そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

7月10日(水)オムニバス形式授業の担当回

2013年07月10日 | 公開

 オムニバス形式授業の担当回で、炎暑の中を大学へ行く。昨年に比べると受講者が減り、手ごろな大きさの教室になっていた。レビューシートを書かせる必要があるため、講義は正味70分くらい喋ったかな。東日本大震災と文学とを関係づけた内容の講座である。

 夕方の委員会まで時間が空いたので、出光美術館へ行く。その後、少し買い物をして回って、「Cafe GOTO」で一休み。パイナップルジュースとオールドファッション・バナナ・ケーキとやらを注文した。このケーキは週に一度くらいしか焼かないレアものだそうである。


7月8日(月)今日は教授業

2013年07月08日 | 公開

 朝いち演習は、「禁中」を取り上げる。これは面白かった。「誰ここに草の原までかこひけむ花見し暮れの朧月夜に」が源氏物語・花宴だとピンと来ないようでは心もとない。ただし「かこひけむ」は難解、本文異同を確認する必要がある。また「過ぎがてに想はぬたびはなしつぼの古き情けにすむ心かな」の「たび」を、「旅」と解してはアウトである。「梨壺」とくれば、何の話かわかるかな? 「鶯の音もや雲居に移りけむ宿はと問ひし花を慕ひて」が「鴬宿梅」の故事と分かったのは大正解。勅なればいともかしこし

 昼食は「高七」へ行く。N坂を登っていくと、途中でA君たちとすれ違った。あやつら、「高七」へ行ったに相違ない。大学院生の分際で奢ってやがるが、非常勤講師業で稼いでいるから、文句を言う筋合いはない。さてさて、日替わりのご飯をう~んと少なくしていただく。いやもう、暑いのなんのって。言われなくても大将が、ハートランドの栓をお抜きになった。ヒートアイランドになっておるからな。

 K教授に九州出張のお土産をいただく。九州ではアゴ、すなわち飛び魚が、広く出汁用に使われているのだ。九州やアゴが出さうな暑さかな

 夕立があった。

 学生の研究会はレベルが高い。終了後、男だけで研究室で飲む。帰りに「AMA」でカレーを食ったが、もちろんカレーだけで終わるわけはない。


7月7日(日)娘が家を出て行った

2013年07月07日 | 公開

 茨城県鹿嶋市にご当地アイドルが生まれたらしい、かしまし娘…と言ったところで、同居人にバカ!と怒鳴られ、殴られた。いい加減にしなさい! DVである。(痛

 娘がマンションを借り家を出て行くことになった。自家用車に荷物を積み込んで、都内某所のマンションまで運転させられる。日曜だから、道はがらがら。ほど近くの同居人のアジト?から、TVと電子レンジも運ぶことができた。ついでに同居人を三味線の稽古場近くまで送らされた。

 マンションは地下鉄某駅の地上出入り口の真ん前にある。はあ~、お嬢さま、こんな便利なところに住むのか! これを称して、アーバンライフと申すのだろう。それでは当分実家には帰って来ないようにねと言ったら、今夜帰って来るわよとのたまふ。それぢゃあ家を出たことに、全然ならんじゃないか!

 カーナビの指示通りに運転したら、予定時間通りに自宅へ戻ることができた。今さら何をと思われるかもしれないが、これは実に便利なシロモノだな。

 梅雨明けでえらい暑さである。調べると、今日は旧暦の五月二十九日、まさに「五月のつごもり」だった。伊勢物語の第九段を見よかし。一年で一番暑い時節である。富士山は、酷暑の時節に雪をいただいているからこそ、異常なる山、異境なる山なのだよ。


7月6日(土)サインをもとめられる

2013年07月06日 | 校長は日々是口実

 校長が20分挨拶し、教頭が25分学校の説明をする手筈になっていた。暑いのでできるだけ短くと心がけ、キャッチに徹した。今回の摑みは、百人一首についての拙著を持っていて、演壇の正面一番前の席に座っている中学生に贈呈するというパフォーマンス。2回ともご両親と一緒の女子生徒さんであった。

