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奥州市・白鳥舘遺跡 12世紀の建物跡4棟出土

2009年11月24日 | Weblog
 奥州市世界遺産登録推進室は22日、同市前沢区の国史跡・白鳥舘遺跡で本年度第8次発掘調査の現地説明会を開き、国史跡指定外の南西側低地の水田から12世紀の掘っ立て柱建物跡4棟の出土を報告した。
 同遺跡が奥州藤原氏の時代に周辺の平地にまで広がりを持って利用されていた可能性が高まった。
 第8次調査は7月15日~12月10日の予定で、合わせて約560㎡を発掘。このうち遺跡南西部の水田は、昨年度の第7次調査で12世紀の掘立柱建物跡の一部が見つかっていたことから、その東側への広がりを重点的に調査した。この結果、12世紀の掘立柱建物跡4棟と溝跡3条、土坑1基、かまど状遺構1基、柱穴多数が見つかった。
 最も大きな建物跡は南北2間(3・8m)、東西6間(13m)。同じ位置から、建て替えたと推定される規模と形状の共通するもう一つの建物跡が出土した。柱跡からいずれも南北両側に庇があったことが判明した。柱穴に堆積した土から12世紀の手づくねかわらけ、ろくろかわらけの破片が出土した。出土した遺物から12世紀の建物群と推定される。
 その東側に並んで、南北2間・東西3間、南北1間・東西3間の建物跡が確認された。
 12世紀以外の遺物が出土していないので、何を目的とした建物かは分からないが集落ではない可能性が高いとする。
 白鳥舘遺跡は北上川に半島状に突き出た丘陵の、同川と白鳥川の合流点南東約700mに位置する。安倍頼時の八男白鳥八郎則任(のりとう)の居城と伝えられるが、奥州藤原氏との関連性が低いという指摘を受けて世界遺産登録を目指す「平泉の文化遺産」の構成資産から今春、外れた。
 2003年からの発掘調査で10世紀の竪穴住居跡や11世紀の土器が含まれる地層、15世紀の堀跡や大規模な整地跡などが見つかっている。

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 奥州市・白鳥舘遺跡 初の「藤原氏時代」遺構
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