鉄卓のブログ「きままに」

「写真」「ウォーキング」「旅」「縄文」をきままに楽しく。
(本ブログに掲載している写真の無断使用・転載を禁じます。)

「肥後六花&六菓匠」に会う【JR九州宇土駅 鉄卓のフォト・ウォーク2021-5】

2021-06-09 | JR九州ウォーキング
2021年6月6日(日)

今日は鹿児島本線宇土駅(熊本県宇土市)。


(今日のマップ)

JR九州ウォーキング春~初夏編は5月以降、ほとんどのコースが中止となっていたが、最終日の今日は2つのコースが開催される。
その一つ宇土駅へ。熊本駅からの列車は9時1分着。
今日の受付は9時から。長蛇の列。

*①
『コロナ対策で多くのコースが中止となって、今日は久しぶりの開催。皆さん待ってたんだろうな。』

とこの時点では思ったのですが・・・・・・。

今日のマップにトイレの場所が少ない。まずはトイレへ。
横の先客はウォーキング仲間のSさん。にこやかに目と目で挨拶。



前へ後ろへとなりながら一緒に進む。



歩くのは国道3号線。宇土駅をスタートして直ぐに熊本市へ入る。



海抜3m地点を歩く。



いつものように道沿いの花を撮ろうとするが、この時期に咲いている花は少ない。







間もなく、九州新幹線の車両基地へ。
入場制限がかかっているのか、長い待ち行列が動かない。
中の蜜は避けられても、外は蜜だよ。

待っている暇に撮った2枚。





ようやく入場。



新幹線車両2台が展示されている。









車両基地内に咲く花。



車両基地内よりも基地の外側を歩いた距離の方が長かったような気がする。









車両基地の外側を歩き終えたところにコンビニ。トイレ休憩。Sさんと別れる。

コンビニを出て、国道3号線を歩いて、川尻の町へ。加勢川を渡る。



山は金峰山、川は加勢川、高架は九州新幹線、赤い鉄橋は鹿児島本線。







歩いていると、歩道にはこんなものが。

肥後朝顔。



肥後花菖蒲。



肥後芍薬。



肥後菊。



肥後椿。



あれ!一つ無い。肥後山茶花を撮っていない。

「肥後六花」は、江戸時代に細川藩が武士の精神修養に園芸を奨励したことに始まる。
江戸時代には肥後の花と呼ばれるものが30種ほどあったといわれている。
昭和35年、四季を通して見ることができる六花を定め、「肥後六花」として保存栽培活動が行われている。

江戸時代の高札場と二里木跡の標識を左折。



直ぐに、高札橋を渡る。



蛇行した車道。車のスピードを抑えるようにしてあるのだろう。



川尻小学校の校門前の道路だった。こういうのいいなぁ、と思う。



開懐世利六菓匠(かわせり ろっかしょう)のお店で和菓子を買う。
「開懐世利六菓匠」は、川尻の6つの和菓子店「天明堂」「菓舗いしはら」「立山菓舗」「菓舗梅園」「菓舗かずさや」「岩本菓舗」が、新しい銘菓を作ろうと集まったのがはじまりで、和菓子で町興し活動を行っている。



本陣跡の標識。江戸時代、この辺りは川尻の中心地。



西南戦争時、薩軍の本営が置かれていた。







かずさ屋で折り返しになっている。買い物を済ませ、お店から出てきたSさんと再会。
お菓子とパンを買った。



お店のところで「うちのたまご 配布終了」と、ん、そうか、受付で長い列はこれか。

「うちのたまご」は、JR九州の子会社が生産する卵。6個入りが、ここで先着100名にプレゼントされていた。
車両基地を見学せずに、川尻の町の中も近道していたら貰えたかもしれない。

この時点で、スタート地点での思い*①は変わって、次の文が頭の中に浮かぶ。

*②
『今日は、うちのたまごのプレゼントがあるためか、長い列ができている。』

と当日は思ったのだが、今、ブログを書きながら、いや、プレゼントよりも久しぶりにウォーキングできるのを楽しみに参加している人たちも多かっただろう、と思い直す。

そこで、*②を撤回しよう。

*③
『コロナ対策で多くのコースが中止となって、今日は久しぶりの開催。皆さん待ってたんだろうな。
それに、かずさやのところで先着順にうちのたまごのプレゼントもあるようだし。』

で、*①は*③に訂正します。



折り返し歩いて、簡易郵便局のところで左折。
紫陽花を撮って右折。



再び、メインの通り出る。
赤星共栄堂でお饅頭。お店の前で食べる。
ウォーキングの途中、饅頭を1個だけ買ってすぐに食べるのは好きだ。美味い。



瑞鷹の東肥大正蔵は開いていた。お酒は荷物になるので買わずに出る。
今日は、六菓匠のお店でお菓子を少しずつ買ってリュックに入れている。パンもリュックに入っている。

くまもと工芸会館はコロナで臨時休業中。ここのトイレをあてにしてきた人もおおかっただろうと思う。私がそうだった。



この後、天明堂があった。六菓匠最後のお店です、と書いて立ててある。
これまで、お菓子を買ったお店は4つだよな。
一つお店を外しているようだ。

天明堂でもお買い物。
「ウォーキングの方ですか?」と聞かれたので、このご時世、ウンとうなずく。
1割引きになった。
そうか、六菓匠のお店では、ウォーキング参加者は割引があったんだ。
これまでのお店でも1円単位で払ってきて、今頃気づく。

河尻神宮へ。

またも、Sさんと再会。
境内の椅子に腰かけ、しばらくお話していた。

後から歩いてきた3人のウォーキング仲間に久しぶりに会うことができた。



折り返して、ゴールの川尻駅へ。



今日は、鹿児島本線を走る列車を撮るチャンスが幾度かあったが、カメラを向けるのが遅く逃がしてきた。最後に1枚。



川尻駅の古い駅舎を眺め、いつまで残るのだろうか、と思いながら、熊本駅へ。



川尻駅から、河尻神宮でお会いしたウォーキング仲間のお一人と一緒だった。熊本駅でお別れ。
今日のウォーキングを終える。

六菓匠のうち5つのお店で買ったお菓子。



肥後六花も5つしか撮っていない。
タイトルに偽りありですが、お許し下さい。
次の機会にはリベンジしよう。

【道中でお会いした皆さま、河尻神宮でお会いした皆さまへ】
久しぶりにお会いできて嬉しかったです。
秋編では、あちこちのコースでお会いできるよう願っています。
ブログも長期に休まず、まめにとはいきませんが、ぼちぼちでも更新していきたいと思っています。
これからも、よろしくお願いします。
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「明治24年完成の九州鉄道会社本社」に会う【JR九州西小倉駅 鉄卓のフォト・ウォーク2021-4】

