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木炭自動車、バス

2015年06月21日 | 技術  道具・伝承・歴史

車体の後部から白い煙、やっとこさぁ~・・・・坂を上る
途中で降りて皆で押す・・・田舎のバス

 

  前回『松根油』をupしましたら、多くの方から関心を頂いた。
ブロガーからのコメントで、≪子供の時代に木炭車が街を走っている記憶があります≫
そこで、pc検索頼りに木炭自動車、バスをまとめました。

  木炭自動車の思い出

  バスもトラックも有りました。
エンジンが掛かるまの準備が大変。木材を燃やしガスを発生させる。
窯の中からモクモクと煙が舞い上がった。
それからしばらくして、エンジンを始動して走行に入る。

  木炭で何故車が動くかの原理は知り得ていない。


  バスの車掌さんが”発車オーライ”言ったはよいが、坂道でエンコして動かなくなる。
乗客は降車して、後ろや脇に群がって坂道を押し上げる。
こんなことは日常茶飯事でした。

        田舎のバス・中村メイコ


  木炭車トラックも。

木炭の窯を荷台の運転席の後方に設置され、煙をふかしながら走った。力は無かった。

 1920年代から1940年代にかけ、戦時体制にあって正規の液体燃料(ガソリン、軽油など)の供給事情が悪化して国々で広範に用いられ、多くの人達の目に映った。 


    木炭車 昭和12年頃
 
  
                         宮城(皇居)に入る木炭バス(1941年)

  昭和12年日華事変が勃発し、石油の輸入制限が厳しくなりました。
市営バスでは、同年秋頃からガソリンの入手が困難になることを見越し、代用燃料車として木炭自動車の採用を研究していました。

  昭和13年になると、バスに対するガソリン配給割当は激減し、木炭自動車を本格的に採用せざらるを得なくなりました。

 

  木炭貨物車

 ←クリック
運転席後ろに設置されていた木炭窯

                                     ↑ の画像は、「ウイキペティヤ百科」、「昭和は遠く」から出典

 

    youtubeによるバスの始動準備から発進まで

     木炭自動車 エンジン始動準備1

     木炭自動車 エンジン始動準備3

     木炭自動車 エンジン始動準備4

        


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