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「悟と行子」4

2014年09月26日 | T.B.2002年

 次の日。
 彼女のもとへ、再度、彼は赴く。

 彼女の部屋に、ほかの誰も、立ち入らない時間に。
 見計らったように。

 けれども

 彼女は、そんなこと、気にも留めない。
 おかしなことだと、気付かない。

 彼は、部屋の中の、彼女の前に坐る。
 彼女は、彼を見る。

「昨日さ」

 彼が、話し出す。
「俺のこと、誰かに話した?」
「いいえ」
 彼女が云う。
「話す人が、誰もいないので」

 思った通りだと、彼は頷く。

 彼女が訊く。
「誰か来たら、話したほうがいいですか?」
「そこは、ふたりの秘密だろ」
「秘密?」
 彼女は、首を傾げる。

「まあ、いいや」

 わざと、彼は軽く云う。

 こうしたほうが、彼女も、きっと、流す。
 深く考えず、ただ、流してくれればよい。

 彼は、昨日と同じように、部屋を見渡す。

 彼女を見る。

「それ」

 彼女は、彼の視線を追う。
「これですか?」

 彼女は、片手を少し上げ、袖をまくって見せる。
 彼女の手首に、東一族特有の装飾品が、つけられている。

「うちの一族に、その飾りはないな」
「めずらしいですか?」
 云うと、彼女は、装飾品のひとつをはずす。
 彼に、差し出す。
「……よかったら」
 彼は、彼女を見る。
「くれるのか?」

 彼女は頷く。

 少し考えて、彼が云う。
「それ、次期宗主から、もらったものだろ?」
「いいえ」

 彼は、首を傾げる。
 そういう関係ではない、ということだろうか。

「……でも。俺は、何も持ってないけど」

 彼は、自分の服を探ってみる。
 何もない。

 彼女は、首を振る。
「いいんです」
 云って、再度、東一族の装飾品を差し出す。
「じゃあ、もらうよ」
 彼は、それを受け取る。
 見る。

「女物なんです」
 彼女が云う。
「たぶん、あなたの腕には入らない」
 さらに
「……なので、あなたの、彼女様のおみやげにでもなれば」

 その言葉に、彼は目を見開く。
 彼女は、彼を見ている。

 知っている?
 自分のことを、何か、気付いている?

 それとも、ただ云っただけ、の、偶然?

 焦るのを押えて、彼は、息を吐く。

「せっかくもらうのに」
 彼が云う。
「おみやげになってもいいのか」
 彼女が頷く。

 微笑む。

「だって、もらえたら、うれしいじゃないですか」

 ……ああ

 同じ一族に閉じ込められて、可哀相なやつ、と、思っていたけれど
 そうやって、笑うんじゃないか。

 彼は、ふと、部屋の天井を見る。

「あいつ、何してんのかな」

「あなたの帰りを、待っていると思います」

「まさか」
「待っていると思います」
「帰りを?」

「待っています」

 彼女が笑う。

「そうか」
「仕合せですね」
「変なやつだな」
「え?」

「あんたが、だよ」



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