2021-04-14 | JR九州ウォーキング
2021年4月11日(日)

今日は、鹿児島本線西小倉駅(福岡県北九州市)。



九州新幹線で博多駅、ソニックに乗り換え、昨日と同じ時間の列車に乗り、今日は戸畑駅で普通列車に乗り換えて西小倉駅へ。

昨日の黒崎駅~西小倉駅、今日の西小倉駅~門司港駅の連続したウォーキングは、鹿児島本線開通130周年記念コースとして設けられている。
昨日のブログでも書いているが、九州に最初に鉄道が走ったのは1889(明治22)年12月、博多駅~千歳駅間であつた。
それから北へ南へと工事は進み、門司駅(現門司港駅)~熊本駅間が130年前の1891(明治24)年7月に開業した。

開業当時の小倉駅は現在の西小倉駅。小倉城の近くで、当時は小倉の中心地であった。
小倉駅が約700メートル離れた現在地に移転したのは1958(昭和33)年。
旧駅は貨物専用駅として使われたていたが、1969(昭和44)年に新たな貨物駅、浜小倉駅が出来て引っ越し。
1974(昭和49)年、駅舎等を地元が負担して西小倉駅が誕生する。

昨日のゴール、今日のスタートは旧小倉駅である西小倉駅。



10時15分頃スタートし、紫川を渡る。
紫川にに架かる鉄橋を博多駅へと走るJR西日本の山陽新幹線。



海岸沿いの国道199号線に出る。ここからは一直線に門司港を目指す。



小倉駅付近の海岸沿いを歩く。







小倉駅からぺディストリアンデッキで直結しているAIM(アジア太平洋インポートマート)ビルの横歩く。



ミクニワールドスタジアム北九州。J2ギラヴァンツ北九州のホーム。



国道199号線は車がひっきりなしに行き交う。
マスクはコロナ対策というより車の排気ガス対策で必需品の感がする。
それでも草花たちは可憐に咲いている。









時折、海を臨みながら歩く。





結婚式場の前には芝桜。





関門大橋が見えてきた。



NIKKAの工場。



門司港駅へ向かう「かわせみ やませみ」「いさぶろう・しんぺい」連結列車。





関門海峡の対岸下関も見えてきた。













ようやく門司港駅へ。

門司駅が門司港駅と名称が変わったのは1942(昭和17)のこと。
本州の下関と九州の門司間には、線路で繋いだ海底のトンネル、関門トンネルがある。
世界で最初の海底トンネルで、1942(昭和17)年に下りトンネルが開通し、1944(昭和19)年に上りトンネルが開通した。

関門トンネルの門司側の出入口の駅は大里駅だった。
なじみの薄い駅名だったので、大里駅を門司駅に変更し、門司駅を門司港駅に名称変更した。

門司港駅に降り立ち、駅舎を出ると、門司港駅という名にふさわしい光景が広がる。



門司港駅舎を裏から。



ゴールは九州鉄道記念館。
博多駅~門司駅(現門司港駅)間が全線開業したのは1891(明治24)年7月だが、その間、部分的に開業していく。
1890(明治23)年9月に博多駅~赤間駅間が開業。
1890(明治23)年11月に赤間駅~遠賀川駅間が開業。
1891(明治24)年2月に遠賀川駅~黒崎駅間が開業。
1891(明治24)年7月に黒崎駅~門司駅間が開業している。

門司駅までの部分開業の最後の区間を昨日、今日の2日間で歩いことになる。



スタート前は、今日のコースは寄り所も無いし、国道を一直線に歩くだけなので、早くゴールできるかと思ったのたが・・・。
排気ガスを浴びながら歩いていると足元には可憐に咲く草花たちが。
立ち止まり、しゃがみ込むことも多く、昨日とほぼ同じ3時間ほどかかってしまった。

お腹も空いたので、一旦駅へ戻り、コンビニで弁当とビール。
お昼の時間は過ぎていたので、弁当やお握りは残り少なかった。

それでも、海を眺めながらの昼食は美味しい。



九州鉄道記念館へ戻り、入館。

鉄道の草創期、国は東海道筋を中心に鉄道を敷き、全国各地では鉄道を普及させていったのは民間資本の会社、私鉄だった。
1883(明治16)年に日本鉄道(東京~青森)、1885(明治18)年に阪堺鉄道。
1888(明治21)年に水戸鉄道、両毛鉄道、山陽鉄道、伊予鉄道。
1889(明治22)年に甲武鉄道、関西鉄道、大阪鉄道、讃岐鉄道、北海道炭礦鉄道。
同じ年に九州では、九州鉄道が博多駅~千歳駅間を開業している。
そして、門司駅(現門司港駅)~熊本駅間を1891(明治24)年7月に開業。

九州鉄道会社は博多に本社を設けていたが、1891(明治24)年4月、この場所に新社屋を建て本社を移転。
130年前に建てられた建物が、今は九州鉄道記念館として活用保存されている。

上記以外にも各地に民間資本の鉄道会社は続々と開業する。
一方、鉄道網の一体的開発も唱えられ、鉄道国有法案が1906(明治39)年に成立。
九州鉄道など17社が買収され、1907(明治40)年に国有鉄道となる。

1987(昭和62)年、国鉄は7つに分割され、民営のJR〇〇となる。



九州鉄道記念館から門司港駅舎。



門司港駅舎の正面。



門司港駅を出発する観光列車「36ぷらす3」。



今日は鹿児島本線開業130周年記念のウォーキングであったが、門司駅~鹿児島駅が全通したのは1909(明治42)年のことになる。
当時は八代駅~人吉駅~吉松駅~鹿児島駅という山間部を通るルートであった。

1927(昭和2)年、海側の水俣~出水~川内を通るルートが完成。
八代駅~人吉駅~吉松駅~隼人駅間の山間部のルートは肥薩線と呼ばれるようになる。

肥薩線の八代駅~人吉駅~吉松間は令和2年7月豪雨(熊本豪雨)で大きな損壊を受け、今だ復旧の見通しが立っていない。

熊本駅~八代駅~人吉駅間には「SL人吉号」、「かわせみやませみ号」が走っていた。
人吉駅~吉松駅間には「いさぶろうしんぺい号」が走っていた。

現在は運休中であるが、「かわせみやませみ号」と「いさぶろうしんぺい号」を連結して、土日祝日などに博多駅~門司港駅間で臨時運行している。

今日は、それで帰る。





かわせみ号に乗車して、肥薩線の早期復旧を願い、今日のウォーキングを終える。

*参考にした本
倉知英夫・大谷節夫著『九州の鉄道 陸蒸気から超特急まで』西日本新聞社発行、1980年
弓削信夫著『明治・大正・昭和 九州鉄道のおもしろ史』西日本新聞社発行、2014年
老川慶喜著『日本鉄道史 幕末・明治篇』(中公新書)中央公論新社発行、2014年
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「明治44年廃止の大蔵線」に会う【JR九州黒崎駅 鉄卓のフォト・ウォーク2021-3】

