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たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

ふっと思い出した故郷の言葉 No.52 「まめでおんなる」

2020年06月11日 21時25分10秒 | 懐かしい故郷の方言

懐かしい 昭和20年代、30年代の農村風景
農作業の手伝い、チャンバラごっこ

相互フォロワー登録している たなのぶ様のパソコン画
ご本人のご了解をいただき拝借している

昭和20年代から30年代前半、幼少期を北陸の山村で過ごした爺さん、当時 聞いたり、使ったりしていた言葉(方言)も、ほとんど思い出せなくなっている。根っからの地元民ではなかった家族の中で育ったこともあり、身に染み込んでいなかったからだと思う。それでも 時々 何かのきっかけで ふっと思い出すことがある。記憶曖昧、多少ニュアンスが違っていたり、勘違いだったりの可能性も有りだが またすっかり思い出せなくなる前に 爺さんの引き出し(ブログ カテゴリー)「懐かしい故郷の方言」に 書き留め置くことにしている。


N0.52 「まめでおんなる」

一般的に「まめ」「こまめ」は 細かい仕事等をどんどん処理するような様子を表す時使う言葉だと思うが 子供の頃、「まめ」は 「元気」、「健康」、「達者」という意味合いの言葉だと 思い込んでいたような気がする。

例えば

「ジイチャ マメデ オンナルカネ」
(おじいちゃん、お元気で お過ごしでしょうか)

「オマンタモ マメデ オッテクンナイ」
(あなた方も 達者でいて下さい)


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ふっと思い出した故郷の言葉 No.51 「とっとこ」

2020年04月16日 13時46分46秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和20年代から30年代前半、幼少期を北陸の山村で過ごしたが 当時 聞いたり、使ったりしていた言葉(方言)も ほとんど思い出せなくなっている。根っからの地元民でない家族の中で育ったこともあり 方言も完全に染み付いていなかったということだと思う。それでも 時々 何かのきっかけで ふっと思い出すことがある。記憶曖昧、多少ニュアンスが違っていたり、勘違いだったりの可能性も有りだが またすっかり思い出せなくなる前に そんな言葉(方言)をブログに書き留めることにしている。

先日 相互フォロワー登録しているたなのぶ様のブログ拝見していて 子供の頃、ニワトリ(鶏)を飼っていたことを思い出し、さらに ニワトリ(鶏)のことを 「とっとこ」と 呼んでいたことを思い出した。

No.51 「とっとこ」
当時 大人も子供の ニワトリ(鶏)のことを 「とっとこ」と呼んでいたように思う。

例えば

「モタモタシトランデ、ハヨ トットコニ エサ ヤッテコイヤ」
(グズグズしていないで 早く ニワトリに 餌をやってきなさい)

「オラウチノトットコ キンノウ イタチニ ヤラレテシモタゼネ」
(我が家のニワトリ、昨日 鼬に盗られてしまいましたよ)


「とっとこ」=「ニワトリ(鶏)」

今更になって ネットで調べてみると
「ニワトリ(鶏)」は キジ科、ヤケイ属、
「庭で飼う鳥」という意味から 名づけられたという。
漢字では 一般に「鶏」だが 「家鶏」を充てることもあるようだ。
代表的な鳥であるため 単に「とり」と呼ぶと 
「ニワトリ」を指すこともあるという。
また、オス(雄)のニワトリは 「おんどり(雄鶏)」、
メス(雌)のニワトリは 「めんどり(雌鶏)」と 呼ばれる。

(ネットから拝借)

 

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ふっと思い出した故郷の言葉 No.50 「おまんた」

2020年02月07日 15時14分17秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和20年代から30年代前半、幼少期を北陸の山村で過ごした爺さん、当時 聞いたり、話したりしていた言葉(方言)も、ほとんど思い出せなくなっている。根っからの地元民ではなかった家族の中で育ったこともあり、身に染み込んでいなかったからだと思う。それでも 時々 何かのきっかけで ふっと思い出すことがある。記憶曖昧、多少ニュアンスが違っていたり、勘違いだったりの可能性も有りだが またすっかり思い出せなくなる前に 爺さんの引き出し、ブログ・カテゴリー「懐かしい故郷の方言」に、書き留め置くことにしている。

当時の北陸の山村の実家の近くの風景
村落で自動車を保有している家等無かった時代、
当然、現在のような除雪車両等無く、
根雪になると、雪解け時期までは、雪上をかんじきで踏み固めた一本道を 
長靴でズブズブ埋まりながら往来、登校したものだった。


