ユニバーサル開発設計事務所のブログ

自動車業界における開発、設計、原価低減、品質信頼性向上を対象とした開発設計業務を行っております。代表三谷のブログです。

情報の先出にお許しを

2017-04-30 09:41:23 | Weblog

5月13日(土)、14日(日)に草戸(福山市)では「草戸千軒ビレッジ 歴史まつり」が初めて開かれます。これは昔から行われている草戸稲荷神社の卯之大祭に加えて国宝明王院で行われるいろんな行事や四社寺スタンプラリーなど盛りだくさんです。詳しい内容はチラシを見てほしいのですが、今回非公式に得た情報から皆さんに特ダネをお伝えします。というのが、卯之大祭で毎年行われている空くじなしの福引(1枚100円)です。例年いい景品が出ていたのですが、今まで広報していないのであまり知られていませんでした。今年は特に特賞を80本に増やしています。手元リストによると、32型液晶テレビなどの電化製品、任天堂のゲーム機、自転車、各種ビール24本、お米(コシヒカリ)5kg、金箔入りお神酒など盛りだくさんです。昨年倉敷から来た私の孫は日立のオーブントースターを当て、重宝しています。10枚買うと1枚おまけがつきます。くじに強い人も弱い人も、草戸稲荷に参拝し運試しをしてはいかがでしょうか。
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我が家の牡丹

2017-04-25 15:18:40 | Weblog
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といい、女性の美しさや振る舞いを言うらしいが、芍薬が座ると牡丹のようになるはずがなく、「芍薬は立って見るのが一番美しく、牡丹は座って見るのが一番美しく、百合は歩きながら見るのが一番美しい」という説に賛成。実際我が家に咲いたこの牡丹は座って撮りました。
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集団登校の見守りについて

2017-04-22 20:37:17 | Weblog
 「千葉県で小学3年生の女児の遺体が見つかった事件で、40代の男を逮捕。逮捕の男は女児が通っていた小学校のPTA会長だった」というショッキングな事件が起きた。私は町内会長として、この事件が起きる前から集団登校する児童に付き添う大人の件で、対応に苦慮してきた。子供の両親は、忙しいので町内会で何とかしてくれと他力本願。見守る大人がいない。こんな事件が起きると益々手を挙げる人はいない。無報酬で、何かあると親からクレームがつく。登校児童の見守りについては現在熟考中だが、最終的には親が個々に子供を自分の責任で学校にとどけるしか手がないのではないかと考える。この4月の総会で、この事件の前に、町内会の全員で子供と老人を見守る方法を提案した。まだ実働に入っていないが、うまく行ったらまた発表する。然し根本は組織や仕組みでなく、向こう三軒両隣とコミュニケーションを取ることが肝要だ。
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え!福山市とフィレンチェ(イタリア)が姉妹都市??

2017-04-19 19:23:30 | Weblog
今年の1月にフィレンチェに行き、福山市の1級河川芦田川の下に眠る草戸千軒町の歴史がフィレンチェのルネサンス開花の時と非常に似ていることを確認してきた。昨年草戸千軒ビレッジを立ち上げ、行事の時はこの写真のノボリを立てている。このノボリを見たイタリア在住の知人が、フィレンチェと姉妹都市になってはと驚くような提案があった。人口がフィレンチェは35万、福山は47万で規模としては似ているが、何せ歴史の重みが全く違う。福山の国宝明王院や草戸千軒について、イタリアのフレンチェのようだと最初に言われたのは五木寛之氏で、百寺巡礼に書かれている。不可能であっても、夢のような提案で、福山市民として嬉しく思う。
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久しぶりの緊張感

2017-04-08 19:06:44 | Weblog
私は福山市からの委嘱を受け土木常設員というのを数年前からやっており、2年前に理事になってほしいと頼まれ、軽い気持ちで引き受けた。ところが先月、市役所の管理職の方が3名私宅に来られて、福山市土木常設員連絡協議会の副会長をやってほしいと言われた。どんな基準で選んだのか知らないが、会長に何かあったときの代行だと言われ、会長に何もないだろうとこれも軽い気持ちで引き受けた。誰かがやらなければならないので。
今日13時から理事会があり、14時から総会が市役所であった。いろんな儀式の後、役員の承認というのがあり、会長ひとりと副会長四人と監事二名が選出され、前に出て挨拶をして、280人の土木常設員の方を向いて座った。
私は人の前で話すのは慣れているが、この時はなぜか久しぶりに緊張した。しかも快い緊張感である。総会がすんで午後4時過ぎに市役所から出ると、眺める人がいない爛漫の桜が妙に美しく思えた。
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家族葬に思う

2017-04-08 10:43:19 | Weblog
 親が昨日亡くなったと町内の方が私のとこに先ほど来られた。故人の意志で家族葬にするとのことで、町内会の規則に従い、遺族の同意を得て葬儀後数日して、私の方から町内にその旨回覧をする。
それにしても最近家族葬が増えた。昨年度私の町内で亡くなられた方は3名だが、すべて家族葬だった。いずれの方も後期高齢者であり、体調を崩されてからは施設や病院に入られ、近所付き合いがなかったかもしれない。しかし、元気なころはそれぞれ活躍されていたと思う。
葬儀というのは故人を見送る儀式であるが、単にそれだけでなく生きている我々が生きるということを考える機会でもある。他人の死の儀式に直面し、自分はいかに生きるべきかを葬儀の1時間ほどの間に考える機会を与えられている。家族葬になるとその機会が減ってしまう。また最近は葬儀自体がビジネスになり、事務的になりつつある。
組織の上層部からは、町内会加入率を上げろとプレッシャが町内会長にかかってくる。然し人生の最大事である葬儀すら個人中心の家族葬にどんどん移行しているこの現状に、町内会加入率だけでその力を誇示しようとする上部組織の画一的な思考に疑問を感じる。
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