歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

八尾市・東弓削遺跡 由義宮跡(推定)から 「優婆夷」と墨書された土器(皿)が出土

2018年01月23日 | 竹姫(浄岸院)
 道鏡が建立した由義寺(ゆげでら)跡とされる大阪府八尾市の東弓削遺跡で、「優婆夷(うばい)」「寺」と墨で書かれた土器(素焼きの皿・直径17cm)が見つかっていたことが分かった。
 優婆夷は、在家の女性信徒を意味する。「優婆夷」と書かれた土器は全国でも例がないという。
 土器(皿)は塔跡の北東約600mの天皇の離宮「由義宮(ゆげのみや)」跡と推定される一角から出土した。皿の裏面に「優婆夷」と墨書されていた。その下にも1文字あり、土器が欠損して判読できないが、女性信者の個人名ともみられるという。
 墨書土器は、大阪府大阪狭山市池尻中の府立狭山池博物館の特別展で28日まで公開される。


関連ニュースおよび情報
 由義寺跡

 平安京跡左京八条三坊十四町(八条院町、現京都市下京区塩小路町)から、「尼優婆塞優婆夷求声聞者求辟支仏者求」と書かれた木簡が出土している。


道鏡の寺に女性パトロン? 由義寺跡から墨書土器、裏面に徳の高い女性信者表す「優婆夷」
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鳥取市・青谷横木遺跡 「女子群像」板絵の材質は杉と判明 国内で制作か?

2018年01月22日 | Weblog
 鳥取市青谷町の青谷横木遺跡から出土した国内2例目とされる古代の女子群像(7世紀末~8世紀初め)を描いた板絵について、板の材質が日本固有種の杉だったことが県埋蔵文化財センターおよび奈良文化財研究所(奈良市)の調査でわかった。
 昨年9月10日に県埋蔵文化財センターが市内で開いたシンポジウムの中で、現時点での速報として報告していた。
 彩色については、顔料に含まれる鉱物の有無を調べたところ検出されなかったため、色付けせずに墨だけで描かれていたらしい。 同センターは、鳥取など国内で描かれた可能性が高いとしている。 同遺跡からは、杉でつくられた祭祀具や木簡も出土している。
 板材の「放射性炭素年代測定」の結果からは、推定をはるかに遡る「3世紀前半~4世紀前半」との結果が出たが、「年輪年代測定」では年代は特定できなかったという。 古い板を転用した可能性もある。
[参考:読売新聞、2017.9.12朝日新聞]

過去の関連ニュース・情報
 女子群像を描いた、高松塚古墳と同時期の板絵が見つかる
 青谷横木遺跡
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亀岡市・佐伯遺跡 奈良時代創建の寺院跡か

2018年01月20日 | Weblog
 京都府埋蔵文化財調査研究センターは17日、亀岡市稗田野町の佐伯遺跡で、奈良から平安時代の柱穴や大量の軒丸瓦や、仏塔を模した土製の「瓦塔(がとう)」の一部が見つかったと発表した。寺院の痕跡と見られる。
 佐伯遺跡は縄文時代から鎌倉時代にかけての集落跡で、調査は2015年度に始まり、奈良時代に役所があり集落が形成されていたと推測されている。
南北に並ぶ方形柱穴(一辺1m弱)10個を南北24mにわたり連なって確認。東西には柱穴がないことから、建物ではなく比較的規模の大きい塀があったと考えられるという。付近からは瓦塔の屋根の一部や、蓮華紋が刻まれた軒丸瓦や丸瓦など大量の瓦が出土した。瓦塔や瓦の形式などから8世紀の奈良時代から9世紀の平安時代前期にかけの遺構とみられる。綾部市の綾中廃寺(注)と同型の瓦が見つかり、古代の亀岡と綾部で職人同士のつながりがあったと考えられるという。
 約100m離れた場所からは平安時代の墨書土器や皿、木簡などが出土した。
 同市内ではこれまで、丹波国分寺・国分尼寺を中心に4カ所で古代寺院跡が出土しており寺院や役所のある佐伯遺跡は地域の拠点だった可能性があるとみている。
 20日午前10時半から現地説明会がある。
[参考:京都新聞、産経新聞、毎日新聞]

過去の関連ニュース・情報 
2017.1.⒛ 佐伯遺跡で奈良時代の建物跡など出土
佐伯遺跡で、奈良時代の掘っ立て柱建物跡3棟が見つかった。建物跡は方位を北にそろえて建てられていた。
 蹄脚円面硯(ていきゃくえんめんけん、直径約20cm)や、「正福」と記された墨書土器も見つかった。
 ほかにも平安時代の掘立柱建物跡2棟や緑釉陶器などが発掘された。[参考:朝日新聞]

(注) 綾中廃寺
綾部郷の中央部には七堂伽藍のあった所という伝承があり、近からは古代寺院の礎石や軒丸瓦・同平瓦、風鐸の風招(銅製)、須恵器などが出土している。 軒丸瓦のうちには山田寺式(7世紀末)と藤原宮式(8世紀初)のものがある。

佐伯遺跡の西北約5kmのところにある、天台宗神尾山金輪寺(亀岡市宮前町宮川神尾山)は延暦2年(783)に西願上人により創建というので、気になる寺院である。日本最初の医学書『医心方』を著した丹波康頼(912-995)の五輪塔があり、本尊の薬師如来像は、康頼の六代後の基康が康頼の念持仏を胎内に納めたものを寄進したと伝わる。
現在、東京国立博物館「仁和寺と御室派のみほとけ」展で「医心方(巻一、巻九)」(12世紀、国宝)が展示されている。

