がじゅまるの樹の下で。

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薩摩の玄関口、山川

2015年01月11日 | ・琉球史散策/第二尚氏

 

 

 

近世、薩摩の支配下に置かれ、
薩摩への行き来が盛んになった琉球。

船で北上し、
本土上陸の玄関口になったのが
指宿市の山川。

前に記事にした石敢當(石散當)でも分かるように
琉球人の足跡が残っている町でもあります。

 

 

現在の山川港。

さつまいも上陸の碑。
(ザビエルもね)

琉球人鎮魂墓碑。

花ブロックも結構見かけた。

山川石の造形。
(河野覚兵衛墓石群)

西南戦争鎮魂碑。

仮屋跡石垣。

武家屋敷石垣群。

道の駅で食べた指宿温泉ソーダと
芋の餡が入ったかつおやき。
(山川はかつおが特産)

津口番所跡。

 

 

2009年に薩摩侵攻400年を記念して作られた
琉球人鎮魂墓碑の説明。

 

 

明治になり、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で
めちゃくちゃにされた墓石などを集めた
旧正龍寺跡墓石群。

首なし仏や破壊された鬼瓦が痛々しい。

その数ある墓石の中には
1786年の大城仁屋の墓石も。
(写真左下。琉球國の字が確認できます)

右下は現在の正龍寺と仁王像。