ユニバーサル開発設計事務所のブログ

自動車業界における開発、設計、原価低減、品質信頼性向上を対象とした開発設計業務を行っております。代表三谷のブログです。

ありがとう この1年

2007-12-29 22:09:15 | Weblog
設計事務所を立ち上げ、最終損益はまだ計算していないが、何とかやってくることができた。人のつながりのありがたさを痛感し、多くの方々に感謝している。

大手の電機メーカで仕事をバリバリ(自分で言うのはおかしいが、少なくとも私の意識の中ではそうだった)やってきて、通用するのは、表面的には論理であり数字であった。確かに、今も、同様な仕事を客先から貰うときには、やはり理屈であり成果である。

しかし、ボランティア的な仕事の比率を高める中で、論理ではなく、感動と気持の部分がかなりの割合を占めると感じている。

私の夢(私だけではないが)を実現したいと思うとき、そこに同調し協力してもらえるのは、論理ではなく気持である。そこには損益の考えはほとんどなく、気持で動いてもらっている。こういう協力者が現れると、私としては、従来論理で成功したときとは違う充実感・幸せ感に浸る事ができる。

私と二~三時間話した人から、別れ際に、「三谷さん、元気をありがとう」言われる事がある。若いときに、「あなたと話すとやる気が出てきた」と言われる事もあった。自分としては、元気を与えようなんていう意識は全くなく、兎に角、相手の話しを聞き、私の考えを話すだけである。過去のことを悔やんでも何も生まれない。今をそしてこれからをどうするかを話す。それに私の夢を混ぜて話す。
こんなことで、勇気を、元気を、あるいはやる気を引き出してもらえるなら、私としては望外の喜びである。

来年もまた是非実現したい夢がある。私がキイマンではないが、ある人のブレーンとして活動させてもらっている。この夢が実現できれば、その人にとっては、大きな成果となるだろう。私にとっても、喜びを共有できる。最高の幸せである。

来年もまた皆と協力しながら、夢列車を走らせよう。
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どうした! 日本

2007-12-06 22:33:07 | Weblog
 先日来、新聞やTVなどで理数系学力の低下が報じられている。OECDは15歳国際調査の結果を報じている。詳細は、別に譲るが、一例を挙げると、日本の科学的応用力は2000年(以下同じ)の2位から2006年(以下同じ)は6位に、数学的応用力は、1位から10位に、読解力は8位から15位にと転落である。
 読売新聞は、「ゆとり」弊害浮き彫り、と見出しをつけている。私が関心を持ったのは、フィンランドのすごさである。科学的応用力は1位、数学的応用力は2位、読解力も2位と言うすごさである。
 私は以前に何回もフィンランドに行った。彼らは、母国語のフィンランド語以外に、英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語などを話す。一人で母国語以外に3ヶ国語くらいを話すと言う。
 その理由は、この国は人口も少なく、国土資源も少ない。生き残っていくためには教育しかないと言うことで、政府が、国を挙げて、海外との仕事が出来るよう、語学に力を入れていると聞いた。
 この結果を見ると、国が力を入れているのが語学だけでなく、あらゆる分野に力を入れている。
 国の政策の効果が、まざまざと出てきた日本とフィンランドの結果である。
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カラスは何でも知っている

2007-12-05 21:51:41 | Weblog
 今日ネーブルの木を見回っていたら、どうもカラスがつついたと思われる痕跡を見つけた(写真)。ネーブルは熟すとさらに黄色が濃くなり、橙色になる。したがってまだネーブルの甘みはない。
 しかし、山や畑に食べる物が少なくなったのか、未熟なネーブルを突いている。まだ酸っぱい。さすがのカラスも、深追いはせず、諦めたようだ。
 さあ、これから熟れて来るネーブルを、カラスにとられる前に採集しなければならないと言う、競争が始まる。
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「私は貴方たちと住む世界が違う」

2007-12-02 19:10:33 | Weblog
今日夕食時、TVを見ていたら、汚職事件で逮捕されたM前防衛次官の妻の特集をやっていた。妻の同時逮捕は珍しいようで、女帝といわれた権力者だったようだ。
妻の出身地の同窓会の案内を妻に送っても、「私は貴方たちと住む世界が違う」と言って出席しなかったそうだ。本当にそういったのかどうか、真実は私には分からないが、そうは言ってないとしても、そういったと言われれば、なんとなく納得してしまう逮捕だ。
この言葉を聴きながら、なるほどと納得したのは私一人ではあるまい。元女帝さんの住む世界は、私たちと同じ世界でなく、私達が普段住むことのない「留置所」だから、世界は違う。
元女帝さんは、それを察知していたのかもしれない。皮肉なことだ。
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井戸・塀は今

2007-12-01 20:44:20 | Weblog
 昔、清貧な政治家の家には「井戸・塀しか残らない」といったそうだ。資産と徳のある人が、政治家を志し、国をそして社会をよくしていこう、住みやすい国を作るため自分の資財と心身を投げ出し努める。その結果残るのが、どうにもならない「井戸・塀」らしい。
 今、話題になっているM元防衛次官はどうだろう。他の色々言われている政治家はどうだろう・・・・・・・・。
 同じく昔の国会議員が演説で次のようなことを言ったらしい。
「国のため自分のためになることをする政治家は賢人だ。国のためにはなるが自分のためにはならない政治家は善人だ。国のためにはならないが自分のためにはなる政治家は悪人だ。国のためにも自分のためにもならない政治家は愚人だ」と。悪人は国のためにもなっていると主張する、すなわち賢人ぶるので、なかなか見分けがつかない。
 なんとなく、今は悪人の政治家が多いような気がするのは、私の錯覚か。悪人は、最後はばれて、財産を没収され、やはり残るのは金にならない「井戸・塀」だけか。こんなことを言うと、「井戸・塀しか残らない」の意味が180度変わってしまう。
 賢人や善人の政治化を選ぶのは我々の責任だが・・・・・・・・・。来年は衆議院選挙がある。

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