ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

敗れざる男

2003年01月25日 | その他
知り合いに送ってもらった、リカルド・ロペスのビデオを見た。
うちはWOWOWに入っていないので、海外の試合を見る機会は
ほとんどなく、「動くロペス」を見たのもこれが初めてだ。

先頃引退を表明した、「生ける伝説」リカルド・ロペス。WBC世界
ミニマム級王座を実に22度も防衛し、その間にはWBA、WBOの
タイトルも統一している。またライト・フライ級に上がりIBF王座を
獲得、2階級制覇も果たした。最終戦績51戦50勝(37KO)1分。
即ちついに一度も負けることなく、プロのリングを去っていくのだ。

見た試合はいずれもWBCミニマム級王座の防衛戦、呉光洙、サマン・
ソー・チャトロン(後にWBC世界ライト・フライ級王者となる)、
アラ・ビラモアらと戦った3戦。一体、どれほど凄いボクサーなのか。
胸を躍らせながら再生ボタンを押した。

しかし・・・。一見した限りでは随分と地味なボクシングで、思わず
眼を見張るような強さは感じられなかった。そう言えば、ロペスに
タイトルを奪われた大橋秀行も「ビデオで見た限りでは、パワー不足で
冴えない感じだった」と語っていた。僕のような素人ならいざ知らず、
世界チャンピオンの大橋が、である。恐らく、対峙してみないと
分からないテクニック、強さがあるのだろう。

それにしても、多くの人が言うようにロペスのボクシングは神経質だ。
打たれることを極端に嫌い、相手が接近戦を挑んでもクリンチで逃れて
しまうことが多い。自分のいいパンチで相手がグラついても、一気に
攻めて出ることはしない。攻め気になって大振りになったとしても、
次のラウンドには必ず修正してくる。そして相手のガードの一瞬の隙も
見逃さず、とんでもない速さと角度で強打を叩き込む。

スピード、パワー、防御勘、どれを取っても一流であるにもかかわらず、
彼は決してそれらの能力に溺れず、実に丁寧な試合運びをしている。
普通、強打者はパンチが大きくなり、勘のいい選手はガードを下げがちだ。
しかしロペスはコンパクトで的確なパンチを放ち、ガードも堅固だ。
まるで隙を見せないから、相手にとってはやりにくいことこの上ない。

溢れんばかりの才能を持ち、厳しい自己管理も忘れない。きっと単調な
基本のトレーニングを、気が遠くなるほど繰り返してきたのだろう。
完璧主義者であるが故に、一か八かの博打はしない。ある意味では、
気が小さいとも言える。ロペスが無敗を保ってこられた最大の理由は、
この気の小ささ、良く言えば慎重さなのではないだろうか。

またロペスの試合は、その慎重さ故に派手な展開とは無縁だったわけで、
打ちつ打たれつの激闘などという、観客が最も喜びそうな試合は、彼に
とっては最も避けたいものだったに違いない。誰もが認める素晴らしい
選手でありながら、その評価に見合った報酬が得られなかったのも、
ひとえに彼自身の慎重さのせいではないだろうか。

ミニマム級という、本場アメリカでは見向きもされない最軽量クラスで
あったということ、またロペスと比肩するほどのライバルがいなかった
ことなどから、彼のキャリアは不遇だったと言う人も少なからずいる。
しかしそれはある意味で、ロペスにとっては幸運だったのではないか。

巨万の富が転がり込むスター同士の対決、いわゆるビッグマッチに出場
することがなかったのも、自らの性格が望んだことなのかもしれない。
その気になれば、マイケル・カーバハルやウンベルト・ゴンサレスなど、
ライト・フライ級のスター選手と戦うことも出来たはずだ。

極言すれば、彼は「完璧であること」にしか興味がなかったようにさえ
思える。彼はボクサーと言うより芸術家で、ボクシングを通して完璧なる
美を生み出そうとしていたのでは・・・というのは考え過ぎだろうか。

だからこそ、WBA王者ロセンド・アルバレスとの統一戦で、生涯初の
ダウンを奪われた末に負傷判定で引き分けたという結果に落胆し、その後
リングに上がる頻度が急速に減っていったのではないだろうか。

ともあれ、リカルド・ロペスという偉大なボクサーがいたということ、
そして彼がミニマム級という歴史の浅いクラスの価値を高めるために
多大なる貢献をしたということ、それは間違いない。

我々はついに一度も、少なくともプロのリングにおいて、「敗れざる男」
ロペスが敗れる姿を見ずに済んだ。夢を見ることが難しい現代において、
これは稀有なことであり、また幸運なことでもあると思う。