歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

向日市・五塚原古墳 後円部が正円形と判明 遅くとも箸墓古墳と同時期に造られた

2015年12月17日 | Weblog
 向日市埋蔵文化財センターは16日、同市寺戸町の全長91.2mの前方後円墳「五塚原(いつかはら)古墳」(3世紀半ばから後半の築造)の後円部が正円形だったと発表した。
 同センターは9月から、後円部の東から北東にかけて2か所を調査。これまでの成果と照合したところ、直径約55mの正円形であることが判明した。 各段の下側に10~50cm大の石を巡らせ、斜面や平坦面に拳大の葺石を敷き詰めていた。
 古墳の東側は箸墓古墳と同様に、丘陵を削り平坦にしたところに盛り土をしていることが分かった。
 纒向古墳群(桜井市)の勝山古墳(全長115mの前方後円墳)をモデルにした可能性がある。
 また、正円形で3段の後円部と、2段の前方部で構成される古墳には、3世紀後半の西殿塚古墳(天理市)、4世紀前半の崇神天皇陵(天理市)などがあるが、五塚原古墳が大型前方後円墳の原点となった可能性があるという。
 同古墳の前方部の形状が、箸墓古墳(桜井市)と同時期の築造とされる東田(ひがいだ)大塚古墳(桜井市)と一致することも判明し、遅くとも箸墓古墳と同時期に造られたことがより確実になったとしている。
 現地説明会は19日(土)午前11時~午後3時に開かれる。
[参考:京都新聞、産経新聞、読売新聞、KBS京都、五塚原古墳第5次発掘調査現地説明会資料(立命館大学文学部)]

過去の関連ニュース・情報
五塚原古墳
2012.9.21
 五塚原古墳、元稲荷古墳、寺戸大塚古墳の順で築造された。
2013.8.22
 前方部から後円部へせり上がる「隆起斜道」(推定幅6m)のうち幅1.5m分が長さ約2mにわたって確認された。
2014.10.21
 前方部が2段と判明し、構造が箸墓古墳と一致。後円部の平面形は正円でなく楕円形の可能性。

後円部は正円、大王墓の原点か 京都・向日、五塚原古墳(京都新聞)
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長浜市・塩津港遺跡 平安時代後期の構造船の一部が見つかる

2015年12月10日 | Weblog
 滋賀県文化財保護協会が10日、長浜市西浅井町塩津浜の塩津港遺跡で、「構造船」の一部が見つかったと発表した。琵琶湖では、平安後期に既に構造船が使われていたことを示す発見となる。
 12世紀の地層から出土した部材は、長さ205cm、幅58cm、厚さ11cm。針葉樹とみられる。構造船の部材としては最古という。
 部材は、どこの部分かは分かっていないが、板の厚みから船は長さ17m、幅約2.4mを超えるとみている。
[参考:共同通信、産経新聞、京都新聞、毎日新聞]


過去のニュース・情報
2009.2.27塩津港遺跡 平安末期の精巧な船形木製品が出土
 平安末期の精巧な船形木製品が見つかった。平底で、船尾が切り落ちた特徴を持ち、船体には梁2本が前後に渡る。側壁部には木片で埋めた穴が等間隔に計10カ所ある。船首に削り跡と釘穴、前部梁に凹みがあり、旗や帆があった跡とみられる。室町期ごろに登場する構造船の形態を示しているが、200年ほど遡ってその姿を現している。出土した船形木製品は写実性が高く、琵琶湖で使われた全長10m前後の運搬船をモデルにしたとみられる。
塩津港遺跡


平安後期の構造船部材が出土 滋賀・塩津港遺跡、琵琶湖水運で活用か
琵琶湖に国内最古級の構造船 滋賀・長浜の塩津港遺跡
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