 司会役の教務副主任に、校長のお話は15分でしたねと言われたから、いとめやすかりけれ。しかし、案の定教頭は話す話す、無慮40分はお喋りになったぞなもし。次回説明会はもう少し、なんとかならんものか。私が15分で、教頭は30分としたらどうかしら。

 拙著をプレゼントした中学生には、後で日付を入れたサインをして差し上げた。そのせいか、学校案内のパンフレットにサインをしてくださいという要望が数件。はいはいと気軽に署名をした。教務スタッフにかくかくしかじかとご報告すれば、そんなことは聞いたことがないと言う。学校説明会へ行って、高校の教員と握手すると合格できるというジンクス?があるよしだが、その一種の変形か? 校長にサインをしてもらえる…となれば大変だぞ。一応、県内でもっとも受験偏差値の高い私立高等学校の一つとなっておるからな。 

 17:00終了予定の個別相談も、30分以上延長となった。売店では記念品が相当売れたらしい、店長が喜んでおられた。次回はオリジナルグッズができるから、乞うご期待だ。売店のおばちゃんが私と同じ申歳生まれと分かって、お互い軽いショックを受けたのが可笑しかった。マ~ブル・マ~ブル・マ~ブル・マ~ブル・マ~ブルチョコレ~ト~♪ 上原ゆかりは、どうなったかな?

 教務室にぼ~っと突っ立っていた生徒と話す。ちょっとした問題を抱えていると自分自身で言うので、話を聞いてあげた。5万円ほど握って、知らない所へ親公認の家出をしてきたらとアドバイスする。チルチル・ミチル(ライターではない!)も、遍歴を経なければ、ブルー・バードのありかは分からなかったではないか。ウチの車は、既にしてブルーバードだがね。(笑

 茶道部が七夕茶会を行ったよし。主菓子をいただいた。校長室の茶道具は、自由に使ってくだされ。

 とにかく汗びっしょりとなり、ジャケットはまったく乾かなかった。新幹線駅でハイボール缶を飲む。それでも19:00前の新幹線に乗れたからオンの字だった。八百屋が開いていたのでスイカをもらう。夕食は「龍力」を開けたが、あまり飲む気が起こらない。結局スイカ食って済ませた。


7月6日(土)第一回の学校説明会

2013年07月06日 | 校長は日々是口実

 気温が37℃くらいになるという。白っぽい格好をして高校へ行く。第一回の学校説明会というやつで、年に都合3回行われる。近所の蕎麦屋へ行こうと思っていたら、弁当が支給された。

 K君に、お前さんも教務主任なんだから、問題を整理して、必要ならば議案書を作れと話をした。提案するタイミングがないと仰せだが、そんなことはない。議案書を作成して、いつでも職員会議に提案してよろしいのである。

 20分の挨拶を2回することになっている。時給500円で、個別相談の終わる17:00まで居なければ箇所長は務まらんぜよ。まあ、本でも読んでおりましょうか。

 


7月5日(金)箇所長会議

2013年07月05日 | 校長は日々是口実

 同居人は終日、家で研究日のよし。午前中、クリーニング屋へ行くからと車の運転を命ぜられる。月曜のお茶のお稽古の後、お医者さんであるS先生が茶杓を拭う所作はナニの抜き差しをイメージすると云々かんぬんとおっしゃっていたのを想い出し、その話をしたら、殴られた。DVである!

 昼飯はプロティン・ダイエットにしたが、きょう一日をとても乗りきれないような気がして、「Cafe GOTO」でタルトタタンと冷コーを注文してしまった。先日、PTA会長殿がお見えになったよし。また、O教授がゴト-さんの写真をブログに載せてるよと教えてあげた。じぇじぇ!

