ユニバーサル開発設計事務所のブログ

自動車業界における開発、設計、原価低減、品質信頼性向上を対象とした開発設計業務を行っております。代表三谷のブログです。

小説 ~草戸千軒哀歌ミステリー~ やぐらは語る(6月号)

2020-06-27 10:37:37 | 小説
ー「カテゴリー」を「小説」にすると、前回から続けて読めますー

第一章 やぐらとの出会い(つづき)

【この五重塔は一三四八年に建立された。南北朝時代の(貞和四年)十二月十八日だ。建立を進めたのは、沙門頼秀(しゃもんよりひで)という坊さんだった。昭和二十八年に国宝に指定された。日本の指定文化財五重塔の中で五番目に古い】
そこまで老人はガイドのように一気に喋り、玲奈と萌の方を向き、
「それからガイドは、明王院と草戸千軒の関係について話すんだ」
と言い、またガイド調になり、
【明王院は、当時常福寺と呼ばれていたが、常福寺の目の前には、今も芦田川と言う一級河川が流れている。芦田川の中州には草戸千軒と言う町があった。中世鎌倉室町時代のことだ。常福寺のあったころは、草戸千軒町は貿易の拠点として栄えた。川下には鞆(とも)という古い潮待ちの港町があり、瀬戸内海に入った大きな船が草戸千軒町まで来たが、ここより上流の長和(ながわ)とか府中などに行くには、大きな船では行けず、この草戸千軒町で小さな船に載せかえて川を上るか、陸路を通った。すなわち、交易の拠点及び通過点であった。草戸千軒町は何度も洪水で流され、そのたびに新しい町ができた。昭和時代の発掘で、そこに住む人たちは高い文化と経済力を持っていたことがわかり、芦田川の中に沈んでしまった町からの出土品は、広島県立歴史博物館に現在展示保管されている】
と、老人は話した後、
「しかし、ガイドは大事なことを話していない」
と、低く強い口調になった。
「大事なことってなんですか」
萌が訊ねると、
「わからんのか、小学生でもこんなガイドの説明を聞くと疑問に思い、質問する。だから大人は、駄目なんだ」
と言い、少しさびしそうな顔をする。
「なぜ、この五重塔は建てられたのかと言うことだ」
「うんうん、知りたい」
と、二人は身を乗り出した。
「ガイドは知らないので、いい加減な説明をしている」
「ガイドさんが、いい加減な説明しかしないというのは、当時の資料がないからではないですか」
と、玲奈が言うと、
「そうだ、資料はない」
『だったら、お爺さんの説明も想像で作り話ではないですか』
と言いたかったけど、二人はこの言葉も飲み込んで、
「ガイドさんのいい加減な説明とはどんなのですか」
に、玲奈は質問を変えた。
「ここからガイドの説明は丁寧になり、話しかける口調になるんだ」
と、老人は言う。
【皆さん、人は金がたまり名誉も手に入れると、次に欲しくなるのは何でしょうか。そうです、自分が死んだ後、すなわち死後に安寧な日々を送れる世界です。それを求めて庶民は五重塔を建てました。今は限られた時のみ、五重塔の初重(しょじゅう)の開扉が行われます。年に一度のこの開扉の時には、ぜひ明王院に来て、初重のなかの世界をご覧ください。中央にはご本尊の弥勒菩薩(みろくぼさつ)が祀られ、両脇侍は不動明王と愛染(あいぜん)明王です。初重は弥勒の世界です。弥勒菩薩の後壁画、兜率天曼荼羅図(とそつてんまんだらず)が五重塔建立の頃から設置されていました。今、本物は東京国立博物館にあります。兜率天とは極楽浄土の事です。弥勒の世界の初重は、美しく柱や壁や天井が彩られ、みんなが望む極楽浄土の世界です】
「そして、ガイドは自分の説明が正しいことのダメ押しを言うんだ」
【皆さん、先ほど、この五重塔が日本で五番目に古く建てられたと話しました。一番古いのは法隆寺、二番目は女人高野と言われる室生寺、醍醐寺、海住山寺(かいじゅうせんじ)と続きますが、これらはいずれも京都・奈良にあります。それが常福寺の五重塔は、都から離れた田舎の福山にあります。京都奈良の五重塔と大きく違うのは、前の四つの寺や塔の建立はいずれも天皇家などとかかわりがありますが、この明王院の塔は庶民が金を出し合って建てたことです。それは相輪(そうりん)の下部にある伏鉢(ふくばち)と言う部材に「一文勧進」と刻んであることで分かります。庶民の寄進で建てた五重塔としては日本で一番、いや世界で一番古いのです。そこに草戸千軒の人達は死後の自分を重ねたのです】