2021-04-13 | JR九州ウォーキング
2021年4月10日(土)

今日は、鹿児島本線黒崎駅(福岡県北九州市)。



黒崎駅を10時過ぎにスタート。

黒崎駅前広場は九州で第一号のぺディストリアンデッキ。
橋上の改札口を出た駅前は、すぐに下りる階段は無く高架の駅前広場がある。
広場を通って、それぞれの方向へと向かい階段を降りる。
高架の下は国道3号線。

1984(昭和59)年に完成。現在の広さになったのは1989(平成元)年。

広場では様々な催しも開催されるが、今日は何もあっていない。



高架の駅前広場から国道3号線の向う側にあるアーケード商店街の方へ降りる階段を下り、3号線を小倉へと向かう。



3号線を黙々と歩いて、右へ。桃園球場などがある方を横目に進む。目には鮮やか緑。今年は新緑も早い。



まえだぎおん山笠通りを歩く。





前田の桜並木。ここも新緑。



桜並木を過ぎたあたりから右へ。
九州国際大学のある国際通りを横切り、九州健康総合センターの横を通り、道を横断。
キョロキョロすれば、新緑、新緑。



北九州市立八幡病院の裏を歩く。



皿倉山の登山口への道路を横断。



1889(明治22)年12月、博多駅~千歳川駅(現在の久留米駅の筑後川を渡らないあたり)間に九州で鉄道の第一号が走った。
鉄道を走らせたのは九州鉄道会社。
北へ南へと工事を進め、130年前の1891(明治24)年には、門司駅(現在の門司港駅)~熊本駅間が開通した。

開通当時、鉄道を敷設するルートを決めるには、軍が軍事上の理由で介入した。
敵の攻撃を受けやすい海岸沿いに線路を敷設するのは出来るだけ避けるようにすることが陸軍の意向としてあった。

そこで、黒崎駅~小倉駅間は現在の海岸沿いではなく、山沿いに線路が敷設された。
開業当初は、黒崎駅の次は小倉駅で間には駅が無かった。
小さな漁村だった八幡村に官営製鉄所の建設が決まり、1898(明治31)年に製鉄所も近く平たんな場所の大蔵に駅が設けられた。

1901(明治34)年には、官営八幡製鉄所が操業を始める。
石炭など物資輸送、働く人たちの移動などで海岸沿いに線路を敷設する必要性が高くなっていく。
1984(明治27)年~1895(明治28)年の日清戦争に勝利していた軍も軍事上の脅威も減り、海岸に鉄道を敷設することを容認した。

1902(明治35)年、小倉から戸畑、八幡、黒崎へと海岸沿いに新たな線路が開通した。
それまで本線であった山沿いの線は支線に。
支線となった線は、大蔵線と呼ばれるようになる。

1911(明治44)年には、現在の西日本鉄道(西鉄)が門司駅~黒崎駅間に路面電車を走らせる。
大蔵線は役割を終え、その年に廃止となる。

今日は、その大蔵線の遺構を訪ねるウォーキング。

これまで歩いてきた道がすべて大蔵線の線路があったところかどうかは分からないが、市立八幡病院の裏の道は、線路があった道の雰囲気が感じられる。

線路跡と思われる道から、少し脇に入り着いたところが「尾倉橋梁」。
旗生川に架けられたイギリス積みの煉瓦で築かれたアーチ橋。
川は道路の下に下水道として埋まっている。







トンネルをくぐってから階段を上り、歩いてきた道へ出て、再び、線路跡の雰囲気のある道を歩く。

「春の町一公園」で桜を見っけ。「残桜」。



大谷球場。この辺りも海岸線からはだいぶん高いが、官営製鉄所が出来てから海岸沿いは工場が占めていて、住宅は山の上へ上へと建っていった。





八幡東区役所の辺りでは道をくにゃくにゃと曲がった。線路もこんなにくにゃくにゃと曲がっていたんだろうか。
高低差もあるなぁ、と思いながら歩く。



住宅は山の上へ上へと。



少し下って、大蔵公園。



公園の一角に「九州鉄道大蔵駅」はあった。



公園からすぐのところに「大蔵橋梁跡」。
大蔵川(現板櫃川)の左岸で2013(平成25)年に発見された、橋脚、橋台が展示されている。





先へと進む。
この辺りは、毎年9月末に開催される無法松ツーデーマーチでスタートの小倉から八幡へと歩くコースを逆に歩いているのではと思いながら歩く。



やはりそう。無法松ツーデーで見慣れた「茶屋町橋梁」へ着く。
「尾倉橋梁」と同じくイギリス積みのアーチ橋。
槻田川に架かっている。
いつもは道路側から眺め足早に去るだけだが、今日は裏へ回って眺めよう。





係の人がパネルを持っていた。ご苦労様です。



ツーデーマーチのコースとは外れて、国道3号線へ。
九州歯科大学前の交差点を渡る。



JR九州小倉総合車両センターへ。
130年前の1891(明治24)年、門司駅(現在の門司港駅)~黒崎駅間の開通とほぼ同時に九州鉄道会社の小倉工場として発足。



展示されている車両を見て回る。





昨年の豪雨で被災し不通となっている肥薩線を走る「SL人吉号」は、ここで点検整備中。
肥薩線の早期復旧を願っているかのように、煙を上げ、汽笛を鳴らす。



車両センターを後に、ゴール西小倉駅(旧小倉駅)へ。



今日のウォーキングを終え、帰路しよう。
明日、またここへ。

*参考にした本
倉知英夫・大谷節夫著『九州の鉄道 陸蒸気から超特急まで』西日本新聞社発行、1980年
弓削信夫著『明治・大正・昭和 九州鉄道のおもしろ史』西日本新聞社発行、2014年
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「50ん年ぶり万日山山頂」に会う【JR九州南熊本駅 鉄卓のフォト・ウォーク2021-2】

2021-03-30 | JR九州ウォーキング
2021年3月27日(土)

今日は豊肥本線南熊本駅(熊本市)


(今日のマップ)