 14:50から箇所長会議だが、その前に学校法人本部の財務部署を訪ねて、デ―タ提供の御礼を申し上げ、高校地元のお菓子を置いてきた。こういう地道なご挨拶が、味方を作っていくことに繋がるのである。たとえ300円のお菓子であってもね。

 ロビーでひと科学部長のT先生がノートPCを叩いていらっしゃったので、ご挨拶する。同時期に教務主任を務めた顔見知りである。会議の前に、建設関係部署に呼ばれ、今後の打ち合わせをする。きちんとした報告の機会を作らなければと思う。むしろこれからが正念場だ。しかも夏休み前に事を動かし始めないと、時期を逸する。学校は夏休みの間、まったく機能しなくなるのだ。

 箇所長会議は存外長引いた。私は箇所長といっても、第三列の末尾から3番目という位置だから、法人内の席次はずいぶんと下方である。教育担当部署としてはもっと前に出てもいいはずだけれども、研究科はいっぱいあるし、よくわからんセンターの所長が間に割り込んで座っている。法人内はセンターだらけで、ライトもレフトも見当たらない。これでは野球にはなりません。ベースボールは見れど飽かぬかも、野ボール作。この席次が勤務先高校の位置を物語っているのだが、ほとんどの高校教員は、その現実を認識しておられない。右隣は兄貴分中等学校の校長の席だが、Y校長ご機嫌斜めらしく、話しかけても何度か無視された。ちなみに兄貴分の予算規模は、ウチの倍である。

 終了後、教頭、事務長とともに教務部署へ呼ばれて、新しい情報を得た。なかなか難しいと思うが、悪い話ではない。でもなあ、高校の教員連は改革志向に乏しく、ナマケモノも結構多そうだからなあ。きっとうまくいかないわい。

 事務長殿は別の所用ありとのことで、教頭とふたり戦略的打ち合わせを行う。ご案内したお店は、教頭にお気に召していただけたようだ。腹蔵なく話ができたので、愉快だった。教頭は実に、信のおける御仁であらせられる。職員会議の議案書を、全部自身で書いておられるのも、敬服に値する(昨今の学部の教務主任は、議案書を自分ではあまり書かないそうだ。教務主任とは、議案書を書くのが主要な仕事のはず)。

 明日は学校説明会、気温がものすご~く高くなるらしい。校長がクール・ビズというわけにもいかず、せいぜい白っぽい格好をいたしますかな。


7月5日(金)お前は犬か?

2013年07月05日 | 校長は日々是口実

 同居人が、いやだわ、今日の私の顔、犬みたいとおっしゃるから、いつもそうぢゃないかと返事したら、殴られた。今日はちんころで、昨日はチワワだったとか…。あわわ、口さがなし。だいたい、戌年生まれであらせられるでな。

 学会の事務処理をせにゃならんのに、ずるずるになっている。こういう事を一人で背負いこむと、にっちもさっちもいかなくなるものだな。今日は箇所長会議で、明日は土曜なのに、またぞろ高校で学校説明会だ。千数百人の参加申込者を相手に、2回説明せにゃならん。昨日、教頭先生と、役割分担しましょうぜと話し合ったが、私はキャッチに徹することにいたそう。唄でも歌うか。


7月4日(木)長い会議

2013年07月04日 | 校長は日々是口実

 午前中は大学で卒論ゼミ。とにかく夏休み前に、ウソでもいいから目次を作れと指示する。今日は家族の一人の誕生日なので、高校へと移動する途中、東京駅近辺でささやかなプレゼントをもとめる。会議の具合によっては、帰りが遅くなるかもしれないから。

 で、14:00からの職員会議の15分前に到着し、会議室の中央に座ったが、事情があってなかなか始められなかった、1時間後に、やっとこさ議事をスタートする。

 懸案事項が山積みで、3時間以上かかったが、揉めれば揉めるほど世の中良くなるの道理の通り、いくつか画期的な決定もできた。閣内?不一致も、衆議に任せた結果、おのずからなる着地ができたと思う。本日の議事進行には、特段苦情も出なかった(各人の心中は察することはできぬけれども)。四面楚歌…という状況からは、徐々に脱しつつある有若亡校長。

