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僕の読書ノート「メリットの法則 行動分析学・実践編(奥田健次)」

2023-02-04 07:48:16 | 書評(脳科学・心理学)

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)という、第3世代とよばれる認知行動療法の一つがあり、その原典ともいうべきスティーブン・C・ヘイズらの本を先に読んでいたのだが、なかなか内容が難しい。そこで、ACTのルーツである行動療法の一つ行動分析学について知れば、ACTの理解も深まるかもしれないというのと、複雑なACTよりもシンプルな行動分析学のほうが、子どもの問題行動などに対してはむしろ利用しやすいのではと思い、類書をあたったところ本書がよさそうだったので読んでみた。

行動分析学は、いくつかの用語を覚えれば基本的なことが理解できるようだ。ある行動には、その行動の直前と直後の状況がある。そのつながりを「行動随伴性」と呼ぶ。そうした、行動や状況(環境)のつながりで、ある行動が起きる理由を理解していくのが行動分析学である。だから、問題行動の原因を個人の内側に求めない。個人の内側に求めると、「精神が幼い」、「甘え」などといった「個人攻撃の罠」に陥り、解決できるどころか悲劇を生むことすらある。

行動分析学では、行動の前に生じた刺激によって引き起こされるものが「レスポンデント行動」と呼び、反射と呼ばれる種類の行動である。一方、行動の前ではなく、後に続く結果に行動の原因があるのが「オペラント行動」であり、行動分析学的なユニークな行動観である。行動の直後に生じた結果次第で、その行動が強まったり、弱まったりする。そうした原理は、アメリカの心理学者、B・F・スキナー博士らによる動物の行動についての膨大な実験から見出されたものだ。行動直後に生じた結果が好ましいものであれば「好子」、嫌なものであれば「嫌子」と呼ぶ。それらの「出現」や「消失」によって、行動が強化されたり弱化されたりする。つまり、4つの行動原理(好子出現の強化、好子消失の弱化、嫌子出現の弱化、嫌子消失の強化)で、あらゆる行動が説明される。こうした行動として具体的にはどういうものがあるのかは、長くなるのでここには書かない。とにかく、こうした原理を利用して、問題行動を変えていくことができる。

しかし、注意すべきは、「嫌子出現の弱化」は、罰的であり、多用することによる次のような副作用もあるということだ。①行動自体を減らしてしまう。②何も新しいことを教えたことにならない。③一時的に効果があるが持続しない。④弱化を使う側は罰的な関りがエスカレートしがちになる。⑤弱化を受けた側にネガティブな情緒反応を引き起こす。⑥力関係次第で他人に同じことをしてしまう可能性を高める。したがって、弱化は原則的に使用しないほうがいい。

さらに、「好子」や「嫌子」の、「出現」や「消失」が阻止されることによっても行動は強化されたり弱化されたりする。この阻止の随伴性も4つ(好子出現阻止の弱化、好子消失阻止の強化、嫌子出現阻止の強化、嫌子消失阻止の弱化)に分けられる。しかし、阻止の強化については、利点だけでなく、強迫性障害などの精神疾患を引き起こす要因となる可能性もあるという。

強迫性障害とは、たとえば、手を洗うことをやめられない、玄関の鍵やガス栓を閉めたかどうか何度も確認する、ほんのわずかな失敗によって大ごとになるのではないかと考え続けて不安になるなどの症状が強い場合である。この強迫行為のプロセスは次のようになる。たとえば、「公衆トイレのドアの取っ手を触る」ことが先行刺激であり、強迫観念として「大腸菌が自分の手に付着した」と考えてしまうと不安になり、念入りに手を洗うという強迫行為をしてしまう。すると、一時的に不安が下がる。しかし、もしこの強迫行為をするのをやめると不安を感じてしまう。そして、また同じような場面で不安が高まり、結局、手を洗わずにはいられなくなる。こうした悪循環を繰り返すことで、強迫観念はますます強くなる。さらに厄介なことに、強迫観念は容易に拡大していく特徴がある。「大腸菌は自分の手を経由してテーブルにも付着している」「服にも」となる。

強迫性障害には、エクスポージャーと呼ばれる明確な治療法が確立されている(若干ニュアンスが違うが、ACTのアクセプタンスに近い考え方だ)。不安を引き起こす刺激を与え続けることで、その刺激によって引き起こされる反射が次第に弱くなる、「馴化」を誘導するのである。たとえば、嫌子出現阻止の強化になっていた行動随伴性(直前「やがて手が汚れる」→行動「何度も手を洗う」→直後「手が汚れない」)を、介入によって嫌子消失の強化(直前「手を汚してみる」→行動「水道で手を洗う代わりに同じタオルで拭う」→直後「タオルで拭った分だけ汚れが落ちる」)に置き換える。ここで、「手を汚してみる」はエクスポージャーであり、「水道で手を洗う代わりに同じタオルで拭う」は行動を少し変えてもらう「反応妨害」であり、このような行動随伴性を繰り返し行うことで、「馴化」を生じさせるのである。不安を下げようと考えるのではなく、不安を感じる状況から逃げずに別の行動をし続けることで、結果として不安は下がると考える。

いわゆる「困った行動」の解決に、機能分析は役立つ。たとえば、子どもの不登校という問題がある。不登校の子どもの要求に大人が従うというケースが多い。たとえば、不登校の子どもが親によって、ファミリーレストランに連れて行ってもらって食事をする、ゲームをさせてもらえる、うるさい親のいない別室でマンガを読むなどを、許されたりさせたりすることで、好子出現の強化や嫌子消失の強化など、学校に行かずに家庭で過ごす行動を強化するような状況になっている。そのような場合は、自宅で自由にアクセスさせている好子をすべて親の管理下に置き、学校に行く行動の結果に応じて、少しずつ与えていくのだ。なお、学校に行くことで嫌子出現があるのなら、それを撤去する方法ももちろんあるが、学校が協力的である必要がある。

応用行動分析学の技法の一つに「トークンエコノミー法」がある。トークンとは、貨幣の代用という意味である。たとえば、子どもに毎月無条件であげている小遣い5000円をやめて、宿題を毎日やって、皿洗いを2日に1回程度やると、月に合計6000円から7000円の小遣いをあげるようにする、もっとやれば8000円から9000円にする。そうすると、実際に行動が変わるという。ここでは、課題や金額の決め方など「さじ加減」が大切だという。こういうシステムにした最初は、子どもは文句を言ったが、そのうち生き生きとした姿に変わった。

FTスケジュールという方法がある。FT(fixed time)とは「時間を固定させて提示する」という意味で、行動に随伴させるのではなく、時間ごとに好子や嫌子を提示するのである。つまり、行動に無関係に好子を提示するのであり、たとえば5秒ごとに好子を提示する(チョコレートを1粒渡すなど)とか、1分ごとに好子を提示する。その好子が出現する直前のタイミングで、特定の行動をしていると偶発的にその行動を強化することになる。

あとがきに著者自身の歩みが書かれている。大学教員をしていたが、生活の安定と引き換えに元気が出なくなることが多かった。そんな生活を捨てて、「したいからやる」行動随伴性の生活を取り戻して、元気に生きていると述べている。



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