がじゅまるの樹の下で。

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瓦のあった崎山御嶽

2013年12月03日 | ・琉球歴史/文化風景

写真データを探して過去ファイルを遡っていたら
発掘された2009年度末に撮った写真。

崎山御嶽。

 

沖縄・琉球と言えば瓦屋根の建物をイメージしますが
古琉球の時代は首里城正殿も含めて板葺が主流。

でも瓦葺きが全くなかったわけではなく
ごくごく一部の建築物には使われていました。

ただし現在認識されているのはたったの5カ所。

以前も記事で書いているのですが、おさらい。

 

まずは琉球王の居城、首里城、
(※ただし正殿ではなく門などに利用か。正殿は板葺)

※追記※
志魯・布里の乱後に再建された首里城正殿は板葺なのですが
それ以前の首里城正殿は瓦葺きだった可能性もあるようです。

2つ目が(中山)王の前の居城である浦添グスク、

3つ目が王府の重要なサポート集団、華人の居住地の久米村、

4つ目が勝連グスク(!)、

そして、5つ目が首里城の南に位置するこの崎山御嶽。

 

瓦という視点でみてもここが非常に重要な御嶽だったのが分かりますね

(そして勝連グスクがいかに栄華を誇っていたのかもわかるという…
でも勝連グスクも首里城と同様、門に利用する程度だったかも?) 

察度の子の屋敷跡だって。

武寧の兄弟ってことね。
(異母だろうけど)

尚巴志の前王統である察度の関係があるなら
浦添グスク同様、瓦があってもおかしくないね。

 

琉球における瓦って面白い。
今ちょっと興味ある題材。

当時の瓦工房が北山だったかもっていうのがまた、ね

琉球の瓦に関する研究書をこの間本屋で見たんだけど
(「琉球古瓦の研究」上原靜著/榕樹書林)
高かったのでさすがに買いませんでした

図書館にあったら見てみたいかも。

 

*おまけ*

レタッチでちょっといじってみたら、
すごく霊験あらたかな感じになったの図(笑)

キラキラ~ん

 


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