 しかし、どうして教員は、こう職員に仕事を押しつけようとするのか? 物事は合理化、能率化をはかること勿論大切だが、面倒は事務所がやりゃいいぢゃないかは通らない。教員と職員とではラインが違う。学校の運営は本来、徹底して官僚組織であるし、あるべきなのである(と地方公務員の倅である私は確信する)。夢と希望も大切だが、お金で動いているのだよ(ウチの高校は年間13億円強の規模。寄付金はまったく取るに足らず、赤字経営だ)。精神的に向上心の無い者は河馬の逆立ちだが、コスト意識を持たない仁も同断である。責任の持ち方だって、教職は違うのだ。この高校は、まだまだ教員の意識に問題がある。もしかして、職員は教員に「奉仕」すべき存在だと、勘違いしている仁がいるのではないか? 教員こそが学校の主人公だと、思いあがっていはしないか? 校長の勘違いならばよいけれど…。

 会議後の処理事項をこなして、それでも20:00前の新幹線に乗ることができた。帰宅すると家族は食事中で、プレゼントを渡し、ケーキを食った。

  高校オリジナルグッズ、いよいよ生産のよし。夏休み前に間に合わせたかったのだがなあ。相当インパクトのあるシロモノですぞ。乞うご期待。関係者各位に深謝、深謝。とくにCOOPのHさんには、本当にご馳走でもして差し上げなければ、深甚の謝意は到底お伝えできませんわ。

 山陰線、じゃなかった参院選が始まった。島根には高校の同期生が立候補している。保守系だから、当選確実なんじゃないかな。私は基本サヨクの大学教員なので、当然××××党にしか入れませんがね(でも、憲法は変えるべきだと心に強く思っているのだが)。 あ、現在は箇所長職を務めているため、組合員ではないのだった! では、どうするかな? 今回は典型的な浮動票といきませうか。


7月4日(木)生徒寮通信

2013年07月04日 | 校長は日々是口実

 私が校長を務める学校には生徒寮があり、全国、いや全世界?から生徒がやって来る。その保護者向けメールニュースにエッセイを書かせろと担当の先生にお願いしたら、どうぞどうぞと言われたので、早速駄文を弄した次第。

「自分自身を見つめるには」
  8 年間、高等学校(男子校)の国語科教諭を勤めた。当然組主任を拝命し、LHR の時間にはシタリ顔で「自分自身を見つめろ」などと歯の浮くような訓話を垂れていた。すると、ある生徒が「では有若亡先生、どうやったら自分自身を見つめることができるのですか?」と質問してきたから、それは簡単、こうするのだよと即座に教えてあげた。
  深夜に勉強していて疲れた頃、外へ散歩に出かける。近くの公園あたりで一休みした後(煙草を吸ってはいかんよ)、部屋へともどり、中の有様をよくよく観察する。それがすなわち、さっきまでの自分の頭の中なのだ。東大の解剖学教授だった養老孟司が当時唱えていた唯脳論(人間のあらゆる営為は脳の構造の反映だとする論)の応用だ。
  部屋が散らかっている輩は、頭の中も散らかっているのだ。エッチな本は、母ちゃんに見つからぬよう机の抽斗の中の、そのまた奥のほうに隠してあるだろ、あれは性的願望を隠蔽し、抑圧しているのだ。この見方は応用がきいて、教員室の先生方の机の上の様子を観察すれば、それぞれの先生の精神状態がたちどころに分かると、ついつい要らぬことまで教えてしまった。先ごろお連れ合いに先立たれた数学の××先生のお机を見よ、何もかも片づけてしまって、「無」と書いた色紙を1 枚だけ置いていらっしゃるじゃないか…。
  散歩に出かけるのは今までの自分から脱却するためである。メーテルリンクの「青い鳥」の話を想い出して欲しい。現在の居場所の本当の意味を知るためには、いったん外の世界を遍歴する必要がある。そのトリップを最短で行うための深夜の散歩なのだ。
  寮生諸君が、寮生活でもしも煮詰まるようなことがあったら、こうした方法も試してごらんになるとよい。あ、そうか、生徒寮には厳しい門限があるのだった。まあ、ともあれ、「身じんまく」を整えれば、自ずと頭の中も整理されてくるということである。

