日本が誇る霊長類研究の拠点である、京都大学霊長類研究所が解体されるというニュースが出ていました。哺乳類進化研究の一つのセンターでもあるので、「哺乳類進化研究アップデート」シリーズの番外編として紹介します。
(京都大学霊長類研究所)
京都大学霊長類研究所の使命は、ホームページによると「多様な学問的視点から霊長類を総合的に研究し、ひいては人間の本性の起源と進化を解明する」こととされています。研究所設立の発端は、今西進化論などで有名な今西錦司氏が1950年に霊長類の研究グループを京都大学に発足させたことにあるとされていて、実際には1967年に設立されました。それ以来、霊長類学の研究成果を世界に発信してきました。ところが、この研究所が解体される見通しだということが報道されました。
原因は、研究費不正問題にあります。元所長の松沢哲郎(懲戒解雇)らが、チンパンジー用飼育施設の設備工事で架空取引や入札妨害を行い、約5億円が不正支出されたことが認定されています。京都大学は、不正支出が認定された研究費や罰金にあたる加算金を含めた約9億円を返還しましたが、返還請求額総額はさらに膨らむと予想されています。京都大学は霊長類研究所を解散することで、人員削減などにより返還費を捻出する狙いがあるとみられています。
松沢哲郎は、高名な霊長類学者で一般向けの著書もたくさんあります。世界的な霊長類学者・進化認知学者であるフランス・ドゥ・ヴァール氏からもその研究が賞賛されています。ところで、他者をだましたり、ズルをして自分の利益を得るものは許さないという公平感は、実はサルにもあるということが、ドゥ・ヴァール氏の著書に書かれています(そのうち、僕の読書ノートで紹介します)。公平でないボスザルは、他のサルによってボスの座から引きずり降ろされるそうです。松沢氏はズルをしたためにボスの地位から引きずり降ろされたという、サル社会と同じことが起きたとともに、そのズルの被害があまりに大きかったために組織自体が崩壊してしまうところまできてしまったということです。
一方、霊長類研究所の設立のきっかけを作った今西錦司氏は、ダーウィンの自然選択説と異なる、独自の進化学説を提唱しました。この今西進化論は日本における影響力が非常に大きかったため、世界の主流になりつつあった血縁淘汰説などのネオダーウィニズムが日本に入ってくるのを阻害し、日本がガラパゴス化してしまったと、生態学者の岸由二氏から批判されています。しかし、その今西錦司氏らによるサル個体の名前付けなどの霊長類研究の手法は先見の明があったと、ドゥ・ヴァール氏からは評価されています。
さて、松沢氏の研究費不正使用による霊長類研究所の解散というニュースに隠れてあまり目立ちませんが、もう一つの不正問題がありました。こちらは論文捏造という不正です。以前、僕の読書ノートで紹介した「いじめとひきこもりの人類史(正高信男)」の最後に、著者である霊長類研究所元教授が、この本の元になっている論文に関して捏造疑惑を持たれているということを書きました。そして最近になって、京都大学の調査により正高信男の論文が捏造であると認定されました。この論文だけでなく、計4編の論文が捏造だということです。京都大学から正式な調査資料も出ています。それぞれの論文は、自閉スペクトラム症児を対象としたもの2編、健常男児を対象としたもの1編、社会不安障害を有する若年者を対象としたもの1編となっていますが、いずれも研究が行われた事実が認められなかったとのことです。また、いずれの論文も著者は正高1名であり、共著者によるチェックがはたらかなかった中での捏造と考えられます。
そもそもサイエンスは自然界の真実を追求する学問なので、研究過程に不正や捏造が入ってきてしまったら成り立たなくなってしまいます。両名ともそうとう高い能力を持って学問の殿堂を昇りつめた方々だと思いますが、大学というところはそういう公正でない人間が跋扈(ばっこ)するような場所なのでしょうか?