東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

桃木至朗,「東南アジア史 誤解と正解」,2006

2007-11-17 00:09:53 | 多様性 ?

第4回全国高等学校歴史教育研究会、2006年8月2日、大阪大学での発表。
www.let.osaka-u.ac.jp/toyosi/main/seminar/2006/momoki_honbun.pdf
質問への回答、「ではどうしたらよいのか?」
www.let.osaka-u.ac.jp/toyosi/main/seminar/2006/momoki_qa.pdf
研究会のサイトの入口は
www.let.osaka-u.ac.jp/toyosi/main/seminar/index.html

あははは、おもしろい。失礼。現場の先生はたいへんでしょう。
高校教科書や大学入試問題の東南アジア史関係のマチガイを分析したもの。
まず、「誤解と正解」のほうだが、これがもう、日中韓の現代外交問題がからんだ論争とは、ぜんぜん別。わたしのブログでも、まちがいは多いだろうが、じぶんのことは棚にあげて笑ってしまう。

1.地理がわかっていない。
入試問題や教科書を書くひとが、山脈や島、河川や都市の位置を知らない。もちろん指摘されればわかるだろうが、のっぺりと赤黄緑青で着色された国別の地図しかあたまにない。だからへんな問題を平気で作る。

2.言語や文字を知らない。
これは、まず現在の国家語になっているベトナム語やタイ語を知らないということ。
それから史料が書かれている漢語やサンスクリット語、パーリ語やアラビア語を知らないこと。読めないのはしょうがないが、文書制作の約束事を知らない。
さらに、一民族一言語、一国家一言語の神話にとりつかれているので、古代の王族や住民を現代の国民のようにとらえていること。

3.宗教を知らない。
これはイスラームの教義がどうの、上座仏教のしくみがどうの、という問題ではない。そうではなく、民衆も王族も外来者も、みーんな信仰にかんしてはちゃらんぽらんで、真剣に信じたり、カノンを守ったりしないということ。この状態が東南アジアはもちろん、他の世界でも常態である。
遅れた国の人は敬虔な信仰心をもっている、という差別のあらわれじゃないか。

以上の基本的な無知の上にのっかっているのが、農業基盤重視、領域国家、単一民族国家、王朝交代史、植民地中心史、ナショナリズム史観である。
これがごちゃごちゃに組み合わされて、重箱のすみをほじくる入試問題が作られている。

一方、東南アジア史学界では70年代に常識になっていることが、やっと教科書に載りはじめた。
高谷好一も石井米雄もアンソニー・リードも「劇場国家」も「まんだら」も教えられず、というより教師も知らず、大学入試問題をつくる側も知らない、という状態がつづいてきた。そうした状況を改善しょうとするのが、この研究会である。

しかし、現場の先生からみると、「こんな新しい研究成果を教室ではとても追っかけられない、時間がない」という声がある。桃木至朗さんは無視。むむ。
東南アジア史研究者からいえば、単線発達史観や単一民族国家史観をくつがえすためにも、東南アジア史を教える意義があるのだろうが。

問題は、生徒にとっても教師にとっても、基本的なことを学ぶ時間すらないのに、重箱のすみをほじくった、おまけに基本事項をまちがえた入試問題が作られ、それに対処しなくてはならないことだろう。さらに、東南アジアなんて、入試の10パーセントにもならないし、最新研究成果を知らなくても、いや、知らないほうが解ける問題ばかりで……。

入試問題以外にもノイズは多い。
桃木至朗さんが強調している「かわいそうな東南アジア」イメージの増幅。戦争や環境問題を扱っても、結局生徒は、かわいそうイメージをもつだけで終わる危険がある。
あるいは、「バーンチェン・ショック」「鄭和の大航海」のようなトンデモ系。(あの『1421』については桃木さんもトンデモと言ってます。)
さらに、ジャワの「強制栽培」の例にみられるように、東南アジア史研究者としては、植民地主義万能ではない、という意味で影響を過大視すべきでない、という文脈で検討しているのに(さらにその後の「倫理政策」も問題だ!)、一周おくれの側からは、搾取を肯定しているのでは、という反論が起きる。そんな問題もある。

うーむ。
しかし、暇にまかせて東南アジア本を読んでいる年寄りからみると、高校生はたいへんだ。高校生としては、世界史なんてたくさんある科目の一部、東南アジア史はさらにその数パーセント、とてもつきあっちゃいられないよなあ。
土地所有制、封建制、産業革命、議会制、国民軍、労働市場の自由化、そんなことをやっと覚えたら、そんなもんじゃないって言われてもなあ。


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