 人前でお話しすることと、文章を書くことについては、ささやかながら自信がある。痩せても枯れても(痛風だけど)文学教授だもの。このニュースは教員にも配信されているが、興味深く拝読しましたとメールをくれたのは、高校生時代に私に国語を習ったという先生であった。いやはや、狭い世界である。

 T学部長のA教授からも、先にお送りした拙エッセイの感想がメールされてきた。袋草紙という平安末期に書かれた書物の完全版を発見したという、私の乏しい研究業績の一つについて記したものだったが、面白かったと書いてある。舌先三寸、ペン1本(実際はPCだが)でどこまでやれるか、まあ私の持ち味はここまでだがな。

 しかし、筆?が滑って、学校案内は刷り直しとあいなった。事務の担当者がその旨校内に一斉メールを流したから、申し訳なしと補足説明のメールを出しておいた。費用はO部長殿がもってくれるよし。さすが、一緒に戦地へと赴き、ともに歩兵銃を撃ちまくった戦友は違う。ありがたや。きょうび信頼が置けるのは、先の大戦にともに出征し卑怯未練の振る舞いのなかった戦友のみ、という気がいたしますわ。ねえ、A教授。戦中派のぼやきより。

「 行って来るぜ、野田クルゼ」と言いながら、今しがた娘は出勤して行った。DNAは恐ろしや!


7月3日(水)校長業に専念す

2013年07月03日 | 校長は日々是口実

 臨時教授会やお稽古事はパスして、校長業務を優先する。乗り換え駅で20個入りどら焼きを買い、事務部長殿のところへお詫びに赴いたが、おいでにならなかった。校長が平身低頭していたと伝えてくださいと申し上げておく。

 校長室が使われていたから、また外で待つはめに。打ち合わせは14:00からで、近所の蕎麦屋へりんだもぢりに行った。にしんの塩焼きを頼むと、まるまる一尾出てきたのでびっくり。少ししつこい味なるも、食べやすく処理されていた。蕎麦はせいろ1枚にしておく。


7月2日(火)A元事務長を囲む会

2013年07月02日 | 公開

 午前中は痛風の病院へ行った。尿酸値が高く、それは前夜やきとりを食ったせいなのだと思う。そのほか検査数値にいくつか面白からぬ点もあり、服用薬の副作用かもしれないというので、夕食後飲む錠剤の量を半減することになった。しかし、なによりの薬は減量らしい。

 大学へまわり、パイナップルとメロンを持っていったん帰宅する。研究室が果物の香りで満ち溢れたが、放置しておけば腐るだけだ。

 夕刻は、夜学の教務主任をやっていた時の事務長だったAさんが職位定年を迎えられたので、囲む会を催すため神楽坂へ行く。「うつわや釉」で記念品を受け取って、会場の「東白庵かりべ」へ。私が幹事を務めた。

 学部長だったT教授、正副教務担当が私とM教授、正副学生担当がO教授とH教授で、皆うち揃っての久しぶりの会同である。私自身、大学の仕事をあれこれやってきて、夜学の教務主任を務めていた頃が一番楽しかった。語弊を懼れずに申せば、沈没寸前だったのから水をかき出し、改革に改革を重ねて当分は持ちこたえるべく奮闘した。そのことは後に、M教授あたりから、いたづらな延命策に過ぎなかったと非難されることとあいなるのだが、当時は教授会の議案書を皆、教務主任自ら作っていたのである。私の著作集がもしも出るとするならば、その数巻は教授会議案書に宛ててもよいと思うほどだ。

