歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

霊岩郡・沃野里古墳群 馬韓首長墓を試掘調査 甕棺から人骨

2021年03月31日 | Weblog
 霊岩郡は栄山江の古代馬韓文化を究明するために、古代文化財研究院により沃野里古墳群(옥야리 고분군、全南道文化財史料第140号)の試掘調査を実施した。
 沃野里古墳群は4~6世紀に築造され、馬韓文化を継承した栄山江古代勢力の中心拠点のうち1つとされる。
 今回の調査で封墳の中から栄山江流域独特の甕棺墓(옹관묘)とともに石室墓(석실묘)などが確認された
 また、甕棺墓で古代首長人骨が一部確認された。
[参考:聯合ニュース]

過去の関連ユース・情報
 沃野里
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都市・仏光寺 法隆寺から寄贈の赤地の錦織を発見

2021年03月23日 | Weblog
 真宗仏光寺派本山渋谷山仏光寺(ぶっこうじ、京都市下京区)は19日、約1300年前の飛鳥時代に織られた錦織(にしきおり=錦の裂(きれ))が寺の蔵から見つかったと発表した。
 2020年11月に蔵の調査で見つかり、ガラス板に挟まれ、桐箱に納められていた。桐箱の表面には「聖徳太子御褥(おんじょく)裂蜀江(しょっこう)」との墨書があり、箱に入っていた文書には、裂が江戸時代の天保12年に法隆寺から仏光寺に贈られたと記されていた。
 仏光寺の日記などから、裂は1841天保12年10月18日、法隆寺の末寺の僧侶が贈っていた。法隆寺はその翌年、江戸で「出開帳(でかいちょう)」を開く予定となっており、開催に協力を約束した仏光寺へ贈られたものと推測される。真宗寺院と聖徳太子信仰が分かる貴重な資料としている。
 錦織は中国の蜀から伝わったとされる「蜀江錦(しょっこうきん)」と呼ばれるもの。赤地で、大きさは経糸方向が約9・8cm、緯糸方向が約7・5cmで、円形の図の中に獅子の文様の一部が見て取れる。
 蜀江錦や墨書きは、4月1、2日に仏光寺で展示される。
[参考:朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、KBS京都、共同通信、読売新聞]

 褥(じょく)とは、上敷物あるいは坐具のこと。
 東京国立博物館に所蔵されている赤地獅子鳳文蜀江錦(作品No.N-56)と同一柄(あるいは同一裂)とみられる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大阪府太子町・二子塚古墳 閉塞石や墓道が見つかる

2021年03月08日 | Weblog
 3月5日大阪府太子町は、全国的でも珍しい双方墳の二子塚古墳で発掘調査を行い、古墳の造り方や構造の一部が明らかになったことを発表した。
 同古墳は、一辺25mの方墳を2つつなげた7世紀後半に造られたとみられている。(墳丘全長は66m)
 石室に通じる墓道や横穴式石室をふさぐ「閉塞石」が見つかった。
 東側方墳の横穴式石室に通じる墓道は幅が約1・6mで長さ4・4m分を確認。
 町では、9日から調査結果の写真を太子町役場などで展示するとともに、ホームページで映像配信を行う。
[参考:共同通信、毎日新聞、読売テレビ、日テレニュース]
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする