私たちは夢の世界と現実の世界しか存在しないと通常思っている。私もその通りで、世界は二つしかないとずっと思ってきた。三十年ほど前に父親が亡くなる直前、私に「起きているのでもなく寝ているのでもない。何かもうひとつの日常がある」と話した事がある。頭の切れる冷静な父親ではあったが、「ねぼけてるのでしょう」と私は一笑してしまった。
最近、母の入院に付き添い話しを聞いているうちに、何かそういう別の次元の世界が存在しているのではないかと思う事がある。
これを幻の世界と仮に名づける。幻の世界は、母の話しから想像すると、時間軸の抜けた事象のみの世界である。更に場所の軸も抜けている。過去あった事が、単発に場所をかまわず出てきて、それらがつながる。それらはきわめて理不尽だけど、本人の中では理路整然としている。この幻の世界が、何かの前触れを示唆している事があり、そこは偶然だけでは語れないものがある。
入院中の母は早く家に帰りたいと盛んに言っていた。母の幻の世界はこうである。家に帰って門から入ろうとしたら、門の前で盆踊りを多くの人がやっていて、入れてくれない。その中に私もいたと言う。そのうち踊り手が、男から女に代わった。だけどどうしても入れてくれなかったと言う。
意識と言う肉体が、実際その行動を起こしているのかもしれない。そのとき、日常では見えないものが時間軸・場所を越えて見えているのかもしれない。
丁度前日ある世話役から電話があり、今年の秋祭りの踊りの時、舞台でカラオケ大会に出て歌って欲しいと言う依頼があり、返事に苦慮していたとこだったが、これと結びつけるのは、早計か。
最近、母の入院に付き添い話しを聞いているうちに、何かそういう別の次元の世界が存在しているのではないかと思う事がある。
これを幻の世界と仮に名づける。幻の世界は、母の話しから想像すると、時間軸の抜けた事象のみの世界である。更に場所の軸も抜けている。過去あった事が、単発に場所をかまわず出てきて、それらがつながる。それらはきわめて理不尽だけど、本人の中では理路整然としている。この幻の世界が、何かの前触れを示唆している事があり、そこは偶然だけでは語れないものがある。
入院中の母は早く家に帰りたいと盛んに言っていた。母の幻の世界はこうである。家に帰って門から入ろうとしたら、門の前で盆踊りを多くの人がやっていて、入れてくれない。その中に私もいたと言う。そのうち踊り手が、男から女に代わった。だけどどうしても入れてくれなかったと言う。
意識と言う肉体が、実際その行動を起こしているのかもしれない。そのとき、日常では見えないものが時間軸・場所を越えて見えているのかもしれない。
丁度前日ある世話役から電話があり、今年の秋祭りの踊りの時、舞台でカラオケ大会に出て歌って欲しいと言う依頼があり、返事に苦慮していたとこだったが、これと結びつけるのは、早計か。