ユニバーサル開発設計事務所のブログ

自動車業界における開発、設計、原価低減、品質信頼性向上を対象とした開発設計業務を行っております。代表三谷のブログです。

夢か現(うつつ)か幻か

2008-09-15 19:57:10 | Weblog
私たちは夢の世界と現実の世界しか存在しないと通常思っている。私もその通りで、世界は二つしかないとずっと思ってきた。三十年ほど前に父親が亡くなる直前、私に「起きているのでもなく寝ているのでもない。何かもうひとつの日常がある」と話した事がある。頭の切れる冷静な父親ではあったが、「ねぼけてるのでしょう」と私は一笑してしまった。
 最近、母の入院に付き添い話しを聞いているうちに、何かそういう別の次元の世界が存在しているのではないかと思う事がある。
これを幻の世界と仮に名づける。幻の世界は、母の話しから想像すると、時間軸の抜けた事象のみの世界である。更に場所の軸も抜けている。過去あった事が、単発に場所をかまわず出てきて、それらがつながる。それらはきわめて理不尽だけど、本人の中では理路整然としている。この幻の世界が、何かの前触れを示唆している事があり、そこは偶然だけでは語れないものがある。
入院中の母は早く家に帰りたいと盛んに言っていた。母の幻の世界はこうである。家に帰って門から入ろうとしたら、門の前で盆踊りを多くの人がやっていて、入れてくれない。その中に私もいたと言う。そのうち踊り手が、男から女に代わった。だけどどうしても入れてくれなかったと言う。
意識と言う肉体が、実際その行動を起こしているのかもしれない。そのとき、日常では見えないものが時間軸・場所を越えて見えているのかもしれない。

丁度前日ある世話役から電話があり、今年の秋祭りの踊りの時、舞台でカラオケ大会に出て歌って欲しいと言う依頼があり、返事に苦慮していたとこだったが、これと結びつけるのは、早計か。
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Tomonoさんへ

2008-09-12 12:53:51 | Weblog
 コメント有難うございます。生きてうえで、ひとつとして無駄なことはないですよね。どんなに大変なことでも、視点を変えてみれば、すごく勉強になります。退院の日はまだ決まりませんが、このまま再び誤嚥がなければ、私の仕事、八王子に住む妹の都合が最悪の日に退院が決まりそうです。その場合、私が仕事を何とかして24時間当分又つききりになります。下の世話は覚悟を決めてしますが、問題は食事で、昨夜電話で妹と話していて、流動食しか駄目なようなので、赤ちゃん用の離乳食を当分買って、食べさせようということになりました。「窮すれば通ず、貧すれば鈍す」ですね。
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母親の誤嚥(ごえん)から思うこと

2008-09-12 06:12:49 | Weblog
 8月19日に再び転倒し、大腿骨骨折で入院した母親だが、執刀医の技術力により骨折は順調に回復し、9月2日には退院の予定であった。ところが直前に誤嚥(食べ物が食道に入らず誤って器官に入ること)のため、肺炎の恐れがあり、退院が延びた。
 回復したため9月8日に退院を予定していたら、前日の9月7日に、朝の食事でヨーグルトを食べていて、又誤嚥を起こしてしまった。肺の中のものを吸引し、レントゲン検査をし熱と酸素量を調べている。それ以降、昼は家内が夕食は私が病院に行き、食事介護をしている。
 看護婦さんに食べさせてもらっているにもかかわらず、なぜこんなに誤嚥するのかだが、私の考えでは、原因は母親の食べさせてもらうスタイルにあると思う。両手は骨折していなくて使えるのだが、布団の中に入れたままで、口だけ開けて待つという横着なスタイルである。自分で食べる気はないようだ。大げさに言えば、雛鳥が口を天に向け開けて、母鳥の口移しを待っている形だ。
 この形は、器官が拡がる方向に行く。人工呼吸のとき、鼻の穴をつまみ片手で首の後ろを支えて、口から空気を吹き込むことからも分かる。ベットは起こしているのだがどうしても首に力を入れようとせず、ベットによかったままだ。
 私が食事介護のときは、飲みこむ度に、「下を向け」と言いながら、頭を後ろから押している。すると、ときに「いちいち、うるさい」と怒るが、それでも誤嚥されるよりはいいので、スプーンで流動食を口に運ぶたびに、「さげろ」を連発している。
 この介護をしながら思ったのだが、普通、人は食事をするとき、箸を食べ物のとこに自分で持っていく。この動作は、必然的に顔が下を向き、器官入り口がしまる方向に行く。誤嚥を起こしにくくなっているのだと、妙なとこで感心した。
 2歳くらいまでの幼児が水を飲むと、むせる事がよく有る。これはまだ機能の発達が充分でなく、液体の弁別が充分出来ていないためだろう。
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ダッチ松山ツアー無事終了

2008-09-08 22:03:24 | Weblog
 9/6,7日と行われたダッジによる松山ツアーは定員を大幅に割り込んだ参加ではあったが、小学生5名、大学生5名を含む総勢18名の参加で無事終了した。直前に車検を取ると言う離れ業をし、しまなみ海道の多々羅大橋をはさむ前後の起伏の多いインターから入ったダッジは、そのデモをエンストもオーバーヒートもなく無事に遂げた。
 今年卒業した大学生と現在の1年生との共同作業でダッジが再生できたのは嬉しい。もちろんその陰には、ボランティアでサポートや指導をした多くの大人がいることも忘れてならない。
 1927年製のダッジの息を吹きかえらせたと言う大学生の体験は、彼らにとって座学では決して学べない多くの感動を得てくれた信じる。(写真は坊っちゃん列車と並ぶダッジ)
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