8時30分少し前に駅に着いたが、受付には長い列。

南熊本駅は交通の拠点としての駅の時代があった。

南熊本駅から御船―砥用へ熊延鉄道が走っていた。
熊延鉄道は延岡まで延伸する計画であったが実現することなく昭和39年に廃線となった。

熊本市電も辛島町から駅前まで乗り入れていたが昭和45年に路線廃止となっている。





辛島町へと市電が走っていた駅前の道。





左折して別所琴平神社へ。
「こんぴらさん」と呼ぶ方が馴染みがある。

赤い顔の天狗は「山で遭難した人を助ける」天狗。対になっている緑の顔の天狗は「海で遭難した人を助ける」天狗。
写真は赤い顔の天狗だけ。すみません。



こんぴらさんを後に歩く。
すぐにサウナと天然温泉の「湯らっくす」がある。
熊本地震から5年が経つ。全国から多くの人たちがボランティア活動に参加された。
車中泊やテント泊で長期に参加された人たちも多かった。
「湯らっくす」はボランティア に参加した人たちに風呂を無料開放した。





世安神社。



「旦過の瀬合戦」の案内板がある。



横の階段を上って白川の旦過の瀬に出る。花岡山の仏舎利塔も見える。



上の写真の世安橋を渡って白川の対岸へ。白川橋向うの河川敷では「くまもと春の植木市」が3月14日まで開催されていた。



熊本駅の方へと向かう。



熊本駅前のタワーマンション。その左横は「くまもと森都心プラザ」。
川は坪井川。加藤清正が肥後の領主になる前は白川と坪井川がこの辺りで合流していた。分離したのは清正。



「くまもと森都心プラザ」は6階建て熊本市の施設。3、4階には市の図書館が入っている。
2階には観光郷土情報センター。
熊本市電の運転模擬体験コーナーもある。



イベントスペースでは鉄道模型の運転。まだ準備中だった。



新幹線全線開業10周年や鹿児島本線開業130周年の記念写真展も開催されている。





「くまもと森都心プラザ」を出てすぐに目に入るのは、4月23日開業予定の熊本駅ビル「アミュプラザくまもと」12階建て。
1~8階はアミュプラザ、9階から12階はホテル。開業は4月23日の予定。



駅の北側には新しく12階建ての「JR熊本白川ビル」が建つ。
1~3階にビックカメラが入店、3月5日にオープンした。
4階から上の階はオフィスが入居。



熊本駅の駅舎。



4月1日から、駅舎から出てすぐのところにバス停が集約される。



電停の場所は変わらないがリニュアルされた。



JR熊本白川ビルあたりから「アミュプラザくまもと」との方を眺める。
「アミュプラザくまもと」の前には広いイベントスペースが設けられている。



新しく生まれ変った熊本駅前を後にし、「北岡神社」へと向かう。

北岡神社の御神木「夫婦楠」。



北岡神社。



北岡神社には、西南戦争で、薩軍が本営を置いていたこともある。



北岡神社のすぐ横には花岡山。薩軍は花岡山に大砲を据え、熊本城に向かって砲撃した。



花岡山を横目に、桜の名所「万日山」へ向かう。





万日山公園から、花岡山の仏舎利塔。



万日山公園がコースの折り返し。山頂までは後1キロ。向かおう。



イノシシに注意、マムシに注意の案内。臆しながらも先へ進む。





巨大な岩。





山頂へ。



向うに見えるは金峰山。
金峰山は火山で、約20万年前に隆起し出来た。
同時に出来たのが万日山や花岡山。
先ほどの巨大な岩も20万年前から鎮座しているのだろう。

阿蘇が今のカルデラを形成したのは約9万年前の大爆発。
大量の火砕流が九州の中央部を覆った。
万日山や花岡山は火砕流が覆った中、ちょこんと頭を出していたと考えられている。





有明海。



万日山に上ったのは過去1回だけ。
記憶が正しければ高校の1年の時だった。
今から60年前まではいかないが50ん年ぶりである。

学校の何の行事だったかは忘れたが、入学してすぐの頃だったように思う。
桜が咲いていたかどうかの記憶もない。
先ほどの公園のところで食事したようなかすかな記憶が。
その頃だから公園として整備されていたわけではなく、ただの広場だったと思う。

山頂から下る。

真ん中にあるのは「アクアドームくまもと」。熊本市の屋内総合プール。





熊本駅方面。
真ん中少し下、一部ビルに隠れているが、横に長いのが新幹線のホームと線路。新幹線の車両も見える。
真ん中右、新幹線の向う側の大きな建物が熊本駅ビル「アミュプラザくまもと」。
真ん中左が12階建て「JR熊本白川ビル」。
写真でいえばその上の高い建物がタワーマンション。
タワーマンションとJR熊本白川ビルの間にある6階建てが「くまもと森都心プラザ」。



公園に戻る。桜はほぼ満開。いいときに来た。しばし桜見物を楽しむ。









万日山を下り、住宅地を歩いて「春日五丁目公園」。ここも桜が満開。

公園には5年前に来たことがある。

熊本市内の桜は今日が満開のようであるが、5年前はも少し遅かったように思う。

満開の桜から約2週間後の4月14日21時半頃、マグニチュード6.5の地震が襲った。
大きな被害が出たが、それは前震だった。
16日の夜中午前1時半ごろにはマグニチュード7.3の本震が襲った。熊本地震。

直ぐに、全国からボランティアが集まり復旧活動が始まった。
私は、自宅の被害も少なかったので5月の連休明けからボランティア活動に参加した。5週間ほどで腰を痛め離脱した。情けないこと。
ボランティア活動のある日、この公園近くで、大きな被害にあったお家の片づけをしたことがある。
公園で、お昼のおにぎりをで食べた。トイレも利用した。

地震のとき、その後、この公園も近くの人たちの避難場所になったであろう。
満開の桜を眺めながら、地震の時を思い出している人たちも多いのではなかろうか。



すぐに、ゴール熊本駅新幹線口へ。



新幹線口のおてもやん像。



熊本駅にある「肥後よかモン市場」で、満開の桜を思い出しながら焼き鳥重定食とビール。
今日のウォーキングを終える。

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「FGT走行試験線」に会う【JR九州新八代駅 鉄卓のフォト・ウォーク2021-1】

2021-03-21 | JR九州ウォーキング
2021年3月21日(日)

昨日3月20日、コロナ感染拡大で中止されていたJR九州ウォーキングの2021年春編がスタートした。
例年だと1月の半ば過ぎ早春編から始まるので約2か月遅れの開催となった。

