「仮面社畜のススメ」という本があるらしい。
僕はその本のことを、新聞の書評欄で知った。なので、本自体はまだ手に取って読んでいない。
でも、その新聞書評に書かれていた言葉には惹きつけられた。というか、分かる分かると、思わず唸ってしまった。
そこにはこんな事が書かれていた。一字一句が正確というわけではないけれど・・・。
①無能な上司の命令は、適当に聞いたふりしてスルーしろ。
②会社は徹底時に利用すればいい、その中で自分に都合よく「いいトコ取り」をしろ。
③仮面社畜として、会社では仮面をかぶって演技者に徹し、あとは全部アフターファイブを自らの時間に充てるようにしろ。etc・・・
「仮面社畜のススメ」の本に関するネットの書き込みをみてみたら、「こういう本を読むこと時点で、既にもうアンタは社畜だろう!」というような、これはこれでまた至極真っ当で正しい論評もあったけど、前段の主張も大いに理解できる。
会社や組織の中で働いていて、一番厄介なこととは何か?
そう問われたら、もう、これはハッキリ一言で断言出来る。
人間関係だ!
これしかない。
そりゃあ、仕事自体がきついとか猛烈に忙しいとか、そのほかにも色々とあるにはある。色々とあるにはあるけれど、職場の人間関係がギクシャクしていると、悲惨さの極致といっても過言ではない。
人生観まで変わってしまう。
中には、死んでしまいたいと思う人間だっているかもしれない。
第一、職場の人間関係が最悪だと、出勤すること自体嫌になるし、それは確実に私生活まで影響する。
それほど会社勤めとは、そして組織の中で生きてゆくということは、かくも大変で難しいものなのだ。
それから、アホな上司や同僚が、問題やお荷物を全部下や上に丸投げし、体を張って部下や仲間を守らない人間が周りにいると、これもまた結構辛いものがある。
そんな糞ったれな上司を持ってしまった人間が、今回の映画の主人公、ウォルター・ミティである。
映画のタイトルは「LIFE!」。
ジェームズ・サーバーの短編小説を、ノーマン・Z・マクロード監督、ダニー・ケイ主演で映画化した「虹を掴む男」、それを更にまた、今回ベン・スティラーが監督と主演を兼ねて新たに映画化した。
とにかく「LIFE!」の予告編の出来があまりに素晴らしく、この映画は絶対観ようとずーっと思っていたのである。
映画の舞台は、あの、世界で幅広く読まれたアメリカのグラフ雑誌「LIFE」(実際に2007年に休刊した)。
映画の中にも、マリリン・モンロー、ジョン・レノン、ケネディなどの写真が出て来るけれど、実際、「フォト・エッセイ」と称する独自のコンセプトによって、雑誌は一世を風靡(ふうび)し、カメラマンもロバート・キャパや土門拳というような錚々(そうそう)たるメンバーたちが揃っていた。
その雑誌「LIFE」の休刊が決まって、会社のリストラを命じられた意地悪で陰険な役員が送り込まれて来るところから映画は始まる。
これがまた、最悪な上司なのだ。
主人公のウォルター・ミティ(ベン・スティラー)は、写真の管理者として特段何の変哲のない退屈な日々を送っていたのだが(同じ職場の子持ちのバツイチ女性に片思いの恋しているけれど)、そんな彼の唯一の楽しみは、厳しい現実から逃避するための、密かな空想・妄想をすることだった。
ここから先はネタバレになるので、まだ観ていない人は読まないほうがいいかもしれない。
確かに、この荒唐無稽な、空想と妄想が織りなす現実離れしたシーンは秀抜だし、とても素晴らしい映像の連続である。
中でも、LIFE誌の最終号の表紙を飾る大切な写真がないことに気付いたウォルター・ミティが、カメラマンを探すために出た旅先での空想・妄想シーンが抜群にいい。
彼が想い続けている同僚のバツイチ女性が空想の中に現れ、デビッド・ボウイの名曲「スペース・オディティ」(トム少佐)を、ギターを抱えながら切なく歌うシーン。
これがまた美しい(映画の中で使われている曲が、どれもこれもすべていいのだ)。
ただ、あまりにも突出している空想シーンの素晴らしさと比較して、現実の場面が平坦過ぎて、その落差がちょっと激し過ぎる。
ラスト近くのショーン・ペンとの再会シーンも、もう一工夫して欲しかった。
淡々とした流れが映画の全編を貫いているので、その静かな肌触りも悪くはないのだけれど、空想シーンと現実シーンが上手に混ざり合っていたら、もっと面白い作品になったと思う。
ちょっと予告編が良過ぎたかも・・・。
僕はその本のことを、新聞の書評欄で知った。なので、本自体はまだ手に取って読んでいない。
でも、その新聞書評に書かれていた言葉には惹きつけられた。というか、分かる分かると、思わず唸ってしまった。
そこにはこんな事が書かれていた。一字一句が正確というわけではないけれど・・・。
①無能な上司の命令は、適当に聞いたふりしてスルーしろ。
②会社は徹底時に利用すればいい、その中で自分に都合よく「いいトコ取り」をしろ。
③仮面社畜として、会社では仮面をかぶって演技者に徹し、あとは全部アフターファイブを自らの時間に充てるようにしろ。etc・・・
「仮面社畜のススメ」の本に関するネットの書き込みをみてみたら、「こういう本を読むこと時点で、既にもうアンタは社畜だろう!」というような、これはこれでまた至極真っ当で正しい論評もあったけど、前段の主張も大いに理解できる。
会社や組織の中で働いていて、一番厄介なこととは何か?
