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書評「ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ(エレイン・N・アーロン)」

2017-09-10 15:17:49 | 書評(脳科学・心理学)


まんがチックな表紙と違って、407ページと読みごたえのある本だ。「Highly sensitive person(とても敏感な人)」という原題で1996年に米国で出版されて大ベストセラーとなり、日本語訳単行本は2000年に、この文庫版は2008年に刊行された。Highly sensitive person、略してHSPとは敏感な神経を持つ人間のことで、全人口の15~20パーセントもの人に見られる特徴だ。周囲に起こっている微妙なことを感じとるという、多くの場合は長所と言える特徴を持っているが、刺激の強い環境に長時間いると神経が景色や物音に圧倒されて、普通の人よりも疲れやすく動揺しやすいという短所も持っている。私たちの社会では、この特徴はあまり良いことだとは思われていなくて、欠点であるかのようにとられやすく、自分自身でも自信を持ちにくくなっている。

「神経の細やかさ」「高ぶりやすさ」はこれまで心理学者によって、内向性、内気さ、堅さ、などと呼ばれてきたが、著者はこれでは短所ばかりが強調され、長所が反映されていないということで、中立的な表現であるHSPという言葉を使うようになった。現在では、着実にHSPという概念が定着しており、この言葉を広めた功績は大きいといえる。基本的にはカール・ユングの心理学に基づいて作られた理論であり、自分の現在や過去を思い返して分析し、どうすればよりよく生きていけるか考えてみようという内容であり、精神分析に近いのだろう。1996年に出版された本なので、その後研究は進んでいるのか?進歩の著しい脳科学や認知行動療法などの心理学でどのように評価されているのかは、これを読んだだけではわからない。また、HSPという語義からして、心理的な敏感さだけでなく、生理的な敏感さ(例えば、音・熱さ寒さ・におい・化学物質などの刺激に弱くて、これらにさらされることで体調が悪くなりやすい、病気にもなってしまうといったこと)も包含されてしかるべきと思われるが、そのあたりは十分記載されていない。なお、近年出版されたスーザン・ケイン著「内向型人間の時代」で描かれていた「内向型人間」は、HSPとオーバーラップしそうだが、アーロンによるとHSPの30%は外向的だという。

この本のポイントと気になった点を下記に書き出してみた。

・三つの自己テストがある。「あなたはHSPだろうか?」では自分のHSP度がよくわかったのでよかった。「あなたは社会的不快感を克服する最新の方法を知っているか?」は、ここまで読んでくればだれでも合格しそうなテストだ。問題は「あなたは無理のしすぎかひきこもりか?」だ。このテストを、うつ病でひきこもりの知合いにやってもらったら、無理のしすぎとひきこもりの中間でバランスが取れていると言う。はた目にはかなりひきこもりに傾いていて無理しているようには見えないので、そのテスト結果をずっと疑問に思っていた。ある時、本人を見ていて、はたと気がついた。外からは無理しているようには見えないが、本人の内面ではそうとう無理していると感じでいるのだ。外部から強いストレスを受けているというより、外部からのほんの少しの刺激を増幅して脳内で大きなストレスを生み出しているのだ。これこそ脳科学や認知行動療法が示してきた「認知の歪み」である。「認知の歪み」がストレスを作り出し、うつ病の原因になるという理論は今では常識になっている。時代的なこともあるだろうが、本書の著者はこうした知識にうとかったせいか、妙な結果が出るテストを作ってしまったのだろう。

・同じ刺激に対しても、どれくらい神経システムが高ぶるかは個々人によって差があり、人類を含む哺乳類でもこの差異が見られる。刺激に対してより敏感に反応するもの「HSP」の比率はだいたい同じで、全体の15~20パーセントである。この性質は遺伝的に決められている場合が多い。筆者は、すべての高等動物に一定の比率でHSPが含まれる理由として、種の中につねに微妙なサインを察知するものがいて、隠された危険や新しい食物、子ども病人の様子、他の動物の習慣などに対してつねに敏感なものがいると便利だからではないかと考えている。

・家庭環境が健全であればあるほど、子どもの気質の難しさは表に現われやすい。逆に環境があまり健全でないと、子どもはとりあえず生き延びるために、養育者に適応しようと必死になるので、ある種の気質は水面下に潜ってしまう。そうやって隠れてしまった気質は、大人になってから、ストレス関連の身体的症状などのかたちをとって再び現れるという。

・乳幼児とHSPのカラダに共通していることがある。両者とも神経が適度に高ぶり、疲れてもおらず、空腹でもないときはとてもよく言うことをきく。ところが、両者とも疲労していると、言うことをきかなくなる。だからHSPの人は自分のカラダのために限界設定をしなければならない。そして必要なのは、十分な睡眠時間である。実際に眠らなくても、とにかく9時間は目を閉じてベッドに横たわるように努めるだけでずいぶん楽になる。そして、ゆっくりくつろぐダウンタイムと瞑想などをする超越時間を作る。

・内向的な人の持つ柔軟性や多様性は、中年期を過ぎたころから特に重要になってくる。人生も後半にさしかかって、だれにも自己内省が重要になるが、内向的な人はより優雅に成熟していくという。この言葉は、中年の自分にすこし自信を持たせてくれる。これから、人生のよい時代になっていくのだと。

・職業の面では、HSPは聖職者的タイプで、教師、医師、弁護士、科学者、カウンセラー、宗教関係者などが多かったが、現代では非HSPもこれらの職業につく率が高くなってきた。非HSPは、戦士タイプで、社会や組織のトップに多い。両者のバランスと助け合いが重要だ。

・HSPの心の傷を癒す方法として4つのアプローチをあげている。認知行動療法的アプローチ、心理療法のような対人関係的アプローチ、食品・運動・薬などを含む身体的アプローチ、宗教を含むスピリチュアル・アプローチである。認知行動療法的については、「それほど深みも魅力もないが、かなり効果的なので試してみる価値はあると思う」と、肯定なのか否定なのかよくわからないコメントをしている。スピリチュアル・アプローチの中の東洋思想に関して、「自我は後ろを振り向かせ、個人の問題に執着させ、現在から目を背けさせるので、個人を越えたものへ至ろうとする努力を妨げる。自我は苦しみの源であるとする東洋思想には真実が含まれていると言えるだろう。しかしながら、あまりにも早く自我を捨ててしまうHSPがたくさんいるのも事実だ。...真の救いや啓蒙とは、個人的な問題を解決するつらい努力の果てにあるものだろう。HSPにとっていちばんつらい仕事は、現実を棄てることではなくて、この現実にしっかり関わることなのだ。」と述べる。原始仏教や禅が目指すような自我そのものを消していくことには、否定的なようだ。自我を捨てることなど、そうそうできることではないので、心配する必要もないと思うのだが。

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