そこまで話を聞き、玲奈と萌は、昨年一緒に行ったスペインにあるサグラダファミリアのことを思い出していた。(写真は夜のサグラダファミリア)
この教会も、信者からの寄進と拝観料だけで工事が続けられており、百年以上たった今でも完成してない。
確か二千二十六年の完成予定と聞いた。
この教会の建立は、金品を出したり、善行を積んだりして,現世で犯した罪をつぐなう贖罪(しょくざい)、言い換えればマイナスからスタートしている。
他方、明王院の五重塔は現世の行いを否定せず、ゼロからスタートしている。
どちらも、死後に行く未知の世界の自分の在りようが、建立の原点にある。
この違いはあるが、現在でも寄進で建てるのは難しいのに、当時の人達が、一文ずつ勧進をして、こんなにも美しく立派に建てた明王院の五重塔は、お金だけでなく他の何か別の想いも入っているのではないかと、二人はふっと思った。
 老人の話を黙って聞いていた玲奈が
「ガイドさんの説明は納得できるのですが、違うのですか」
と聞くと、老人は黙って立ち上がり、二人をやぐらの方に案内した。

六月だというのに妙に涼しい風が、先ほどから吹いている。
若く活力のある玲奈と萌なのに、鳥肌が立っている。
やぐらの前に老人に促されてひざまずくと、まだ昼だというのに周囲は妙に暗い。
山が西側にあるので、早く太陽の光が遮られるのかなとは理解するが、妙な感じで、二人は顔を見合わせた。
逃げ出したい衝動に駆られるが、うまく動けない。
まさかお化けは出てこないだろう。
二人は覚悟を決めて、老人の話を聞くことにした。
そばで見ても、やぐらは岩壁を掘った穴があるだけで、特にどうとかいうものではない。
お墓と言うけど、中に何かあるようでもない。
お墓なら前にお供え物があってもいいようだけど、それもない。
老人は、やぐらに向い手を合わせるように指示した。
「こうして手を合わせると、声が聞こえてくるんだ」
二人は背筋が寒くなり、自然に体を寄せ合い、お互いに相手の体温を感じようとした。
手を合わせても何にも聞こえてこない。
「若い女の泣き声が、聞こえてくるじゃろう」
手を合わせたものの、どう祈ればいいかわからない。
しかし、声を出して、なにかお経でもあげなければ、本当に女の泣き声が聞こえてきそうだ。
本堂のご本尊は、十一面観世音菩薩なので、
「おん あろりきゃ そわか」、
五重塔は、弥勒菩薩なので
「おん まいたれいや そわか」
なのだが、若い二人が知っているはずがない。
ましてや、今、手を合わせているのは、本堂でも、五重塔でもない、やぐらと言うお墓である。
二人は、一般的な「南無阿弥陀仏、なみあみだぶつ」
を、くりかえした。
訳が分からなくても声を出して拝むと、恐怖心が少し和らいだ気がした。
法事などに参列して、お経をあげた経験はあるが、配られたお経の本を読むだけで、こんなに真剣に声を出してあげたのは、初めてである。
なにか黄泉国(よみのくに)の入り口に佇んでいるような錯覚を覚えた。』(七月号につづく)

「草戸千軒哀歌ミステリー やぐらは語る」は9月の上梓に向けて動いています。本小説はフィクションですが、明王院にやぐらはあります。コロナがまだ終息していませんので、明王院にやぐらを見に来るのはお控えください。2021年の4月の第三土曜日に、明王院を愛する会の公開が実施できれば、この時、ご希望の皆様を、ご案内します。

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明王院を愛する会が明王院紹介のユーチューブをアップ

2020-06-19 19:48:49 | Weblog
 広島県福山市にある中道山明王院では、決められた第三土曜日に、普段公開していない書院や庫裏などをガイド付きで皆さんに案内してきました。我々が活動を始めて8年目になりますが、今年度は公開がすべてコロナ禍で中止となりました。そこで、皆さんに少しでも明王院に親しんでもらおうと考え19分のユーチューブ放映を6/19から始めました。
2015年にDVD(ブルーレイ)で発行した「至宝に出会う 国宝の寺・明王院探訪」の一部更新版です。明王院の庫裏でいつも放映しています。下記のURLで、気楽に懐かしく落ち着いて見ていただくことができます。新しい発見もあると思います。
 初めての方もすでに見たことがある方も、楽しんでください。そして公開を再開したらぜひ明王院に足を運んでください。
  https://youtu.be/kLUYmV3FPCk
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