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「『成院』と『戒院』」21

2020年11月10日 | T.B.2017年
「………」
「………」

テーブルを挟み、
距離を取って座った2人の
沈黙が続く。

出されたお茶も
手が付けられないまま冷めていく。

「分かっては居たんだ」

そう切り出したのは成院。

「あの子が俺を見つけた時から
 こうなる気はしていた」

お前の娘だろう、と
成院は問いかける。

「未央子だ」
「良い名前だ。
 晴子との子、か?」
「ああ」

それを聞き、
成院は頷く。

「それは、よかった」

「よかった、だと!?」

今、この時は戒院に戻った『成院』は
拳を握りしめる。

「お前の名を名乗り、
 恋人と結婚し、子供も産まれ、
 次期医術大師だと言われ」

「………そうか、大医師に、
 お前なら、間違い無いだろう」

「代わりにお前は自分が死んだ事にして
 村を出て、南一族のふりをして、
 ひっそりと暮らしている」

「ああ」

「俺が、それをすんなり、
 よかったと受け入れると思っているのか!!」

全部分かる。
この愚かな双子の兄の事は。
何を考え、何を行動するのか。

あの時、感染症に冒された者は
皆一律に命を落とした。

病が進行した者も居れば、
感染の拡大を防ぐ為に
薬で眠らせられた者も居る。

戒院は奇跡的に薬で助かった、
しかし、それは敵対する一族に忍び込んで得たもの。
公にはできない。

その上、戒院の病は宗主に知られていた。

死が決まっていた。

だから成院は提案したのだろう。
自分が姿を消し、
そして戒院が『成院』として生きれば良い、と。

「俺はっ」

戒院の怒りは、苛立ちは募っていく。

「自分に腹を立てているよ」

何も気付かず、
今まで、のうのうと生きてきて。
時には『成院』で居ることがつらいとさえ
言いながら。

「悪かった。
 知られるつもりは無かったんだ」

成院は立ち上がり、
窓の外を眺める。

「この村も出て行くつもりで居た。
 長い事住んでいたから、
 愛着が湧いて、出遅れてしまった」

「はあ?」

「お前も知っているんじゃないか?
 東一族からこの村に移住してきた者がいる。
 見つかる前にと思っていた」

むしろ、と
成院は言う。

「こんな近くで、故郷の誰にも知れず
 今までよくやってこれたもんだ」

「………また」
「うん?」
「またどこかに行くつもりか?」

「ああ」
「………」
「お前とはこれっきりだ。
 俺の事は今まで通り死んだ者だと思ってくれ」

ガタン、と戒院は立ち上がる。
その勢いでカップが倒れ
中身が床にこぼれ落ちるが
今はそんな事に構っている場合ではない。

成院の襟ぐりをを掴むと
一発拳をたたき込む。

「………っつ!!」

避けられたであろうそれを
あえて受ける成院に腹を立てながらも
今ので自分の苛立ちをぶつけるのは終わりだ、と
戒院は拳を下ろす。

「帰るんだ」

「………は?」

「まだ間に合う」

戒院は言う。

「やり直すべきだ。
 全て話して、なにもかも」

いや、
いいや、と成院は首を振る。
何を言っているんだ、と。

「許されるわけがない」

「それでも、だ」

「分かってくれというのか?
 今までの十数年は
 全部、欺いた物だったと
 皆にそう言えというのか?」

そうだ、と戒院は頷く。

待ってくれ、と成院は答える。

「無理だ」

今さらどの面を下げて、と
懇願する。

罰を受けるだろう。
その覚悟はある。
いつかは、と思っている。

でも、それは
今ではない。

「放っておいてくれ。
 いいじゃないか、このままで」

「駄目だ。
 それは許されない」

分かっている。
成院にとっても、戒院にとっても
それは今までの全てを壊すことになる。

戒院だって
等しく宗主の裁きを受ける事だろう。

それでも

「罰を受けたとしても、
 お前は全てを明らかにして
 帰らないといけない」

あまりにも横暴だ、と
成院は首を振る。

「お前に俺の何が分かると言うんだ」

「わかるさ」

戒院は答える。

「俺はお前だ。
 お前の知らないお前の事も分かっている」

「何が」

「お前はずっとこの村で暮らしてきた。
 だから、知らないんだ。
 残された者の事を」

「残された?」

戒院は頷く。

「素子(もとこ)と
 関係を持った事はあるか」

「なにを?」

それが何か、と成院は答える。

「あるのか、ないのか、聞いている」
「………」

こくり、と成院は頷く。

なら、間違いが無い、と
戒院は確信を得て成院に告げる。

「1人子供を育てている。
 武樹という男の子だ。
 素子は父親が誰だと決して言わないが」


「あれは、お前の子だ、成院。
 お前によく似ている」


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