No.50 「おまんた」

「あなたがた」「お前達」という意味合い使ったり、聞いていたような気がする。
「おまん」=「あなた」「お前」「君」の複数形。

例えば

「オマンタ マタキテクンナイネ」
(あなた方 また来て下さいね)

「オマンタ マメデオンナルカネ」
(あなた達 元気で暮らしていますか)

「オマンタト オラウチデ ヤルマイカ」
(お宅とウチで やりましょう)

太平洋戦争末期、戦禍を逃れ 東京から 父親の郷里北陸の山村に疎開し そのままその地に定住した家で育ったこともあって、根っからの地元言葉(方言)が 身に染みついていなかったのだと思う。ほとんど思い出せなくなっているが、これまでふっと思い出して ブログに書き留めた言葉(方言)を まとめてみた。

 

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ふっと思い出した故郷の言葉 No.49 「おもしょい」

2020年01月24日 10時56分13秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和20年代から昭和30年代前半、高校卒業まで 幼年期、少年期を 北陸の山村で暮らしたが 戦後 東京から移住した家だったこともあり 当時 聞いたり、使っていた言葉(方言)も 身に染み込んでいなかったようで ほとんど思い出せなくなっている。
時々 何かのきっかけで ふっと思い浮かぶことが有り、記憶曖昧で 多少ニュアンスが違っていたり、勘違いだったりすることも有りだが また すっかり思い出せなくなってしまう前に ブログに書き留めることにしている。

No.49 「おもしょい」
「面白い」が訛った言葉(方言)、

例えば

「アノエイガ オモショカッタノー」
(あの映画 面白かったですね)

「オマン オモショイハナシシテクンナイヤ」
(あなた 面白い話をして下さいね)

当時の近所の雪景色
子供の頃は 珍しい光景ではなかった。
除雪車も無い時代、かんじきで踏み固めた一本道を 
長靴でズブズブ埋まりながら 登校したものだ。


ふっと思い出した故郷の言葉 No.48 「いぼつる」

2020年01月09日 18時14分29秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和20年代から30年代前半、高校卒業まで 幼年期、少年期を、北陸の山村で暮らしたが 戦後 東京から移住した家だったせいも有り 当時 聞いていたり、使っていたりした言葉(方言)も 身にしみついておらず、ほとんど思い出せなくなっている。
時々 何かのきっかけで ふっと思い浮かぶことが有り、記憶曖昧、多少ニュアンスが違っていたり、勘違いだったりすることも有りだが また すっかり思い出せなくなってしまう前に 書き留めることにしている。

No.48 「いぼつる」
「すねる」「駄々をこねる」等という意味合いで 使われていたように思う。

例えば

「イツマデ イボツットルンネ、ソンナコハ オイテクゼネ」
(いつまで 駄々をこねているんですか。そんな子は 置いていきますよ)

「オモチャ カッテモラエンデ イボツッタンカネ」
(オモチャを買ってもらえなくて すねているんですか)

 


ふっと思い出した故郷の言葉 No.47 「こそばしい」

2019年11月22日 08時13分05秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和30年代、高校卒業まで北陸の山村で暮らしていた。
空き家になっていた実家は 数年前に取り壊し、今はもう帰る家も無くなっているが
やはり 故郷であることに違いない。
故郷を離れて60余年、
当時 話したり、聞いたりしていた言葉(方言)も ほとんど忘れ掛けているが
時々 何かのきっかけで ふっと思い出すことが有る。
戦禍を逃れ東京から疎開し定住した家で育ったことも有り、
言葉も身に染み付いておらず曖昧、多少ニュアンスが違っていたり、記憶違いだったりすること有りだが
また すっかり思い出せなくなってしまう前に 書き留めおくことにしている。

No.47 「こそばしい」
「てれくさい」「むずむずして堪えがたい」等という意味合いで 使われていたように思う。
どうも 元々は 京都等関西地方の言葉「こそばい」(くすぐったい)が 変化した言葉のようだ。

例えば

「そんなに おべっか言われたら、こそばしいわね」
(そんなに お世辞言われたら てれくさくてむずむずしてしまいますよ)

「こそばしがって 隠れたんなんやかね」
(てれくさがって 隠れたのかも知れませんね)

 


ふっと思い出した故郷の言葉 No.46 「たまげる」

2019年05月19日 08時45分34秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和30年代、高校卒業まで暮していた北陸の山村、
故郷を離れてかれこれ60年余りにもなり、
当時 話したり、聞いたりしていた言葉(方言)も、
ほとんど忘れ掛けていますが 
時々 何かのきっかけで ふっと思い出すことがあります。
先日 相互フォロワー登録しているudokuukaku様のブログ拝見していて
「そう言えば・・・、」
思い出した言葉が有ります。
記憶曖昧、多少 ニュアンスが違っていたり、記憶違いだったりすることも有りですが
またすっかり思い出せなくなる前に 書き留めておくことにします。