私は今日がスタート日。鹿児島本線新八代駅(熊本県八代市)へ。



くまモンの「行ってらっしゃい」で8時45分過ぎにスタート。



新八代駅の在来線ホーム。ホームには新八代駅発の肥薩おれんじ鉄道の列車。



雨の中、傘をさし、コンパクトデジカメでフォトウォーク。



九州新幹線は新八代駅―鹿児島中央駅間が先行開業し、10年前に博多駅―熊本駅―新八代駅―鹿児島中央駅の全線が開業した。
全線開業前までは、福岡から鹿児島へは、博多駅―新八代駅間は鹿児島本線をリレーつばめが走り、新八代駅のホームで新幹線に乗り換えていた。

今日は、全線開業10周年記念で、今は使用されていない鹿児島本線から新幹線ホームへのアプローチ線を歩く。
そのアプローチ線を歩く参加者。



これからアプローチ線へ。10年前の写真のパネルの展示があっていた。





このアプローチ線は、フリーゲージトレイン(FGT)の走行試験にも使われた。
九州新幹線長崎ルートは佐賀県の要望で武雄温泉駅―新鳥栖間は在来線を走ることで計画された。

在来線と新幹線では線路の幅が違う。同じ車両で線路の幅が違う新幹線も在来線も走る車両は日本では走っていない。
JR九州は、車両の開発で走行試験をアプローチ線で繰り返したが、技術的に早期の開発は困難として長崎ルートでの使用を断念した。

私はリレーつばめが走っていたアプローチ線というより、フリーゲージトレインの走行試験が行われた線路ということの方に興味が湧く。

ここで幅が違う線路間の移動試験が繰り返されたのだろう。

















ヘルメットを被ってアプローチ線を歩く。









鹿児島本線を走る列車を眺める。



今は、柵がされているが、九州新幹線新八代駅のホームへ入るところ。



新幹線が通過したが上手く撮れていない。



線路を離れて、新八代駅へと向かう。





「松中信彦スポーツミュジアム」は何回か見学しているのでパス。



「八代よかとこ物産館」に寄り道。少々買い物して、新八代駅に10時頃ゴール。



ゴールの後頂いた。



フリーゲージトレイン(FGT)の試験車両。
2018年10月28日、九州新幹線の 車両基地「熊本総合車両所」で撮影。





FGTの開発に成功していれば、JR九州の新たな目玉になっていたであろうと思うと残念でならない。
今日見学した走行試験の場所も鉄道ファンが訪れるところになっていたはずだ残念残念。

歩いたのは約4キロ。あっという間のウォーキングで、昼前に自宅に戻った。
で、今日のウォーキングを終える。
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「イノシシ・アスパラ・清酒」に会う【JR九州基山駅 鉄卓のフォト・ウォーク2020-13】

2020-12-01 | JR九州ウォーキング
2020年11月28日(土)

今日は、鹿児島本線基山駅(佐賀県基山町)。



普通列車を乗り継ぎ、9時半前に基山駅へ。



このコースは年2回春と秋に開催される。今年の春はコロナで中止だったので1年ぶりの参加。
基山駅を出て、信号から左折して、すぐに右折。それからは道なりに歩く。

いつもの基山小学校の二宮金次郎。



いつもの道を右左上下をキョロキョロしながらも、たんたんと。













基山グリーンパークを右手に、秋光川沿いを歩く。





いつもの橋。今年の紅葉は終わっているようだ。
軽トラで野菜などの販売をされているが、荷台の中は空だった。



「ミキファームきやま」ではライチを栽培されているが、この時期は実はついていない。



写真で、これがライチ。



まだまだ道なりに歩いていく。

いつものことながら三菱倉庫の写真を撮る。



右左上下をキョロキョロ、時々立ち止まりながら、歩いて行く。
ゆらゆらと風に揺れる草花たちには苦戦。

















やがて、「大興禅寺」の参道に突き当り右折。

石段を上るのは好きではない。見上げると気後れするも、777段に比べると短いぞと言い聞かせ上る。



大興禅寺の秋のコースに最初に来たのは10年程前だが、その時、石段を上って、目に飛び込んできた紅葉の美しさには圧倒された。
その頃見た紅葉の方が鮮やかだったと思う。
ウォーキングが開催される日とのずれもあるかも知れないが、地球温暖化も影響してきているのではなかろうか。







大興禅寺の裏山、恋人の聖地・契山へ。入園料600円がウォーキング参加者500円。











お猿さんは今年も元気に。



上へと。



一番高いところへ。



そして、下る。
石の上にも百年の木。









大興禅寺からの帰りは坂道を下りることにする。





石段の下に出て、Ⅿさんにお会いしてゴールまで同行してもらった。有難うございました。







道沿いの広場で「くつろぎエリア山麓基山」という出店があっていたので、立ち寄ってお昼。
「きゃーまカレー屋」でカレー390円。

昨秋は、「フードエリア山麓基山」と名で出店があった。ぼたん鍋を食べた。
その前の年までは大興禅寺の参道の脇の広場で豚汁とお握りがあった。

おじさんおばさんたちが中心だった出店が、徐々に若者中心になってきている。
JR九州ウォーキングの参加者も若者が多くなってきている。



「トートト工房」では天然酵母のパンを2個買う。



大興禅寺からの道沿いをさらに歩く。





右折して脇道へ。





途中、「和カフェ空とたね」に立ち寄り、アスパラ味噌デップを買う。



「すなぼりがらす対翠社」へ。作品は外に展示してあった。
昨年はここのお庭でのんびりとコーヒーを飲んだけど、今年は販売されていない。コロナよ早く収束して。



折り返す。



明治37、38年は日露戦争のあった年。



町営球場の横をとおり、元の大興禅寺からの道に出る。

角に、基山の小さな直産店「飾菜きの里あすか」。
全身の除菌体験をする。

お店の広場で、いのししのハムの販売の宣伝をされていたので、迷わずに買う。



帰りの足を速める。



基山町では交通系ICカードを利用したポイントラリーが催されている。
これまで何か所かでSUGOCAカードをタッチしてきた。
「酒ブティック丸久」でもタッチ。



「喜峰鶴酒造」でもタッチ。
100周年記念純米酒を買う。



基山駅に13時40分頃ゴールしスタンプを押してもらう。。



スタンプラリーの抽選は外れ。でも、お菓子とバッヂをいただいた。



今日は、いろいろ買った。
アスパラ味噌デップ、いのししのハム、100周年記念純米酒。さて、今宵は。



JR九州ウォーキングは明日が今年の最終日だけど、私は今日がJRウォーキングの歩き納め。
例年だと博多駅へ向かってウォーキング仲間の忘年会に参加するところだが、今年は中止。

各駅停車の列車を乗り継ぎ、熊本駅へ向かい、今日のウォーキングを終える。
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「777段」に会う【JR九州八代駅 鉄卓のフォト・ウォーク2020-12】