 現在、校長をやっていく上での基本路線も、この夜学教務主任時代の「成功体験」をなぞっているのに過ぎないような気がする。立案して、実現できる施策が3割を超えたら、たいへんなアベレージを残せる。何でも野球に准えることである。イチローの打率を思ふべし。

 Aさんは還暦ということだが、当時とまったく感じは変わらない。記念品として差し上げた廣永窯のコーヒーカップも、お気に召していただけたようだ。O教授はすっかり「東白庵」が気に入ったご様子で、花番さんにしきりにお店のことを尋ねておいでだった。神楽坂辺によく出没しておいでだから、近々、再訪されるんじゃないかな。

 いっしょに苦労をして仕事した者同士の、暖かい交歓の機会が得られた。幹事役としては嬉しいかぎり。

 そうそう、T教授は現在、九州にある関連初中等学校の理事長をなさっているが、その理事長手当は、正真正銘月額10000円なのだそうである。私は手当時給換算500円也の校長だが、そうするとT教授は時給100円也の理事長である。そのからくりが、説明していただいて、やっと分かった。T教授のような現在ヒラの教授(もと学校法人常任理事=副学長だが)が九州の学校の理事長を兼務することなんぞ、そもそも想定されてはいないということである。それでいて、学校には100万円寄付されたよし。私は震え震え50万円寄付しただけである。やはり立派な方は段違いだ。ほんとうにT教授が、学長になればよかったのに。こんな徳の高い人物を、学内に私は他に知らない。衆目の一致する通り私はT教授の忠実な子分だから、もしも学長になられていたら、図書館長くらいにはなれたかもしれないな…とふと思ったりする。


7月1日(月)お茶の稽古

2013年07月01日 | 公開

 神楽坂下の稽古場へは早く到着できたので、結構みっちりお点前を見ていだくことができた。茶巾の扱いがうまくできず、またぞろ注意される。それから、お二方の行之行台子を拝見した。

 着座、膝行、盆、火箸、茶入、茶碗、建水、蓋置、総礼…この手順は師匠に言われて既に記憶した。鉄道唱歌の替歌にすれば、一発である。「行の台子の行点前、着座・膝行・盆・火箸、茶入・茶碗を下ろしたら、建水・蓋置・総礼よ~♪」、いかがであろう? 拙作替歌の最高傑作はといえば、もちろん「上代特殊仮名遣の歌」、一名「甲類乙類の歌」だがね。「きひみ、けへめ、こそとのよろも/きひみ、けへめ、こそとのよろも/もは古事記だけ、もは古事記だけ/きひみ、けへめ、こそとのよろも~♪」

 お菓子は水無月をいただく。氷室の氷をかたどったものですな。これに対してお正月の葩餅は、押鮎を表象する牛蒡を芯にしたもので、いずれも宮中行事がその起源となっているというお話を、師匠にうかがった。

 終了後はすぐ近くの焼き鳥屋へ行くこと常のごとし。このお店は、つくねがほんとうに美味しいですわ。朝から授業のし詰めで、頭の回転が鈍く、皆さんにどうしたの?と心配される。今日初めて点前をして緊張したと話すメンバーに向かって、「緊張だけにが落ちたでしょう」と言い掛けたら、ウケた程度だった。

 


7月1日(月)淡々と授業

2013年07月01日 | 公開

 朝いち演習は発表者以外の集まりが悪かったが、そこそこに始めて時間一杯きっちりと授業をする。中旬に演習コンパを催行することにしたが、さて何人集まるかな? 続いてA君相手の精読。途中Nさんがおいでになり、Y集のコピーを持って行かれた。

 昼食は「maruharu」へ行く。昨日からプロティン・ダイエットというのをさせられており、朝がプロティンで、昼が「maruharu」のセットだと、ちときつい。午後は博士課程の研究指導に、修士課程の演習。まだまだ読みが甘い甘い。院生諸君からパイナップルとメロンをいただいた。誕生日のプレゼントか、ううう。明日持って帰りませう。

 学生の研究会は休止にしてもらった。お茶のお稽古に行くべいよ。