん情報が得られるが、基本的な点でヘンなところがある。
とくに、環境問題、ボランティア活動、資源保全、宗教など絡むと、とんでもない偏見がとびかっている。
そういう偏見に染まらないためにも本事典で確認すべし。
というより、宗教対立とか民主化とか環境保護を口にするなら、もっと基本的な知識を持てよ。
メコン・デルタにジャングルはない、熱帯雨林でイモは育たない、高床住居は掘立小屋ではない、モチゴメはインディカ米ではない、アブラヤシは東南アジアの自然ではないってのにー!!もうー


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