2020-11-24 | JR九州ウォーキング
2020年11月23日(月・祝)

今日は、鹿児島本線八代駅(熊本県八代市)。



「SL鬼滅の刃号」を見物する人で喧騒するであろう熊本駅を早々に出発し、南へ。



八代駅は肥薩線の始発駅。ホームへ入るとこれが目に入る
肥薩線は7月の「令和2年7月豪雨」で大きな被害を受け、八代駅と吉松駅(鹿児島県)間は不通となって、復旧の目途はたっていない。
早急の復旧を祈願する。



八代の11月23日は、ユネスコ無形文化遺産「八代妙見祭」のメイン行事神幸式(お上り)が行われる日。
今年はコロナと7月豪雨で八代地域も大きな被害を受けたため中止に。



JRと接続する「肥薩おれんじ鉄道(旧鹿児島本線)」も、7月の豪雨で大きな被害を受けたが、11月に全線開通している。



JR貨物の八代駅も隣接している。肥薩おれんじ鉄道で鹿児島へ荷物を運ぶ。



水無川の川沿いを歩いた後、何度か左折、右折する。







妙見宮参道へ出て、妙見宮へは入らず右折し「砥崎河原」へ。
祭があっていれば、砥崎河原では、演舞や馬追いが披露される。
階段は早くから場所を確保した人でいっぱいになる。
川の中を水しぶきを上げながら駆け抜ける馬追いはカメラマンの腕の見せ所。
しかし、今日はウォーカーがちらほら歩いているだけ。



水無川沿いを歩いていく。









「八代妙見宮中宮跡」へ。平安時代の27年間、この地に妙見宮があった。
上宮跡は海抜400mの横嶽の頂上にある。
下宮は現在地の妙見宮。



中宮跡にある名水百選に選ばれている水。水汲みしている人がいた。



中宮跡を折り返し、「懐良親王御陵」へ。
南北朝の時代、後醍醐天皇の皇子・懐良親王は、征西将軍となり九州における南朝方の中心として活躍した。





先へ進む。幾つか目のお宮。



妙見宮の横に出て、お宮へ。



祭が中止になり、寂しそうに見える。



占いによって神幸行列のお面の順番が決まり、翌年の天気を告げるそうだ。
先頭が緑の水王なら翌年雨の多い年になるという。



妙見宮を後にして、「薩摩街道」を歩く。





いよいよ、「東片自然公園」の777段の石段。
JR九州ウォーキングや八代国際スリーデーマーチで何度かここへきているが、石段を上ったことは無い。
今日は上ろう。



上を見ると石段ばかりで気持ちが萎える。目の前の石段だけを見ながら、疲れが出てきた足を黙々と上げる。
半分以上は上がっただろうか、休憩所があって一息つく。



また、黙々と上る。六百段の標識。もう少し。気力を振り絞る。



やったー、頂上。

足はふらふら。眺めは抜群。

球磨川方面。



スタートした八代駅方面。



ゴールのある新八代駅方面。



堪能して、下ろう。

一眼レフカメラはリュックの中に入れる。

あと20段ほどで頂上かというところから右に入ると、「聖徳太子堂」がある。
寄ってみる。

掃除をされている方がいたので伺ったら、町内で持ち回りでお世話をしているとのこと。
750段ほどの石段を上り下りしてお世話されているようだ。



下りは石段の下を見るのが怖い。前を行く人の背中と目の前の石段だけを見て足を運ぶ。

長い階段をようやく下り終えた。ほっ。
下ってきた石段を見上げ、バッグから出したカメラを構える。



さて、ゴールへ向かおう。





もう、階段はいらんよ。



「晩白柚」は八代の名産品。



「イ草」も八代の名産品。





「松中信彦スポーツミュージアム」は入ったことがあるのでパス。



新八代駅東口にゴール。



新八代駅内のくまモン。
毎年、10月には「やつしろ全国花火競技大会」が開催されるが今年は中止。



中宮跡を折り返したあたりで、ウォーキング仲間のKさんと会った。
Kさんには、ゴールまで年寄に付き合っていただいた。有難うございます。駅でお別れ。

駅の西口には「がめさん公園」がある。がめさんとは妙見祭の人気者亀蛇のこと。
ゴールの後、「八代よかとこ物産館」で買ったお弁当にkioskで買ったビールをもって公園へ。





777段を上ってのビールは美味い。
今日のウォーキングを終える。
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「炭坑節の町の秋」に会う【JR九州田川伊田駅 鉄卓のフォト・ウォーク2020-11】

2020-11-17 | JR九州ウォーキング
2020年11月14日(土)

今日は、日田彦山線田川伊田駅(福岡県田川市)。



博多駅から福北ゆたか線で新飯塚駅へ。乗り換えて、後藤寺線で田川後藤駅へ。日田彦山線に乗り換えて一駅、田川伊田駅に着く。

久しぶり来た。改札口までアプローチが懐かしい。
受付を済ませ、駅を見ると、駅舎が新しくなっている。駅前広場は整備中なので、まだ新しくなってすぐのようだ。



駅の真ん前に「風治八幡宮」。七五三の姿もちらほら。





「伊田商店街」は、時間が早いのかまだシャッターが下りたままの店が多い。
各店のシャッターには絵が描かれて、シャッターアート商店街に変身している。



商店街から横道に入ったところで。



商店街を後に「石炭記念公園」へ。三井田川鉱業所伊田坑の跡地に整備されている。



田川は炭坑節発祥の地。
田川市のホームページによると正調炭坑節の歌詞は
「香春岳から 見下ろせば 伊田のたてこうが 真正面
12時下がりの サマちゃんが ケージにもたれて 思案顔 サノヨイヨイ」
である。



炭坑夫之像。



明治41年に完成の二本煙突。45m程あるそうだ。



石炭歴史博物館もあるけど、前に来た時に入ったので、パスした。

石炭公園を出てから右折し、信号から左折して小路を進み「三井寺」へ。







夏は風鈴がかかっていて、「願掛け風鈴」とネットで話題になっているらしい。



お寺の裏の竹林から出ていく。



すぐに、田川市民球場に着いた。スポーツの秋、野球の試合があっている。



市民球場から、まっすぐ歩く。街路樹の銀杏は黄葉。









国道201号線に出て左折。
サッカーの練習をしている田川科学技術高校を横目に通り過ぎると「相撲茶屋貴乃花」がある。



貴乃花部屋が九州場所で使っていた土俵。
毎年、11月は大相撲九州場所が開催されるが、今年はコロナの影響で、東京の国技館で開催されている。
お相撲さんを見る機会のない11月の福岡は寂しい。



