11/15,11/18の新聞に掲載された懇談会および専門委員会で、新たに「遺構を埋め戻し、後世の判断にゆだねる」と言うのが提案され、その可能性も議論されると言う。
これを提案された方を私は存じており、非常に温厚で常識的な方で、社会的に地位もあり博学の方だ。
その方の提案だからと言うのではないが、私はこの記事を読んだとき、まさにこれこそ福山的解決法だと妙に納得し、昨夜、賛同の電話をいれた。
兵庫県の姫路から福山に移ってきて6年。いい意味でも悪い意味でも福山の文化・習慣・考え方がわかってきた。周囲の意見を聞きながら、なるべく波風を立てず仲良く暮らすと言う風土。この特質をもつ福山で、遺構問題はあまりにも荷の重いテーマである。
私自身も残すことに賛成し約500人の署名を集めた。しかし片方では、福山に住んでみて、駅前の不便さには不自由しているし、地味で活力の見られない駅前には失望している。
こんな中、遺構を残しながら利便性をあげようと言う、さきの市の方針転換には大いに共鳴した。しかし、現実は難しいようだ。多くの優秀な方を集めて市は検討しているようだが、なかなか妙案が出ないようだ。
そこに時間との戦いがあり、限界があるのなら、今回の「埋め戻し案」と言うのは、逃避ではなく、ひとつの案ではないだろうか。
もし「埋め戻し案」が決まれば、福山と言う町は、全国的にいい意味での評判は立たないかもしれない。
しかし、「後世の判断にゆだねる」と言うのは、現時点でのベストの選択であり、まさにこれこそ福山だと言え、後世に評価されるのではないか。
これを提案された方を私は存じており、非常に温厚で常識的な方で、社会的に地位もあり博学の方だ。
その方の提案だからと言うのではないが、私はこの記事を読んだとき、まさにこれこそ福山的解決法だと妙に納得し、昨夜、賛同の電話をいれた。
兵庫県の姫路から福山に移ってきて6年。いい意味でも悪い意味でも福山の文化・習慣・考え方がわかってきた。周囲の意見を聞きながら、なるべく波風を立てず仲良く暮らすと言う風土。この特質をもつ福山で、遺構問題はあまりにも荷の重いテーマである。
私自身も残すことに賛成し約500人の署名を集めた。しかし片方では、福山に住んでみて、駅前の不便さには不自由しているし、地味で活力の見られない駅前には失望している。
こんな中、遺構を残しながら利便性をあげようと言う、さきの市の方針転換には大いに共鳴した。しかし、現実は難しいようだ。多くの優秀な方を集めて市は検討しているようだが、なかなか妙案が出ないようだ。
そこに時間との戦いがあり、限界があるのなら、今回の「埋め戻し案」と言うのは、逃避ではなく、ひとつの案ではないだろうか。
もし「埋め戻し案」が決まれば、福山と言う町は、全国的にいい意味での評判は立たないかもしれない。
しかし、「後世の判断にゆだねる」と言うのは、現時点でのベストの選択であり、まさにこれこそ福山だと言え、後世に評価されるのではないか。