音楽座ミュージカルの魅力は、その楽曲にもある。
「レミゼラブル」「ミスサイゴン」といった、吹奏楽コンクールの自由曲にも編曲されるような外国作品より、少しJPOPに距離が近い。
もちろん様々なタイプの楽曲が用いられているのだが、ここぞというタイミングで歌われる曲は、アカデミックすぎることなく、聞いている人の胸にストレートに訴えかけるメロディーやフレーズでつくられている。
亀田音楽学校の亀田校長に聞けば、「王道ですね」とおそらく解説してくれるだろう。
今回の「ラブレター」という作品は、中国から日本に出稼ぎに来た女性と、偽装結婚のために戸籍を貸した、半分堅気ではないような男の話だ。
劇団四季作品とは対極に位置するような、「夢」も「ファンタジー」もない作品と言っていいかもしれない。
主人公の吾郎が、顔も知らない中国人売春婦からのラブレターに心動かされ、「生き直すことができないだろうか」と自分の命を見つめ直す。
吾郎の人生に光が見え「すべてがめでたしめでたし」になって終わるのかと思うと、そうは問屋がおろさない。
決して甘くはない現実をつきつけながらも、そういう現実社会のなかで生きていくのが、我々の置かれた状況であり、それでも生きていくしかないと訴えかける。
同時に、物語の中で間違いなく一番過酷な人生を送った「白蘭」が、「あたしは幸せでした」と書く手紙に、心を動かされずにはいられない。
強烈なこのエピソードが骨格であれば、入り組んだストーリー展開や大どんでん返しなど必要ないし、歌にもわかりにくいメロディーや意表をつきすぎるコード進行など必要ない。
まして踊りまであり、役者さんたちの身体性に圧倒されるのだから。
劇団の渡辺修也さんが、ミュージカルの魅力を「強制感動装置」とブログで説明されていたが、まさにそう感じさせられる二時間だった。