ちゃんこのお振舞をいただく。美味しい。有難うございました。



ここで食事をしようかと迷ったが、お昼にはまだ早いので、先へ進む。
国道201号線の下をくぐって左折。
平成筑豊鉄道(愛称:へいちく)糸田線沿いを歩く。



大藪駅の横を通過。



気温も上がり、かなり暑くなってきた。
と、その時、1両編成の列車が来た。慌ててカメラを向けたが遅かった。
暑さで、反応が鈍くなっているようだ。

気を取り直して先へ進む。





森本うなぎの看板が見える。「疲れには鰻だ」と入る。
地元のお客さんが多いようだ。
うなぎを待つ間、帰りの列車の時間を調べる。うなぎを食べてからでは、次の列車は間に合わないかも知れない。

食べ終わってから、元気を出して、急ぐ急ぐ。
少しカット出来そうだけど、マップのとおりに歩く。

後藤寺商店街はお昼時だったけど人通りは少ない。



「ひたひこウォーキング」のゴール受付は商店街の中であった。

JR日田彦山線では「ひたひこウォーキング」が開催されている。主催は日田彦山線活性化推進沿線自治体連絡会。
JR九州ウォーキングと共催なので、JRの日田彦山線の駅で開催のウォーキングがそのまま「ひたひこウォーキング」にもなる。
JRのウォーキングとは別に「ひたひこウォーキング」のスタンプ帳があるので、それにスタンプを押してもらう。

スタンプ3個でひたひこオリジナルマフラータオル、6個でひたひこオリジナルカードケース、10個で地元特産品が貰える。
有効期限は、いぜんは2年間だったが、今は3年間。

スタンプが3個になったので、タオルと交換した。これで3つ目。孫へのプレゼントになる予定。
チロルチョコもいただいた。



商店街を出てすぐ、ゴール田川後藤寺駅へ。一歩及ばず、間に合わなかった。
次は約1時間後。



駅のまわりをブラブラしながら、駅から10分弱の「春日神社」へ。お昼の時間だっので七五三の姿はなかった。





「風治八幡宮」も「春日神社」もマップでは寄り所にはなっていなかったが、立派なお宮だった。

駅へ戻って。ホームへ。



左は、平成筑豊鉄道の列車。右はJR日田彦山線小倉駅行きの列車。



JR後藤寺線の列車が入ってきた。折り返しで新飯塚駅へ向かう。新飯塚駅では博多駅行きに乗り換える。



ゴールした駅で、帰りの指定席を発券してもらうことは多い。今日もそう。
駅員さんの口調がはっきりしている、声も聞き取れる、難聴の私でも話されている言葉が全部わかる。気持ちよく指定席の発券をしてもらった。

配慮されたのであろう、博多駅での乗り換えもスムーズにいく車両で西日が当たらない席に座る。
駅員さんとのやりとりを思い出しながら、今日のウォーキングを終える。
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「SL鬼滅の刃号」に会う【JR九州荒尾駅 鉄卓のフォト・ウォーク2020-10】

2020-11-08 | JR九州ウォーキング
2020年11月3日(火・祝)

今日は鹿児島本線荒尾駅(熊本県)



熊本駅のホームは溢れんばかりの人。何事かな?アレかな。
やはり「SL鬼滅の刃号」。

JR九州は、肥薩線人吉へ「SL人吉号」を運行していたが、7月の豪雨で肥薩線は大きな損傷を受けて、運行ができないでいる。
そこで、今人気の鬼滅の刃とコラボして、5回のみ臨時列車「SL鬼滅の刃号」として運行することになった。
11月1日に続いて、3日も運行日。

SLがホームに入って、いいポジションで写真を撮ろうと人々が動き出した。
私が乗っている列車は出発まで少し時間がある。ホームに出て、写真を撮って戻ってくる人もいる。

喧騒を後に乗車している上り普通列車は出発。
荒尾駅までの各駅のホーム、沿線にもカメラやスマホを持った人が大勢いる。

年配の人の姿もある。
熊本駅まで電化が延びたのは1965(昭和40)年なので、鹿児島本線でSLを見るのは久しぶりだと懐かしく見に来ている人もいるだろう。

9時17分に荒尾駅に到着。



受付を済ませ、歩き始める。

踏切で警報機が鳴った。SLではなく、上り普通列車が通過。
JR九州アプリの列車の位置情報でSLが走っている場所を確認したが、玉名駅あたり、まだしばらくは荒尾駅付近を通過しそうにない。



踏切を渡り、「宮崎兄弟の生家」へ。
近代日本の中で先進的な思想を育んだ、宮崎八郎、民蔵、彌蔵、滔天兄弟の生家、孫文をかくまった家としても有名。

資料館で学ぶことができる。何度か来ているので資料館には入らなかった。



1987(明治30)年11月孫文が宮崎家を訪問した時を再現してある。





「東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所 平和資料館」へ寄る。旧日本陸軍最大規模で約100万坪の火薬工場が荒尾市にあった。
学徒を含む3000人弱の男女が働き、火薬・炸薬(爆薬)類を製造していた。



戻って、「宮崎兄弟の生家」近くの踏切へ。

踏切付近では、10人ほどの人がSLを待っている。
JR九州アプリで確認したら、SLは長洲駅付近にいる。
長洲駅から南荒尾駅を通過したらこの踏切のところに現れる。
もうすぐ来そうだ。待とう。

ウォーキング参加者では最初に待ったと思うが、後から来る人も徐々に待つ人が増えだした。
待つのは長く感じる。

カメラを構えるのに集中して、汽笛の音が鳴ったかどうかは憶えていない。
来た、パチパチと撮る。



踏切から次の寄り所「四山神社」までは、長い道のり。





2016(平成28)年11月のウォーキングでは300段以上ある階段を上った。今日のコースは坂を上って、頂上の「四山神社」へ。







神社から雲仙の眺め。



神社は、高さ56mある四ツ山丘陵の頂上に建っている。その裏手に「四ツ山古墳」がある。
6世紀後半頃の横穴式石室墳で円墳と推定されている。
四ツ山丘陵上には、この外6基の古墳があったが、四ツ山炭鉱の開発で消失している。



これから万田坑をめざす。



三池炭鉱専用鉄道敷は、宮原坑や万田坑などの坑口から、積み出し港である三池港を結ぶ運炭線として、利用された。
2015(平成27)年、「明治日本の産業革命遺産」の構成施設の一つとして世界文化遺産に登録された。