そう問われたら、もう、これはハッキリ一言で断言出来る。
人間関係だ!
これしかない。
そりゃあ、仕事自体がきついとか猛烈に忙しいとか、そのほかにも色々とあるにはある。色々とあるにはあるけれど、職場の人間関係がギクシャクしていると、悲惨さの極致といっても過言ではない。
人生観まで変わってしまう。
中には、死んでしまいたいと思う人間だっているかもしれない。
第一、職場の人間関係が最悪だと、出勤すること自体嫌になるし、それは確実に私生活まで影響する。
それほど会社勤めとは、そして組織の中で生きてゆくということは、かくも大変で難しいものなのだ。
それから、アホな上司や同僚が、問題やお荷物を全部下や上に丸投げし、体を張って部下や仲間を守らない人間が周りにいると、これもまた結構辛いものがある。
そんな糞ったれな上司を持ってしまった人間が、今回の映画の主人公、ウォルター・ミティである。
映画のタイトルは「LIFE!」。
ジェームズ・サーバーの短編小説を、ノーマン・Z・マクロード監督、ダニー・ケイ主演で映画化した「虹を掴む男」、それを更にまた、今回ベン・スティラーが監督と主演を兼ねて新たに映画化した。
とにかく「LIFE!」の予告編の出来があまりに素晴らしく、この映画は絶対観ようとずーっと思っていたのである。
映画の舞台は、あの、世界で幅広く読まれたアメリカのグラフ雑誌「LIFE」(実際に2007年に休刊した)。
映画の中にも、マリリン・モンロー、ジョン・レノン、ケネディなどの写真が出て来るけれど、実際、「フォト・エッセイ」と称する独自のコンセプトによって、雑誌は一世を風靡(ふうび)し、カメラマンもロバート・キャパや土門拳というような錚々(そうそう)たるメンバーたちが揃っていた。
その雑誌「LIFE」の休刊が決まって、会社のリストラを命じられた意地悪で陰険な役員が送り込まれて来るところから映画は始まる。
これがまた、最悪な上司なのだ。
主人公のウォルター・ミティ(ベン・スティラー)は、写真の管理者として特段何の変哲のない退屈な日々を送っていたのだが(同じ職場の子持ちのバツイチ女性に片思いの恋しているけれど)、そんな彼の唯一の楽しみは、厳しい現実から逃避するための、密かな空想・妄想をすることだった。
ここから先はネタバレになるので、まだ観ていない人は読まないほうがいいかもしれない。
確かに、この荒唐無稽な、空想と妄想が織りなす現実離れしたシーンは秀抜だし、とても素晴らしい映像の連続である。
中でも、LIFE誌の最終号の表紙を飾る大切な写真がないことに気付いたウォルター・ミティが、カメラマンを探すために出た旅先での空想・妄想シーンが抜群にいい。
彼が想い続けている同僚のバツイチ女性が空想の中に現れ、デビッド・ボウイの名曲「スペース・オディティ」(トム少佐)を、ギターを抱えながら切なく歌うシーン。
これがまた美しい(映画の中で使われている曲が、どれもこれもすべていいのだ)。
ただ、あまりにも突出している空想シーンの素晴らしさと比較して、現実の場面が平坦過ぎて、その落差がちょっと激し過ぎる。
ラスト近くのショーン・ペンとの再会シーンも、もう一工夫して欲しかった。
淡々とした流れが映画の全編を貫いているので、その静かな肌触りも悪くはないのだけれど、空想シーンと現実シーンが上手に混ざり合っていたら、もっと面白い作品になったと思う。
ちょっと予告編が良過ぎたかも・・・。