No.46 「たまげる」
「非常に驚く」、「肝を冷やす」、「びっくりする」、「呆れ果てる程驚く」等という意味合いで使われていたように思います。
強調して言う場合は 「おったまげる」、「ぶったまげる」等とも 言っていたような気がします。
元々 「魂消る(たまぎる)」という 古来からの言葉が有って、もしかしたら全国各地で 似たり寄ったりの言葉で使われているのかもしれませんが・・・・。

例えば

「クラーナッタ ミチニ シランヒトガダマーッテタットッテ タマゲテ ニゲテキタワネ」
(暗くなった道に 知らない人が黙って立っていて 驚いて逃げてきましたよ)

「イキナリ ニワカラハイッテキタモンデ オッタマゲターワー」
(突然 庭から入って来たんで 大変びっくりしましたよ)

「ソンナ タマゲタ ハナシ キイトラレンワネ」
(そんな呆れ果てた話は 聞いていられませんよ)

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ふっと思い出した故郷の言葉 No.45 「よばれる」

2019年01月30日 08時07分26秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和30年代、高校卒業まで暮していた北陸の山村、
故郷を離れて かれこれ60年余り、当時 話したり、聞いたりしていた言葉(方言)も 
ほとんど忘れ掛けていますが 時々 何かのきっかけで ふっと思い出すことが有ります。
記憶曖昧、多少 ニュアンスが違っていたり 記憶違いだったりすることも有りですが
また すっかり思い出せなくなってしまわない内に 書き留め置くことにしています。

No.45 「よばれる」
「他所の家でご馳走になる、飲食をいただく」という意味合いで 使われていたように思います。
多分 元々は 「呼ばれる」=「招待される」という意味合いの言葉だったのではないかと思われますが、
日常の些細な食事やお茶飲み程度でも 大げさに「よばれる」を使っていた大人達の姿を見ていました。

例えば

「いっぱい よばれてしもて ごっつおうさんでした」
(たくさん (飲食を)いただき ご馳走さまでした)

「せっかく よういしてくんなったので えんりょのう よばれまいか」
(せっかく 用意して下さった(料理)、遠慮せずに ご馳走になりましょう)

コメント (2)

ふっと思い出した故郷の言葉 No.44 「おやす」

2018年12月31日 09時11分50秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和30年代、高校卒業まで暮していた北陸の山村、
故郷を離れてから もう かれこれ 60余年にもなって 当時 話したり、聞いたりしていた言葉(方言)も
ほとんど忘れてしまっていますが、
何かのきっかけで ふっと思い出すことがあります。
記憶曖昧で 多少 ニュアンスが違っていたり 記憶違いだったりすることも有りですが、
また すっかり思い出せなくなってしまわない内に カテゴリー 「懐かしい故郷の方言」に 書き留め置くことにしています。

先日 momosi77様のブログ拝見していて ふっと気がつきました。

No.44 「おやす」
「終わらせる」という意味合いと 髭を生やす等 「生やす」という意味合いで 話したり、聞いたりしていたように思います。

例えば

「ヤットコサ タウチ オヤシテ キタワネ」
(なんとかやっと 田打ち仕事 終わらせてきましたよ)

「サムイソイ ハヨ オヤソマイカ」
(寒いですから 早く 終わらせましょう)

「ソンナニ ヒゲオヤシテ ショウシナイカネ」
(そんなに 髭を生やして 恥ずかしくないですか)

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ふっと思い出した故郷の言葉 No.43 「てんでに」

2018年12月19日 17時51分47秒 | 懐かしい故郷の方言

朝日新聞朝刊に「てんでんこ」という連載記事があります。
「てんでんこ」という言葉(方言)は 東日本大震災後に 津波の際の標語として 使われるようになっている言葉ですが、そう言えば 似たような言葉を 子供の頃 聞いたり、使ったりしていたことを ふっと思い出しました。
多分 同じ意味合いの言葉だと思いますが 「てんでに」。
また 思い出せなくなる前に 書き留め置くことにします。

No.43 「てんでに」
「それぞれ自分の思う通りすること」、「一人一人別々に・・」というような意味合いで 聞いたり、使ったりしてしていたと思います。

例えば

「コノ オカズ マワスソイ テンデニ トッテクンナイ」
(このおかず、回しますから 皆さんそれぞれすきなだけ、取って下さい)

「コノカミニ テンデニ カイテ ダシテクンナイ」
(この用紙に 一人一人別々に書いて 提出して下さい)

 

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