四山神社を下りてすぐのところに旧西原駅がある。
三池炭鉱専用鉄道が通勤電車として運用されたころのプラットホーム。



しばらく市中を曲がり曲がりしながら歩く。



三池炭鉱専用鉄道敷跡へ。



階段を上がったところは旧原万田駅。1951(昭和26)年、三池港駅~万田駅間の通勤電車の運行が開始された。



鉄道敷跡を歩く。















旧妙見駅。





アソニット工場跡。
1963(昭和38)年11月9日に起きた三池炭鉱三川抗で発生した炭塵爆発で罹災した炭鉱労働者の授産施設として設立された。
この時の炭塵爆発では、炭鉱労働者458人の犠牲者が出た。
工場は1995(平成7)年10月に閉鎖されている。



万田坑が見えてきた。万田坑も「明治日本の産業革命遺産」の構成施設の一つとして世界文化遺産に登録されている。







今日は、鉄道敷跡を歩くのはここまで。向うへと歩くと宮川坑がある。

4年前に参加した時は大牟田駅がスタートで鉄道敷跡は宮川坑から歩き始め、万田坑を経由して、旧原万田駅まで歩いて、ゴールの荒尾駅まで今日と逆のコースを歩いた。

今日は、大牟田駅スタート・ゴールのJR九州ウォーキングも開催されている。
そのコースでは宮川坑へ行く。

4年前は一緒に開催されていたものが、別々のコースとして開催されているようだ?



万田坑へ。



レンガの建物の内部。





万田坑の入り口のところにある「まるごとあらお物産館」で、ふくやまベーカリーのメロンパン。ふんわりサクサク。お昼はこれだけで済ませよう。



直ぐ近くにある「万田坑ステーション」では、万田坑施設全体を復元した模型、万田坑の古写真などのパネル、映像などが楽しめる。



ゴール荒尾駅へと向かう。







荒尾駅へ着いてゴールのスタンプを押してもらう。熊本駅方面への下り列車には少し時間があるので、駅をブラブラ。



大正時代の天才少女詩人海達公子の詩碑。



跨線橋。最近、古くてこれだけ長いのは珍しい。



鳥栖方面への上り列車が到着。



下り列車も到着し、熊本駅へ。

駅の「肥後よかもん市場」で再度の昼食とビール。
今日は「SL鬼滅の刃号」の盛り上がりが強烈だったなぁ、と思いながらウォーキングを終える。
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「コスモスだ!鉄橋だ!」には会ったが・・・【JR九州採銅所駅 鉄卓のフォト・ウォーク2020-9】

2020-11-04 | JR九州ウォーキング
2020年11月1日(日)

今日は日田彦山線採銅所駅(福岡県)。昨春以来の参加。


(今日のマップ)

採銅所駅前では同じ列車から降りた、里山をランニングするのだろう本格的な長距離ランナー姿の若者2人がいた。
列車の中は年配者が大勢いて座席は占領され、降りる駅も同じ。びっくりしたであろう。
地図を見せて歩くところは教えたけど、走るところを聞くのは忘れた。



採銅所駅にはウォーキングで何度か来ているが、駅前にこれがあるのに初めて気づいた。



日田彦山線は、2017年7月の九州豪雨で被災し、今でも一部不通区間がある。
住民の多くは鉄路での全面復旧を要望したが、JR九州は不通区間についてBRT(バス高速輸送システム)での復旧を提案していた。
地元自治体と協議を重ね、豪雨から3年目の7月にBRTでの復旧が決まった。
鉄路での復旧には地元自治体の巨額の費用負担がネックになった。

複雑な思いを胸に歩く。





古宮八幡宮の長い階段を横目に先へ。







右折し、踏切を渡る。



平安時代、宇佐神宮に奉納した神鏡を鋳造した場所「清祀殿」。



銅を採掘した坑道「間歩(まぶ)」といい、宇佐神宮に奉納していたこの地の坑道を「神間歩」という。



秋だなぁ、と感じながら元の道へ。









曲がったところに戻り、右折。秋の里山を歩く。





金辺川あまぎばしを渡る。右折し、川沿いを歩く。





宮原コスモス畑に着く。この時期に来たのは初めて。
直ぐ近くには六十尺鉄橋(第二金辺川橋梁)がある。鉄橋の上を列車が通過する時間には間があるようだ。
列車を待つのは諦める。



六十尺鉄橋のすぐ横にある小さい鉄橋。道路に架かっている。



コスモスを撮って回る。







六十尺鉄橋。列車が走っていたら「コスモスだ!鉄橋だ!絶景だ!」になるところだったが残念。



金辺川を渡り、六十尺鉄橋をくぐり過ぎてから振り返る。



先へ進む。



旧街道へ入る。私は初めて歩く。

須佐神社。素盞鳴命を祀っている。



鳥居をくぐったところに万葉歌碑がある。抜気大首「豊国の香春は我家紐児にいつがり居れば香春は我家」。
香春には大宰府へと続く官道が通っていた。





古くからの町なんだと感じながら歩む。









西念寺楼門。



元光願寺の大クス。



同じ場所に、伊能忠敬測量止宿之地碑もある。



善龍寺。紅葉の始まりが奇麗。







先へ進もう。



下をくぐる。



香春神社へ着いた。







昭和14年、香春岳一の岳より轟音とともに落下した石。
香春神社の神殿は直撃を免れ、人災も無かったことから神宿る石として祭られている。



お昼時。腰掛けるにちょうどいい石を見つけ、コスモス畑で買ったお握りをいただく。



食べつつ眺めつつ。
須佐神社から香春神社まで2kmあっただろうか。
少し歩いたらお寺、また少し歩いたらお寺と感じるくらいお寺が多かった。
香春駅近くの金辺川沿いにはには山頭火遊歩道があって、山頭火の句碑がたくさんある。
山頭火が香春を好んだ一つにお寺が多いこともあったのかも知れないと思う。



ゴール香春駅へと向かおう。

今日も何か所かで見た。これ何だろう?



香春岳は石灰岩の山。以前はセメント工場があったが閉鎖され、採掘だけが行われているようだ。





足元も見よう。



何枚か上の写真にもあったが、石灰岩を運ぶコンベア。



金辺川沿いの銀杏並木。この並木の下あたりが山頭火遊歩道だと思う。



香春駅へゴール。



直ぐに列車が入ってきた。田川後藤寺駅へ、乗り換えて新飯塚駅、乗り換えて博多駅。
博多駅1階にある「博多ほろよい通り」へ。真昼からどの居酒屋もお客さんが多い。
若者の酔っ払いも多い。

スタート時に会った若者たちを思い出しながら美味しくビール。

今日のウォーキングを終える。

◆山頭火遊歩道を歩いた時のブログはこちらです。
「筑豊で山頭火」に会う【JR九州香春駅 鉄卓のフォト・ウォーク2019-6】
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