考えるための道具箱

Thinking tool box

◎それでも本は書店に並ぶ。

2007-05-07 01:24:24 | ◎読
ぼくが大宮あたりで巷間と隔絶されて立ち淀んでいる間も、浮世は着実に動いていて、だから人の読書計画なんかおかまいなしに、良い本はたくさん出てくる。

『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃 』(吉田秋生、フラワーコミックス)
父親が他の女性と出奔後、母親も再婚し、あとに残された幸、佳乃、千佳の3姉妹に届く、元父の訃報。大きな情の揺れもないまま半ば義務的に訪れた葬礼の場で出会う、腹違いの妹すずの殊勝とそこに隠された痛切を知り、彼女たちは一緒に暮らすことを提案。海の見える街、鎌倉を背景に、四姉妹の、そしてそこに住む人たち、街との絆の物語が始まる。
さすが吉田秋生。日常のように描かれる非日常、しっかりと強い台詞による場の切り方、人が確かに住む場所へのサウダージ、そして、なんと美しい女性たち。もちろんこういった要素は、超科学世界や陰謀世界でももれなく配置されていたわけだけれど、派手な展開に惑わされないぶん、情趣はきわだってくる。
最初のエピソード「蝉時雨のやむ頃」では、離婚により彼女たちのもとを去った「やさしいけれどダメな」でも「ダメだけれどやっぱりやさしかった」父親への四人の想いを軸に話がすすむ。市川実日子に演らせれば、かなり魅力的になるだろう千佳はもとより(ちなみに市川実日子は映画の『ラヴァーズ・キス』でているようなのでうまくつながる)、ときにアリサのような表情を見せ場のテンションを高め、ときに豪快に崩れるまさにシャチ姉こと幸はけっこういい感じだ。
残念なのは、この連載ペースで進むとなると、第2巻が読めるのは、ちょうど来年の今頃になってしまうというところか。さすがに『月刊フラワーズ』は買えないだろうなあ。

『めぐらし屋』(堀江敏幸、毎日新聞社)
「やさしいけれどダメな」でも「ダメだけれどやっぱりやさしかった」父親は、どこにもいるわけで、だから堀江敏幸の新しい小説に同じような人が登場するからといって、驚くべき偶然と大げさに書くほどのことでもない。ただ、その父親のことを娘が想うとなれば、『海街diary』と同時に読むと、離婚だったか、あれ再婚したっけ、とちょっと混乱する。
『めぐらし屋』も、「いっしょに暮らしていた時間よりも離れていた時間のほうがずっとながくなっていた」不在の父親の死が物語の端緒となる。どちらかといえばさえない感じでだからこそ魅力あるひとり娘が(一人っ子かどうかは定かではないけれど)、父親がひとりで住んでいたアパートを整理するなかで、蘇ってくる記憶のもつれがほぐれ、その糸がまたどこかに繋がり、知ることのなかった父の姿、彼が営んでいた「めぐらし屋」の謎が明らかになっていく。
この小説も、70年代に小中学生時代を過ごした人なら誰でもうなずく同時代のディティールが的確に表現されていて堀江らしい安心感はあるものの、一方で、「蕗子さん」と「さん」づけで呼称され続ける人物が主役であるところは、決して否定するわけではないのだが、川上弘美の物語の印象が強く、たとえば、『雪沼…』に見られたような渋さや硬さが軟化されていて、少し残念ではある。

『早稲田文学 wasebun 0』
休刊直前の『早稲田文学』、フリーペーパーの『WB』は、得体の知れない党派性のようなものが少し残念であり、それが心地よさの要因でもあったのだけれど、新しい『早稲田文学』どうなのだろう。個人的には青木淳悟、青山真治、中原昌也でじゅうぶんOKで、まだ読んでいない川上未映子にも、大きな期待が高まる。
青木、青山、中原の今回の小説は、賛否が分かれるところかもしれないが、個人的にはとても好きな話ではある。とりわけ、中原の「点滅……」とは別のもうひとつの中原トーン&マナーの小説「執筆委任」は、「点滅……」ラインの小説中小説も挿入されており、ぜいたくな爆笑の一品である。

ほとんどゴールデンではなかったウィーク明けも、きっとぼくは立ち淀むに違いないが、それでも世はどんどん浮き流れていくわけで、数週間まえの計画はほんとうに倒れてしまうことになってしまった。