2018.1.30追記
約1か月後に、東大寺二月堂で行われるお水取り(修二会)、それに先がけて若狭のお水送りの行事が行われる。
いろいろと調べていくと、若狭神宮寺(神願寺)と和久寺(福知山市)、綾中廃寺(綾部市)、佐伯遺跡(亀岡市)から出土する瓦が、各々同型の瓦、すなわち山田寺式(7世紀末)ないし藤原宮式(8世紀初)が出土している可能性がある。より詳しい資料を探してみたい。

<佐伯遺跡>柱穴や軒丸瓦出土 奈良〜平安の寺院か 亀岡 /京都

佐伯遺跡地図


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奈良市・平城京左京二条四坊 「宮寺」と墨書された土器が出土

2018年01月18日 | Weblog
 奈良市法蓮町の平城京左京二条四坊十坪の発掘現場で、8世紀中頃の須恵器の杯か皿とみられる土器の底部外面に「宮寺」と書かれていたことが分かった。
法華寺(同市法華寺町)の前身寺院で、藤原氏出身の光明皇后が創建した宮寺を指すと推定。奈良時代(8世紀)の高級貴族の邸宅跡とみられ、藤原氏との関係をうかがわせる。
 続日本紀によると、宮寺は父親の藤原不比等の邸宅を受け継いだ光明皇后が天平17年(745)に創建。その後、法華寺に名前が改められた。
 調査地は法華寺から南東へ約800mに位置する。
[参考:奈良新聞]

過去の関連ニュース・情報
 奈良市・平城京左京
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北アルプス・鹿島槍ケ岳のカクネ里雪渓が国内4例目の氷河と確認

2018年01月17日 | Weblog
 北アルプス・鹿島槍ケ岳(標高2889m)のカクネ里雪渓(長野県大町市)が氷河と確認されたことが17日、信州大学や同市などへの取材で分かった。
 国内では立山連峰の3カ所(富山県)に続き4例目。
[参考:時事通信、2017.11.1 朝日新聞]

過去の関連ニュース・情報
 2011.12.31 富山県立山町・剱岳 3ヶ所の雪渓で氷河を発見
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1月17日、東京国立博物館「仁和寺と御室派のみほとけ」展を観てきました

2018年01月17日 | Weblog
 今日、東京国立博物館で昨日より開催された「仁和寺と御室派のみほとけ」展を観覧してきました。
 朝9時15分頃に正門に着いた時は30人近くが並んでいました。天気はよくないし、人気の葛井寺の千手観音菩薩坐像はまだ展示されていないし、入場者は思ったより少ないです。
 写真は、江戸時代に再建された仁和寺・観音堂を再現したもの。ここだけ撮影可でした。
   

 仁和寺金堂の本尊・阿弥陀如来坐像および両脇侍立像、道明寺(大阪)の十一面観音菩薩立像などをゆっくりと拝観できました。
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壱岐市・カラカミ遺跡 弥生時代後期に「周」の字を刻んだ中国製瓦質土器片が出土

2018年01月10日 | Weblog
 長崎県壱岐市教委は9日、同市勝本町の弥生時代中期以降の環濠集落「カラカミ遺跡」で、漢字の「周」の左半分が刻まれた弥生時代後期(1~3世紀頃)の鉢とみられる瓦質土器片(縦7・5cm、横8・8cm、厚さ4mm)が見つかったと発表した。
 中国遼東半島で作られたとみられ、弥生時代の瓦質土器に文字が刻まれていることが確認されたのは国内で初めて。
[参考:共同通信、長崎新聞、産経新聞、読売新聞]

過去の関連ニュース・情報
 カラカミ遺跡


壱岐で出土 弥生期の瓦質土器 「周」の文字 初確認 カラカミ遺跡 中国から流入か
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つくば市・上境旭台貝塚 精巧な装飾をした縄文後・晩期の漆器が出土

2018年01月04日 | Weblog
 茨城県つくば市の上境旭台(かみざかいあさひだい)貝塚で、精巧な彫刻を施した縄文時代後期(約4千年前)の漆塗り鉢型容器(復元推定、高さ約16cm、直径約32cm)の一部が出土した。
 同貝塚は縄文時代後・晩期(約4~3千年前)に営まれた集落遺跡。
 容器の表面には、連続した菱形文の中に4~5本の平行な直線を刻み、黒漆を塗った上に赤漆を重ね塗りしさらに縞模様を浮かび上がらせる精巧な装飾が施されていた。
[参考:読売新聞]

過去の関連ニュース・情報
 上境旭台貝塚
 2011-12-02 茨城県教育財団は、つくば市栄字毘沙門の縄文時代後・晩期(約3千年前)の上境旭台貝塚でほぼ完全な形のミミズク土偶が出土したと発表した。
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真言律宗 小田原山 浄瑠璃寺 (木津川市加茂町) 狛犬留蓋瓦

2018年01月01日 | Weblog
あけましておめでとうございます!

昨秋、浄瑠璃寺に行ってきました。
池を中心として東には薬師如来を祀る三重塔があり、対岸となる西には阿弥陀如来九体を祀る本堂があります。
本堂の屋根に乗る、可愛らしい狛犬留蓋瓦に目を引きました。

 

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